見る目のない男はこちらから願い下げです
「お嬢」
従者のリリックが小さくシルヴィアの名を呼んだ。
「なぁに、リリー」
シルヴィアは首を傾げて従者に答える。
「殺気、漏れてます」
しまってしまってとシルヴィアをなだめるリリックに、あら、と呟きシルヴィアは笑って見せた。
「殺気でひとが死ぬわけでもないのだから、大丈夫よ」
ころころと笑う声は華やかで、会場の冷えきった空気とは対照的だ。
「いや、死にそうですから、ねぇ」
凍りついた会場のなかで、その主従と、
「馬鹿な、ことを……」
王の名代として姿を見せていた王兄、
「……愚物が」
娘の卒業を見届けに来ていたシルヴィアの父母だけが、凍ることなくその場に立っていた。
「この程度の威圧でつぶれる人間なんて、こちらから願い下げよ。ねぇ、お父さま、小父さま、もう、良いでしょう?」
もう、十分でしょう?
小父さまと呼ばれた王兄が青褪める。その視線の先、首を傾げる娘がリリックに手を伸ばすのを、父は首を振ってとめた。
「せめて、言い分くらい聞いてやりなさい。なにかお前を納得させられるだけのものを、用意して来ているかもしれないだろう。殺気も、おさめてやりなさい」
「聞くまでもないでしょうに」
父の指示にシルヴィアが眉を寄せる。それでも父の指示通り一度殺気はおさめ、
「その娘と恋に落ちたから婚約破棄なさりたいのでしょう?見る目のない男はこちらから願い下げですから、喜んで受け入れたいところですが、そちらにも体面と言うものがあるでしょうから、なにか言い分があるのでしたらお聞きします」
婚約者に向けるものとは思えない事務的な口調で、シルヴィアは告げ、もっとも、と付け足した。
「わたくしがその娘をいじめたとか、ほかの娘たちにも嫌がらせをしていたとか、わがまま放題で傲慢に振る舞っていたとかの言いがかりでしたら、証拠付きで叩き返す準備が出来ておりますし、わたくしの成績低下に関しましても、不正の証拠をすでに押さえております。そのほかになにかございましたら、どうぞ」
唖然とする第二王子に代わって、その娘と呼ばれた少女が声を上げる。
「それが、自分の婚約者に対する態度ですか……っ!?あなたがそんなだから、アレクさまは傷付いて……!!」
「お嬢、おさえておさえて」
いきなりの感情論にいらだったシルヴィアを、すかさずリリックがなだめる。シルヴィアは舌打ちして父親と王兄をにらんだあと、ため息ひとつで苛立ちを逃がし、静かな声で問い掛けた。
「あなた、婚約と言うものをはき違えているのでなくて?」
「え……」
「王侯貴族の婚約は、家のためのもの。個人の思いは二の次三の次です。もちろん恋愛を理由に婚約を行う事例もありますが、わたくしに関して言えばわたくし自身の意見はまるきり握りつぶされた結果です。わたくしは端から、この婚約を望んでおりません」
きっぱりと告げたシルヴィアに、外野がざわめく。ざわめきなど気にせず、シルヴィアは続けた。
「それでも婚約者となったからにはと、歩み寄る努力はいたしました。夜会にはパートナーとして参加いたしましたし、外交の場にも立ちました。共に過ごしたいと誘われれば応じ、友好的な会話を心がけました。婚約者だからと、悪いところに対する諫言や助言も、おこなってまいりました」
そこでシルヴィアは、少し視線を下げる。愁いのにじむ表情は、周囲にはっと息をのまさせる美しさがあった。
「ひとつだけ、わたくしに非があったとするならば」
視線をそらして呟いたあと、シルヴィアは顔を上げ第二王子を見た。
「あなたを愛する努力を、しなかったこと」
「……っ」
澄んだ白藍の瞳に、第二王子は囚われる。
「それでも、もしもこの婚約が途中で棄却されることなく、わたくしがあなたの妻となる日が来たならば、妻としてあなたを愛する覚悟はしておりました」
その日は来ないようなので、無駄な覚悟となりましたが……とシルヴィアは苦笑し、会場を見渡した。
