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無論彼女の声も聞いた。低めの飾り気の無い話し声。屈託無い笑顔で、不思議と周りがしんと静かになり、震えた空気全てを魅了するような声色だった。
派手さなど微塵もないが、生まれながらに洗練されているとさえ感じさせる彼女の挙動に何度目を奪われただろう。初めて話しかけようと思ったのは、隣の席の男に彼女が一見気さくに、見る人が見ると行為がダダ漏れで話しかけられているのを目撃した時だ。彼女はいつものように冗談ぽく笑み、それを見る男の目はわかりやすく恋をしていた。
わかっている。俺がその彼女に話しかける彼より上の次元にいるなんて思わない。彼と同じように僕は、雨露を突かれたように君を見つめているのだろう。それぐらい彼女の態度は新鮮で、素朴で、優しさに溢れていて、また素っ気無かった。順に、媚びる女になれている人には、着飾る女になれている人には、友達にとっては、好意を寄せている人にとっては。僕にはそのどれもが当てはまったから、彼女に惹かれていくことしかできなかった。彼女はいつも優しいけれど、時々どこを見ているのかと問いたくなるような悲しい目で遠くを眺めていた。抑えきれない劣情が溢れるその目は、僕の知っている中の誰を写しても生まれることがないだろう欲望を写していた。