追放された悪役令嬢は復讐を目論む
ざまあまでが遠い……m(__;)m
ガラガラと乾いた音をたてて荒野を進んできた馬車が深い森の手前で止まり、開かれた扉から突き飛ばされたようにドレス姿の少女が転がり落ちる。そんな少女に「魔物にでも食われてしまえ! 売女が!」と吐き捨てるような声がかけられ、バタンと扉が強く閉められた。そして、地面に倒れ伏したままの少女をその場に放置したまま、馬車は元来た道を戻って行く。
馬車が立ち去ってしばらくした後、ようやくのろのろと体を起こした少女が、手櫛で顔にかかった銀色の髪をかき上げると。
「ぐおおおお! 腹立つ~!! でもようやく解放された~!!」
大声を上げるとさっと立ち上がり、背筋を大きく伸ばした。
「なにあの気詰まりすぎる馬車! 雑な扱い!! 私がお前らに何かしたか! それでも誇り高き騎士か~~!!」
王太子の命により罪人を魔の森に捨てに行くという任務を負わされた騎士達に四六時中囲まれ、ずっと蔑んだ目を向けられ乱暴な扱いをされていた少女は溜まりに溜まったストレスに吠えた。
彼女の名は、セレスティーネ・ハロスタータ。この国に古くから仕えるハロスタータ公爵家の長女であり、王太子の婚約者でもあった。しかし、二人が王立学園に通っているさ中、王太子が心を奪われた男爵令嬢に様々な嫌がらせを行い、ついに王太子の怒りを買い魔物の跋扈する魔の森に追放されたのである。
しかしセレスティーネが男爵令嬢に行った嫌がらせはすべて濡れ衣だった。
「私があんな顔だけぼんくら傲慢王子を好きになるわけないでしょおおおぉぉぉ!!」
セレスティーネには地球の日本という国で、会社勤めをして生きていた前世の記憶がある。
彼女がその記憶を取り戻したのは学園の入学式の日、校門をくぐった時にどことなく見覚えのある校舎を見上げたときだった。レトロな赤レンガ造りの校舎に続く、薔薇に囲まれたタイル道。ゲームではそこにオープニングの曲が流れ、タイトルロゴが下からバーンときてドンと。
呆然と立ち尽くす中頭の中を流れていく映像に、セレスティーネはここが乙女ゲーム『どこまでも続く薔薇の道を君と』の世界であると知った。それは平民として育ったヒロインが男爵家へ引き取られ、貴族の通う王立学園へと入学してくる。そこで王太子をはじめとする様々なイケメンと出会い、胸キュンなイベントをこなして好感度を上げ、様々な苦難を乗り越えてハッピーエンドを迎えるという定番のストーリーだ。
そしてまあヒロインが攻略対象と乗り越える苦難の一つに、攻略対象の婚約者である悪役令嬢の嫌がらせがある。それは公衆の面前で嫌味や貶めるような発言をしたり、取り巻きを使って物を盗んだり水をかけたりとかなりねちっこい。
それでも諦めないヒロインに、終いには男達を雇っての暴行未遂までやらかすのだ。そしてぎりぎり助けに来た王太子に、学園の卒業パーティーで断罪され婚約破棄をされて、家からも放逐されてしまう。その後の悪役令嬢の消息は知れず、というのがハッピーエンドの顛末だ。
その全てを思い出してからは、セレスティーネは極めて大人しく学園生活を過ごした。授業をまともに受け取り巻きも作らず周りへの態度も気を付けた。記憶を取り戻すまでが傲慢で我が儘で怒りっぽく、すぐ家の権力をひけらかし他者を見下していたこともあり、結局周囲からは腫れ物に触るような反応をされ友人の一人もできなかったが。別に泣いてはいない。
しかし結局学園の卒業を祝うパーティーでセレスティーネは断罪された。すべて身に覚えのないことではあったが、ヒロインの少女とそれを取り囲む攻略対象者に一方的に避難され罪を付きつけられ、セレスティーネが呆けている間に婚約破棄と魔の森への追放を言い渡された。
王太子の命によって出てきた騎士達に無理矢理会場から連れ出される時に見た、勝ち誇ったように笑うヒロインと、くすくすと嘲笑を漏らすゲーム内で取り巻きであった令嬢達にセレスティーネは嵌められたことを理解したのだ。