「王子妃と言うのは憧れられる地位のようで」
目を向けられたなか、半数近い令嬢令息が気まずげに視線をずらす。
「嫉妬されることも、すり寄られることも、地位に付随する呪いと耐えてまいりましたことは、わたくしに覚悟があったと言う証明になるのではないでしょうか。どうやら、嫉妬やすり寄りの自覚がおありの方も、多くいらっしゃるようなので」
ふふ、と頬笑む姿は美しくもそら恐ろしく、シルヴィアの機嫌をそこねた記憶のある者を震え上がらせた。
「わたくし、守ってくださる方はひとりしかおりませんでしたので」
「お嬢」
「あら、従者はひとではないとでも?」
「今の言い方だと、誤解を招きかねませんよ」
「誤解なんて」
シルヴィアが肩をすくめ、リリックを見る。
「婚約者も実家も守ってはくれないし、信頼に足る友人もいないのだから、従者を頼るしかないでしょう」
「それは……そうなんですがね」
「せめて従者が有能で良かったわ」
リリックを黙らせてから、話が途切れてしまったけれどとシルヴィアが続ける。
「守ってくださる方が少ないので、地味な方法しか取れませんでした」
「地味とは」
「リリー黙って。ですから現状は、言われた言葉や行われた行為を、すべて記録として残してあるだけです。迂闊に動いてはいたずらに騒ぎを起こすだけですから、それだけしか出来ませんでした」
「シルヴィア」
父親からかかった声に、シルヴィアは仕方ないと言いたげに頬笑む。
「心配なさらずとも、持っている証拠は耳をそろえてお父さまにお渡しいたします。良いように使ってください」
「ああ」
父娘の会話に、また場が凍る。
シルヴィアはそんなことどうでも良いと言う態度で、話を続けた。
「少しでもみなさまが思う理想の王子妃像から外れれば、一の失態を百にも千にも責められますので、失態は許されません。みなさまの手本になる言動を、行動を、成績を。それでも足りない、ふさわしくないと責められる。誰も庇ってはくれない。誰の助けも得られない。針の筵に座るような生活でした。わたくしが、望んだわけでもないのに」
誰も、反論はしなかった。リリックを除けば誰もが、針の筵を作り上げた加害者や、傍観者だった。
「支えと言えば、従者だけ。ともに在れば彼もまた、わたくしへの攻撃の流弾で苦しませるだけとわかっていても、手放せなかった。けれど彼はそんなわたくしの弱さを責めることもなく、そばにいてくれた。たったひとりだけ。確かにそこに、いてくれた。わたくしの現状にも気付かない、名前ばかりの婚約者とは違って」
「シル、」
「それを責めるつもりはございません」
シルヴィアは第二王子が話すことを許さなかった。冷えた微笑みを絶やさぬまま、言い訳も謝罪も聞かないと首を振る。
「婚約者だからと言って、知る義務も守る義務もありませんから。ただ、そんな相手に情を持てるはずもないと、わかって頂ければ結構です。ですから」
シルヴィアはもう、誰かに許可など求めなかった。
許すつもりなど、ないから。
「あなたがわたくしに頭を下げて、婚約解消の許しを乞うのでしたら、喜んで婚約を解消いたします。もちろん、わたくしに非はなく、あなたのわがままで婚約を解消するのだと、各所にきっちり説明しては頂きますが」
「シルヴィアさまに非がなかったなんて」
「アンゼ」
「アレクさまは悪くなんてありません!シルヴィアさまが、すべて悪いんです!アレクさまは、シルヴィアさまのせいで傷付いて」
「小父さま」
すべてを凍らせるように、静かなシルヴィアの声が響いた。
「これが、結果です。なにか、弁明は?」
自国の王族に向けるとは思えない、冷えきった目だった。その目のまま、シルヴィアは王兄から自分の父へと目を移す。
「お父さま、愛していないとは言え仮にも娘の、貴重な時間を浪費させたこと、どう償って頂けましょうか」
「お嬢」
「リリーは黙っていて」
