入学式
今日この日のために誂えたように、桜は満開だった。ふわふわと落ちる桃色の光の中、真新しい制服に包まれて騒ぐ生徒達。広前瑞樹はその喜色が充満した空間を冷めた目で見ながら、アーチを過ぎた。そんな肩にも容赦なく落ちてくる命を張った祝福。払い落としたが、そんな彼も周囲と同じ新入生でしかなかった。
「待ってくれよ」
後ろから追いかけてくる硬質で聞きなれた革靴、甲高いハイヒールの音。彼はこれから始まる行事ごとに、無理やり羞恥という感情を心に植え付けているような高校一年生だった。
教室の席は自由だった。人の流れによってたどりついた瑞樹は、素早く窓際の開いた席に座った。かといって窓の外に見るべき景色はない。唯自由度を高める選択をしただけだ、話しかけられることも、教室の前後に配置されているだろう監視カメラからも、逃れやすい選択。
ブザーが鳴った。チャイムとはもはや形容しがたい、年々激しく癇に障る成長を遂げている音だった。全員が席に着くまで、それは鳴りやまない。
この社会は、教育という概念をどう捉えているのだろうか、と時々思う。詰込み型に特化する俺たちの脳。しかしどれだけそれで学生時代評価を上げたとて、もはやそれは意味のないことなのではないか。社会に出れば、人間の知識量、記憶量など赤ん坊が初めて「ママ」と口に出すそれにも満たないことを思い知らされる……AIの前で。そして敗北を認めるしかない俺たちの努力の結晶はあっという間に塵となり、僕らは指示通りに動く機会となって訳も分からない遣り甲斐もない仕事をし、この社会に蚤以下の貢献をすることで人間としての自分を正当化し、生きていかなければならない。だとしたらこの教育に意味はあるのだろうか?
画面の中で、全国で数人選ばれ、スーパー講師という称号を与えられ、嬉々として壇上でしゃべる「先生」を、瑞樹はどこか憐みの気持ちで見つめている。
意味があるわけがなかった。そんなことは平凡な俺さえ気づくことができるようなの事だった。なのになぜこんな事…教育なんてものを続けるのだろう。自分たちが作り出した世界から目をそらしているのだろうか。生き甲斐がない社会で、もう相当知能も判断力もなくしているのかもしれなかった。直視もできない世界なら、作らなければよかったのに。
気がつく時周りの生徒がガタガタと立ち上がってお辞儀をしていた。つまらない三時間が過ぎていた。