昼を過ぎもうしばらくすれば日も暮れる時分、目の前に広がる魔の森は鬱蒼として黒々としており、不気味な魔物の鳴き声があちらこちらから響いてくる。漂う風もどこかどんよりと重ぐるしく周囲に民家もない状況で、何不自由なく暮らしてきた普通の令嬢なら途方に暮れ絶望に涙したであろう。
そんな中、セレスティーネの心には復讐の炎が燃え上がっていた。確かにもともとはどうしようもない令嬢だったかもしれないが、学園に入ってからは心を入れ替え大人しくしていた。誰にも迷惑をかけないようにしていたし、傍若無人な態度もとっていない。ヒロインに嫌がらせなどしていないし、取り巻きの令嬢達とも一切関わっていなかったのに、何故こんな目にあわされなければならないのか。
もしかしたら記憶には無いがセレスティーネが彼女達に何かをして、その復讐だったのかもしれない。しかしだからといってここまですることはないだろう。こんなの死刑と同じではないか。
ならば私も彼女達に復讐をしよう! 一方的に嵌められたのだ。私にはその権利がある! セレスティーネは天に固く誓うかのように拳を振り上げた。これぞ復讐の連鎖! どこかで誰かが許さなければならないと、どこかで誰かが言っていたが、許すべきは決して私ではないとセレスティーネは思う。復讐するは我にあり(間違い)!!
ヒロインや令嬢達の言葉にホイホイと乗せられて、セレスティーネに実質死ねと命じた王太子も、彼を諌めることなく一緒になってセレスティーネを追いつめた取り巻きどもも許さない! 絶 対 に 許 さ な い!!
目の前にサンドバックでもあればボコボコに殴って蹴り倒して引きずりおろしてヘッドロックをかましてしまいたいほど、セレスティーネは怒り狂っていた。
「…………おい、あんた」
ひとまず立ち尽くし風に銀色の髪を靡かせていたセレスティーネの背後から、背筋を震わせるような低く艶やかな声がかかる。声優のようなイケボにびくりと肩を跳ねさせたセレスティーネが背後を振り返ると。
まずセレスティーネの目に飛び込んできたのは、艶やかな黒髪の頭上にぴんと立った濃灰色のケモ耳だった。猫よりも大きくふわふわなそれはまるで狼の耳のようだ。ぴくぴくと動くそれから視線を下に下げると、長めの前髪に整った眉、切れ長の目は光の当たり方に寄っては金にも見える薄茶色、すっと通った鼻に薄い唇がバランスよく配置されている。
服装は黒いインナーに心臓の位置などに防具をつけ、その上から濃いカーキ色のマントを羽織っている。足は長く長身。傍から見ても分かるような綺麗に筋肉のついた細マッチョだ。
イケメン。文句の無いイケメン。しかもケモ耳付イケメン。セレスティーネはぽかんと口を開けその男を凝視した。
「こんなところで何をしている」
男を見た途端かちんと固まったセレスティーネに、彼が声を掛ける。その声も思わずへたり込みたくなりそうなほど重低音で甘い美声なものだから、セレスティーネはますます声が出なくなった。全身にぐわりと熱が回り、息が荒くなってくる。
「……何だ、獣人が珍しいか」
セレスティーネの目線があまりにも頭上の耳から動かないからか、男が皮肉げに口の端を上げどこか投げやりに笑う。そんな笑みまでセクシーで、ついにセレスティーネの理性が切れた。
「け……け……ケモ耳イケメンんんんんん!!」
直立不動から急に駆け出したセレスティーネに男がぎょっとして身構えるより先に、セレスティーネがばっと両手を大きく広げて地面を蹴った。そのまま大きく飛び上がると彼女より頭二つ分は大きい男の頭へとしがみ付く。
「はすはすはすはすはうぅ!! モフモフケモ耳いぃ! ちょっとごわっとするけど中側は柔らかい~!! はあはあ髪もさらさら良い匂いがするううぅ! イケメンしゅごいいぃ!!」
息も荒く男の頭頂部にぐりぐりと頬を擦り付け、両手で耳を撫でまくるセレスティーネは完全に変態である。ずり落ちないように両足でしっかりと男の胴体をホールドし、男が硬直しているのをいいことに好き放題撫で嗅ぎまくる姿は紛うことなく痴漢である。通報待ったなし。