自分たちの半分も歳を数えていない娘の言葉に、王兄は沈痛な面持ちでうつむき、父は渋面を片手で覆った。
「もう結構。もう、十分でしょう。良い加減、黙りなさい」
「シルヴィアさま、王兄殿下にそんな言葉使い、」
「黙りなさい」
自分を棚に上げてしたり顔でシルヴィアを批難しようとした少女の言葉を一言に切り伏せ、シルヴィアは深く息を吸い込んだ。
「シルヴィア・アフラの名の下に告げる。シルヴィア・セレストラとアレクサンダー・ヒルウェストラとの婚約および、アレクサンダー・ヒルウェストラの王位継承権を棄却せよ。なお、この棄却の撤回は認めぬものとする」
感情のこもらない声は張ったものでもないのによく響いた。
しん、と静まりかえった会場内で、シルヴィアが視線を滑らせる。
「選定は下りました。十五年前と、同じ決断で。この結果についてシルヴィア・アフラは、セレストラ家とヒルウェストラ家に対し、おのおの一度限りの弁明と償いを許しましょう。許しを乞いたくば、十月のうちにシルヴィア・アフラに弁明を示しなさい」
「承りました。寛大な沙汰に、感謝いたします」
「……承りました。寛容なお言葉、ありがたく存じます」
王兄と、国の重鎮。それが、たかだか十八の小娘に頭を垂れるのは、異様な光景だった。唖然とする者と、青褪めるもの。反応は、子と親でくっきりと別れた。
「この国の男性はどうにも見る目がないようですので、思いやりが仇とならないことをお祈りいたします。見る目のない男は、願い下げですから。……さて」
周囲の動揺もかんがみず、シルヴィアは平静に告げる。
「くだらないことで興がそがれましたね。帰りましょうか、リリー。もう話して良いですよ」
話して良いと言いながら、シルヴィアはリリックに話す間も与えず歩み出した。それに文句もなく、リリックが追随する。
立ち去る主従を、誰もが止めることも出来ず見送った。
「……ごめん」
会場から出て停車場の馬車に乗り込み、扉が閉まったとたん、しんなりとシルヴィアが呟いた。
「なにに対しての謝罪ですか?」
「リリー、王位など望んでいないでしょう。まして、わたくし付きなんて」
「それは」
リリックがしおれたシルヴィアを見て目を細める。四つの時からそばにいる少女だが、いまだに見飽きることはない。
「んー……。ねぇお嬢、俺にはどんな選択肢があるんですか?」
「王位に着くか、着かないか。選ぶのは自由よ」
「あなたは?」
「王になったリリーが許すなら、妃の末席にでも着いて退位まで支えるし、要らないなら大人しく出家するわ。リリーが王にならないなら、そのまま出家ね」
「王位とお嬢を取るか、王位だけ取るか、すべて取らないか。それだけ?」
それだけ?と聞かれたシルヴィアが、それだけ?と首をかしげた。
「アレクサンダーを王位に着けるのは無理よ?わたくしが棄却してしまったもの」
「そうじゃなくて」
リリックの萌木色の瞳が、シルヴィアを見据えている。
「あなただけ取るのは、駄目なんですか?」
「え?」
白藍が、真ん丸に見開かれた。
「わたくし……?」
「王位とか、正直どうでも良いけど、お嬢と離れるのは嫌なんですよね」
「ええ?でも、わたくしは」
シルヴィアが生まれたとき、その身に銀の星が墜ちた。銀の星は王冠の象徴。星の受け手はアフラと呼ばれ、次の王の選定公とされる。どんなに幼くても、女でも、平民でも。
生まれたての赤子であったシルヴィアも選定公の地位を与えられ、齢三つにして、王の選定をおこなった。選んだのは、リリック・ベス。セレストラ家に新しく仕えることになった女中の息子。王の不義によって生まれた、ご落胤だった。
前代未聞の事態に王家とその重鎮たちは慌て、かたくなに意見をひるがえそうとしないシルヴィアを説得。どうにか選定を待たせることに成功し、国王候補として第二王子アレクサンダーをシルヴィアの婚約者に付ける。シルヴィアも王位を望まないリリックを慮ってアレクサンダーを国王候補に見ようとした。
結果が、現状だ。
シルヴィアの見立て通り、第二王子アレクサンダーも第一王子パーシアスも王位には向かず、そのふたりを王にするくらいならば王位を欲していないリリックを祭り上げる方が百倍善政を敷いてくれる。アフラとして先見の明を持つシルヴィアには、その決断しか出来なかった。
アフラは選定公としての役目を果たしたあと、必要とされれば王の補佐を行う。必要とされなければ神職者として、神に仕えるのが慣習だ。女性のアフラの場合は便宜上妃の地位を頂くことが多いが、先見の明を与えられているアフラは恋愛の情に乏しく、あまり、ひとを愛することに長けない。
そのお陰で補佐としては優秀なのだが、妻には向かない。
それは、従者としてシルヴィアの事情を知る上、四歳のときに三歳のシルヴィアに見出だされてからともにいるリリックならば、よく理解しているはずだ。
「わたくしは、役目を終えたら、神職に」
国王候補であるアレクサンダーは愛せなかったし、リリックには愛されない。だからきっと、自分が役目を果たしたらそのまま出家することになるだろうと、シルヴィアは考えていた。
だからリリックとは、ずっと一緒にはいられないのだと。
「それが、お嬢の望みなんですか?」
「だって」
リリックは王位を望んでいない。にもかかわらずシルヴィアが選定したせいで、王になることを望まれるのだ。
アフラの言葉は重い。アフラとしてシルヴィアが選定した以上、たとえ庶子だろうが王位継承権一位に祭り上げられる。
「あなた、王さまなんてなりたくないじゃない」
「うーん……」
「なりたいの?」
「いや……そうですね」
リリックが唸って、シルヴィアを見つめる。
「正直なところ、第二王子殿下のこと、嫌いなんですよね」
「え、いきなりなに?」
「あのひと、王位継承権一位ってだけで、お嬢の婚約者だったじゃないですか」
「そうね?」
接触を増やすことでシルヴィアに選定されやすくしようとした試みだったので、鶏が先か卵が先かのような話ではあるが。しかも、近づいたことでよりシルヴィアに見限られる点を増やすと言う、残念な結果になった。
それを、羨んでいたとリリックは言う。
「王位継承権一位になれば、お嬢の婚約者になれるのかって」
「ええと」
困った顔になって、シルヴィアがリリックに問いかける。
「それだとあなた、わたくしの婚約者になりたかったって言っているみたいよ?」
「みたいじゃなくて、実際そう言ってるんですが」
「……そうなの?」
「ええ。俺はあなたが妻に欲しいです」
会場では一度も凍ることのなかったシルヴィアが、ぽかんと口を開けて凍りついた。
そんなシルヴィアに追い打ちをかけるがごとく、リリックが続ける。
「あなたが妻になってくれると言うのならば、俺は王にだってなんにだって、なってかまいません」
「……なんだか、求婚されているみたい」
「みたいじゃなくて、してます。求婚。あなたと結婚したいって、言ってるんです。……シルヴィア」
「ぴっ……」
唐突に名前を呼ばれたことに驚いて、シルヴィアは肩を跳ね上げた。
「でも、わ、わたくし、は」
「あなたのことなんて、十五年も一緒にいたんだから、よく知ってますよ。その上で、あなたが好きで、結婚したいって言ってるんです」
「すき」
「ええ。好きです」
ぱち、ぱち、とまたたいて、ふと、シルヴィアはリリックの手をつかんだ。
「大丈夫よ、リリー。もう、選定は終わったのだから、わたくしにおべっかを使ったりしなくて良いの。今さらわたくしがなんと言おうと、あなたは次期国王候補よ」
「……喰ってやろうかなもう」
「えっ?」
「いえ」
深々と、深々とため息を吐いて、リリックは掴まれた手を引いた。ぽすん、とシルヴィアの華奢な身体がリリックの胸におさまる。男としては細身なリリックでも、華奢なシルヴィアから見れば、十分大きかった。