ぴるぴると震える耳のあまりの愛らしさにハムハムしようと口を開けたところで、ようやく男が我に返る。
「っつ! 何して……!!」
大きな手でセレスティーネの肩を掴み頭を勢いよく離す。しかし慌てていながらも投げ飛ばすのではなく、セレスティーネの腰に片腕を回し落ちないようにしてくれている辺り、彼はかなりの紳士であった。変態にも優しい。それに気づいたセレスティーネはますますうっとりと彼を眺めている。
ひとまずそっとセレスティーネを地面に下ろした彼が、改めて事情を問う。セレスティーネは今までの自分のキャラを忘れたかのように可憐にか弱く微笑み、内心で復讐に燃えていることを押し隠して涙ながらに事情を説明した。思い出しながら湧き上がってきた怒りに体が震えるのを、怯えているかのように装う。
セレスティーネは、月の光を集めたような銀色の髪に、天上の青を思わせる深い青色の瞳。陶器のように滑らかな肌に形の整った鼻と、小さくぷっくりとした唇。前世の記憶を取り戻すまではきつく釣り上がっていた目元も、内面の呑気さを反映してか穏やかに下がっている。
ドレスに包まれたその体も出るところは出て締まるところはキュッと締まった、見た目だけは極上の美少女であった。
そんなセレスティーネの話を聞き進めて行くうちに、表情は変わらないのに同情からかちょっとずつ下がってくるケモ耳にセレスティーネは内心吐血した。
転生先が悪役令嬢だったことと記憶が戻ったタイミングに、この世界を創り守護しているとされる女神にも怒りを抱いていたが、彼との出会いに全てを許した。華麗な手のひら返しで今は心底感謝している。これからは敬虔な信徒になります。
でもヒロインや令嬢達や王太子にその取り巻き達は 絶 対 に 許 さ な い!!
「…………そうか、あんたは行くところが無いのか」
話を聞いた後ぽつりとそう呟いた男は、腰かけていた岩からゆっくりと腰を上げた。
「同族に危害を加えないのなら、うちの村に来るか?」
無表情のまま見下されながらの提案に、セレスティーネは即座に頷いた。相手の言葉を最後まで聞いていたのかも怪しかった。いや、実は先ほどからその美声に聞き惚れていて、言葉の内容をあまり理解していなかったが。
「…………危害、加えないよな」
訝しげなどこか不安そうな顔で再度かけられた問いに、にっこり輝くような笑顔でセレスティーネは元気よく頷く。嗅ぎ回すのも撫でまくるのも危害にはあたらない、そう一点の曇りもなく信じている笑みだった。
「ありがとうございます! あ、私の名前はセレスティーネです。セレンと呼んで下さい!」
「ああ。……俺はアズという」
アズは迷いない足取りで魔の森へと踏み入っていく。どうやら彼らの村は魔の森の奥にあるらしい。
この国で獣人やエルフやドワーフなど人と少々異なった種族を亜人と呼び、ひどい迫害と差別があることをセレスティーネはアズの背を追いながら思い出していた。
特に王都は人間至上主義を掲げる教会の本拠地であり、また特に差別意識の強い王族や貴族が多く住むことから、目に入るのも汚らわしいとほとんど亜人の姿を見ることはなかった。いたとしても奴隷など個人所有となっている者達だ。公爵令嬢であったセレスティーネもその教えに従い亜人を心底嫌悪しており、関わることはなかったのだ。
歩きながらぽつぽつとアズに聞いたところによると、魔の森がある辺境であれば亜人でもギルドに登録して仕事を受けることができ、アズはそうして得たお金で彼の村では手に入らないものを買ったりしているらしい。
話しながら時折彼の表情に落ちる暗い影に、彼も多くの差別にあい苦汁を舐めてきたのだろうと察せられる。それなのに、彼らを苦しめている人間であるセレスティーネをどうして助けてくれるのだろうと、セレスティーネはアズに問うた。
このまま森の奥に連れて行かれて復讐にひどい目にあわされるのではとは、セレスティーネはまったく疑ってなかった。これまで魑魅魍魎の蔓延る貴族社会で生きてきただけのことはあり、セレスティーネは人の表裏を見る目に長けていた。たとえ初めて会った獣人であったとしても、その表情や言葉の端に混ざる本音を見逃したりはしない。
アズがセレスティーネに向けるのは大きな同情と僅かな困惑と、そしてセレスティーネに対する心配だ。理不尽な苦境にありながらも揺らがない純真な優しさに、セレスティーネの心に灯がともる。種類は違うが同じような理不尽な目にあっているセレスティーネは、こんなにも復讐に燃えているというのに。
彼らに迷惑はかけない。でも復讐はする。セレスティーネは目標を新たにした。
せっせとアズの後をついて悪路を進んでいると、しばらくしてアズが振り返る。
「…………時間がかかる」
そうぽつりと言ってアズはセレスティーネを抱き上げた。残念ながらお姫様抱っこではない。片腕に座らせるように抱き上げ、もう一方の手で背中を支えてくれる。細身とはいえ人一人を抱き上げて揺るがない腕の逞しさに、セレスティーネの胸は強く高ぶった。ちょうど自分の胸の位置に来たアズの頭を条件反射のように抱き締める。さらにアズの頭や耳に頬を擦りつけた。
(ああ~イケメン~! 優しいモフモフイケメン~! しゅきいいぃぃ!!)
まるでマーキングでもするかのようにスリスリスリスリ顔を擦り付けるセレスティーネに、アズはしばらく固まり、やがて大きく溜息を吐いてからその長い脚で軽やかに森の中を歩き出した。
「……先ほどの問いだが……」
スリスリぐりぐりスリスリふんふんぐりぐり、もはやマタタビを与えられた猫のようにセレスティーネはぐてんぐてんだ。
「……人間ではない。セレンはセレンだ」
耳の近くで聞こえた照れくさく掠れた甘い声に、セレスティーネの意識は至高の楽園と飛んで行った。
アズは私のものにする。彼らに迷惑はかけない。ついでに復讐もする。セレスティーネは目標を新たにした。
そのままセレスティーネにとっては至福の状態で深い道なき森を二時間ほど歩いて行くと、徐々に視界が開けていき、森の中にぽっかりと空いた平地に疎らに家が建っている場所に出た。
アズに抱きかかえられ蕩けた顔で相変わらずスリスリしているセレスティーネを、村の入り口を見張っている男が奇妙な顔で見ていたが、アズといくつか言葉を交わすと何も言わず村へと通してくれる。
アズはその足で村で一番大きな建物へと向かう。ここまで人一人を抱えてずっと歩いてきているのに、その足取りに疲れはなく、セレスティーネを乗せている腕にも揺るぎはない。定期的に下ろされることも腕が疲れてぶるぶるすることもない力強さに、セレスティーネの胸は高鳴りっぱなしで歩いてもいないのにハアハアと息が苦しい。
「……長」
「アズ、戻ったか」
アズが声を掛けてすだれのようになっている藁の編物を手で避けてくぐると、陽の光がうっすらと透ける室内には白髪の老人と屈強な体格の中年ほどの男性がいた。土間から高く作られている木の板の床に老人が座り、男性は小上がりに腰かけている。
アズは家の中に入ると土間にそっとセレスティーネを下ろした。人前だしこのままご挨拶するのも失礼かと、セレスティーネは心底名残惜しさを感じつつしぶしぶと地面に足をつける。遠ざかるアズの体温に胸の中にぽっかりと大きな穴が開いたようだ。寂しい。
そんなセレスティーネに警戒したように厳しい視線を向ける二人に、アズが言葉少なにセレスティーネの事情を説明してくれる。基本無口ではあるが、大変面倒見の良い性格のようだ。
しばらく村で面倒を見たいというアズに、村長らしき老人と男がセレスティーネの様子を見ながら考え込み話し合っている。その間、話の邪魔をしないよう大人しくしていたセレスティーネは、気が付けばアズを見上げるときの自分のベストな角度の研究に夢中になっていた。この角度か、いやもう少し首をこう……。
「……よかろう、その女性のことはアズに任せよう」
首をしきりに傾げながらアズの周りをぐるぐるしているセレスティーネを危険なしと判断したようで、村長が若干呆れた声でそう告げる。
村長の言葉にパッと顔を明るくしたセレスティーネは改めて姿勢を正すと。