「俺は第一王子殿下と違いますよ。王位のためにあなたに近づいたわけじゃないんです。あなたが手に入らないなら、王位も、この命さえも、いりません。欲しいのは、あなただけ」
シルヴィアの銀髪に顔を埋めて、リリックが言う。
「お願いですから疑わないでください。シルヴィア」
「リリー」
「好きなんです。愛しています。あなたを」
シルヴィアの身体にリリックの腕が回り、きつく抱き込めた。
「王になります。あなたの正しさを知らしめるために。シルヴィア・アフラの選定した王は素晴らしいと、言わしめて見せます。だから、王位とともに去るなんて言わないでください。俺を選んだことを後ろめたく思うと言うなら、ちょうど良い。俺を選んだ代償として、俺に、あなたの残りの人生をぜんぶください」
「……見る目がないわ、あなた」
「願い下げですか?」
リリックの胸を押して、シルヴィアが顔を上げる。
「わたくしの目は、鋭いの。あなたを選んだからには、それが正しいことを、わたしに選ばれなかった男たちの見る目がないことを、証明して見せる」
シルヴィアは微笑んで、薄紅の唇をリリックに寄せた。
ほどなくしてリリック・ベス改めリリック・ヒルウェストラの立太子およびシルヴィア・セレストラとの婚約が発表される。
庶子の王太子は貴族による反発も多く受けたが、そのぶん平民からの受けはよく、王家とセレストラ家の徹底的な支援もあり、立太子してから一年ののちには反対の声はほとんど聞かれなくなっていた。
「即位前に結婚なんて……」
「陛下がご健勝ですから、無理に代替わりする必要もありませんよ」
純白の衣裳に身を包んだシルヴィアが花嫁らしからぬ暗い表情で呟けば、同じく純白の衣裳に身を包んだリリックが、こちらは晴れやかな表情で答える。最高級の生地を使った衣裳は陽を浴びると銀にも見える輝きを反射し、シルヴィアの銀髪を引き立てた。
「ほら、あなたを呼ぶ声が聞こえませんか?みな、あなたを待っていますよ」
「呼んでいるのは、あなたでしょう」
「あなたですよ」
「どちらもだから、いちゃついてないで早く顔を出せ。予定が押す」
兄としてふたりの付き添いをしていた第一王子が、リリックとシルヴィアの背を押そうと手を伸ばす。
「触らないでください。まったく油断も隙もない」
「別に取ったりしない。王位付きならともかく、そうでないならそんなおっかない女は願い下げだ」
「見る目のない……他国からシルヴィアに寄せられる縁談の数、知らないわけじゃないでしょうに」
第一王子に触れられまいとシルヴィアを抱き込んだリリックと、第一王子の兄弟仲は良好とは言いがたい。王位のためにシルヴィアを口説こうとした第一王子を、リリックが毛嫌いしていたからだ。
「それも今日までだろ。本来ならもっと準備期間が要るものを、早めやがって」
まったくの無名から突如立太子されたリリックの評価は底辺からまたたくまに上がったが、その評価向上の立役者として、シルヴィアの評価も国内外問わずうなぎ登りした。
元々、第二王子の婚約者として外交に参加していた時点でシルヴィアを評価していた者も多くいたため、庶子の王太子に貰われるくらいならと内々にセレストラ家に縁談を申し入れる声がいくつも上がった。
もちろんシルヴィアもセレストラ家も申し出をきっぱり断っていたが、リリックとしては最愛の婚約者に言い寄られて内心穏やかでないもので。
うるさい虫を黙らせたいと、シルヴィアとの早急な婚礼を望んだ。
「そんなことしなくても逃げないって、言ったのですけれど……」
シルヴィアが暗い顔なのは、リリックが我を通して婚礼の儀を早めてしまったからである。
その程度で下がらないほどには、リリックとシルヴィアの評価は上がっているのだが。
「ああかまわない。だからさっさと行って、国民に仲むつまじい姿を見せて来てくれ。それで国民は安心するし、上も溺愛ゆえの強行だと諦める」