「ありがとうございます、お世話になります! 私のことはセレンと呼んで下さい!」
そう言ってぺこりと頭を下げた。
そのとき小上がりに腰かけたままの男性の足に黒ずんだ包帯が巻いてあるのか視界に入る。
「……あの、お怪我をされているのですか?」
そう問いかけたセレスティーネに男性は自分の足を見ながら、苦い口調で返す。森の恵みや狩りなどで生活している身としては、怪我で動けないというのはとても苦痛であるようだ。
「よろしければ、私が治療しましょうか?」
「治療?……どうやって」
怪訝な表情で見上げた男性に、セレスティーネはにっこりと笑い。
「私、聖魔法を使えるので」
「聖魔法!!?」
そのセレスティーネの言葉に、村長は慌てて立ち上がり男性も思わずという風に怪我をしていない方の足で立ち上がる。セレスティーネが聖魔法使いであることを聞いていなかったアズも、目を瞠って彼女を見ている。
聖魔法とは、女神から特別に与えられるとされる属性でこれにより治癒や強力な結界などが使えるようになる。特に治癒は他の属性では行うことができないため、聖魔法は世界中どこでも重宝されている。
しかも、聖魔法は血統や育った環境等に関わらず突然生ずるもので、これまでその属性を授けられた者達が心清く信仰に篤い者が多かったため、女神が気に入った者にその力を分け与えているのだと言われていた。その為その属性を有する者は聖者もしくは聖女と呼ばれ、現在世界中でも五本の指に入るほどの人数しか有するもののいない、極めて稀有な能力だ。
乙女ゲーム『どこまでも続く薔薇の道を君と』では、悪役令嬢を退けたとしても男爵令嬢であるヒロインが王太子の正妃となることは批判が多かった。しかし、ヒロインが実は聖魔法を使えるということが明らかになり、聖女として多くの人々を癒していくことで周囲を認めさせていくのだ。
しかし、本来ならヒロインが持つはずだった聖属性を、何の因果か追放された悪役令嬢であるセレスティーネが有することになってしまった。別に聖属性を持つ者が世界に一人と言うわけではないので、セレスティーネと同時にヒロインも聖属性を有している可能性はある。今のセレスティーネにそれを確かめる手段はないが、聖魔法を使えるようになったことで復讐が行いやすくなったとセレスティーネは考えていた。
何故セレスティーネに聖魔法が使えるようになったのかは分からない。ゲームではセレスティーネは聖属性を持っていなかった。聖魔法は心の清らかな者が使えるということから、前世の記憶が戻り心を入れ替えたからで、つまり前世の私は女神が認めるほど心が清らかだったのね☆ と単純に考えることはできるが、そうではないとセレスティーネは思っている。
何故ならセレスティーネの考えている復讐は、多くの人を巻き込み場合によっては誰かを見捨て、人を死に至らせることもありうるからだ。そんな復讐を考え実行しようとしているにもかかわらず、気づけば聖魔法を使えるようになっていた。今後使えなくなる可能性も無きにしも非ずだが、これまで一度与えられた聖魔法が後に使えなくなったという話は聞かない。
乙女ゲームの世界で、誰がどういうつもりでセレスティーネに聖魔法を使えるようにしたのかは分からないが、これは存分に復讐をしろということではないかとセレスティーネ前向きに考えている。
「おお……!」
「これは……!!」
傷口に翳したセレスティーネの手から光が溢れ、大きく切り裂かれていた傷がみるみると塞がっていく。その光景に、村長や男性から驚きと感嘆の声が上がる。
しきりに感謝をし尊いものを見るような目で見てくる二人に、セレスティーネは照れたようにはんなりとした可憐な笑みを浮かべた。
「お役に立てたなら良かったですわ」
王族や貴族によって虐げられ魔の森に捨てられた淑やかで美しき聖女が、心優しい獣人に拾われ、魔の森に近い辺境の町の教会で分け隔てなく人々を癒していると、そんな噂が流れるのはもうしばらくしてからだった。
誤字修正しました。教えて下さった方、ありがとうございました(*>ω<*)