「シルヴィアと俺で対応違いません?やっぱり殿下……」
「勘繰るな。神域に片足突っ込んでるような嫁はいらん」
「見る目のない」
「うるさい。良いから早く行け愚弟その2」
第一王子がしっしと手を振って、リリックとシルヴィアをバルコニーへ追いやった。
追いやられるままバルコニーへ出たふたりを、割れんばかりの歓声が迎える。
「王太子殿下ー!王太子妃殿下ー!!」
「シルヴィアさまー!!」
「王太子殿下、ばんざーい!」
「王太子妃殿下、ばんざーい!!」
聞こえる歓迎の声に微笑んで、シルヴィアが観衆たちへ手を振った。わっと、観衆が沸く。
「見て、リリーを歓迎する声よ」
「違いますよ。俺たちふたりを、歓迎する声です」
リリックの答えについと、シルヴィアが唇をとがらせる。
「あなたの敬語、結局抜けなかったわね」
もう従者じゃないのに。
不満げなシルヴィアの言葉に、リリックが笑み崩れる。
「従者でなくなっても、あなたが俺の大切なお嬢であることは変わりませんから」
「きゃっ」
突然抱き上げられて、シルヴィアはリリックにしがみついた。
「ちょっと、リリー」
「ほら、笑って。俺の妃はあなたが良いって言う、見る目のある国民たちの前なんですから」
リリックが示せば、シルヴィアが目を見開いて集まる民衆たちを見渡した。
微笑んで、歓声を上げる、顔、顔、顔。
妬みも嫉みもそこにはなく、歓迎と歓喜だけがあふれていた。
ほろ、とシルヴィアの清んだ白藍から滴が落ちる。
「わたくし、歓迎されているのね」
針の筵に、座らせられていた。
「みなに、祝福されて」
周囲も、相手も、自分すらも、望まない婚約者の横で。
「嘘みたい」
それが、どうだろう。
「現実ですよ」
隣には、愛するひと。
「王太子妃さまー!!」
「シルヴィア殿下ー!!」
こんなにたくさんのひとに、祝福され、歓迎されて。
「ほら、笑ってシルヴィア。あなたは笑顔が、いちばん似合うんですから」
愛するひとから、愛されて。
「みなさま、見る目がありますね」
顔を上げたシルヴィアの笑みに、瞬間誰もが見惚れて静まりかえった。
「見る目のある方はこちらも大歓迎です。わたくしが必ず、みなさまに幸せをお運びいたします!」
その言葉は集まった民衆たちに染み渡り。
「王太子妃シルヴィア殿下、ばんざーい!!」
雷鳴のような大歓声となって帰って来た。
「こんな光景を見せてくれて、ありがとう。感謝しても、しきれない」
「それなら」
リリックは抱き上げたシルヴィアの頬に唇を寄せ、微笑んだ。
「一生をかけて返してください。愛しています。シルヴィア」
「わたくしも、愛しているわ、リリー」
仲むつまじい王太子夫妻の婚姻は、多くの祝福を受けて成された。
その後、王太子夫妻として国民の人気を集め続けたリリックとシルヴィアは、望まれながら国王・王妃に即位。即位後も善政をしき、次期国王への譲位まで、国民から愛される国王夫妻であり続けた。
リリックのシルヴィア溺愛は冷めることなく、国民にも知れ渡り、シルヴィアにちなんだ名前は愛される子になる名として、国内だけでなく国外でまでも人気の名前となった。
シルヴィアに育てられた子もまた善政をしく国王になったため、アフラと愛し合う国王の治世は安定すると言う迷信まで生まれたが、
「全員、王の資質ありって、じゃあ、誰を選べば良いのよ……!?」
シルヴィアの再教育により叩き直された第一、第二王子の子もまた優秀になったゆえに、
「王妃さまは、どうやって決めたのおぉぉぉおぉっ!?」
次の選定公が頭を抱えることになったのは、また別のお話。
つたないお話をお読み頂きありがとうございました
まず題名から思い付いて
この台詞を言える子ってどんな子だろうと考えた結果のお話です
ざくっと書いてしまったので矛盾などあったら申し訳ありません
書く予定はないですが次世代編も楽しそう