朝が来る
「そうです」
タスクがベッドに腰掛ける。
「クナリさんが離れの探索を呼び掛けてくれて有り難かったです。お陰で、細かいところまで確認できました」
「トイレ、ベッド、机や本棚、くまなく調べました。床下もない。屋根の上にも」
「このままでは、暴漢が持ち去ったことになってしまいますね。それが犯人の狙いでしょう。キッチンの包丁も減ってはいなかった。誰かが持ち込み、そして隠しています」
タスクが苦笑した。
「楠谷さん……これは、あくまで思いつきなんですが」
「はい?」
「『氷のナイフ』……ということはありませんか」
「冷凍庫か、あるいは氷点下の屋外で水を凍らせ、刃にしたということですか?」
「普通のナイフから型取りして、グリップも鍔も本物と同じように作るんです。いぼ付きの軍手みたいなものでつかめば、滑りもしないでしょう」
「トイレの水ででも解かしてしまえば、凶器消滅というわけですね? ……あの遺体の状態だと難しいと思います。肋骨の間に、滑るようにひと突きですから、どんな低温で凍らせても氷では強度的に無理かなあと。それに傷口の周りに濡れた後はありませんでした。鈍器ならともかく、刃物としては実用的でないと思います」
「そうかあ……ミステリファンとしては、リアル氷の凶器が出現したかも、と思ったんですが」
「不謹慎な発言ですね。気持ちは分かるような気はしますけど」
タスクが半眼になる。
「く、楠谷さん、じゃあとりあえず僕らもなるべく見回りしましょう。何か変わった動きがあればすぐ分かるように。今、交代で見張りを置くといいながら、館の中は相互監視状態にあります。僕たちもそこに合流しましょう」
「そうですね。あわよくば、凶器の秘匿がまだ完成していなくて、何かしら手を加える可能性はあります。それを押さえられるかも」
「本職の探偵や警察じゃないんですから、危ないことはだめですよ。あ、そういえば……イクナちゃんの妖狐の件はどう思います?」
「あの時は何かの見間違いかと思いましたが、犯人、もしくはそれに近いものを目撃した可能性はあります。見た時間も犯行時刻にかかっています。でも、雪の上を沈まずに歩けばそれは足跡はつかないでしょうけど、館にいた男三人は、誰も体重は六十~七十kgはありますよね。この体重をなくす方法というのが考えつきません」
「しっぽがあった、と言っていましたよね。それが何か関係しているのでは」
「しっぽ……しっぽのようなもので、体重を極端に軽くする……うーん」
タスクは、右こぶしを顎に当てて唸りだした。
「そうですよね、体重を消して離れとの間を行き来するなんて……」
「あ、いえクナリさん、行きはいいんです。足跡は残さずに離れに行けます。問題なのは、帰りですよ。離れで江戸川氏を殺して、館の方へ帰る方法です。妖狐が犯人なら、イクナちゃんに見られたのは犯行後の姿でしょう。行きでは、しっぽなんて生やしてふらふらしている意味はありません。しっぽねえ……んん」
言うだけ言って、タスクは再びうなる。
「え? 行きはもう解決してるんですか? ロープか何かを渡して、それを雲梯のように伝うとか? あるいは、綱渡りができる人がいるのかな」
「それらも含め何通りかありますが、できるだけ時間のかからない方法がいいですからね。手っ取り早くて確実なのは……」
タスクがクナリに、声を潜めて伝えた。
「ははあ……なるほど。あんなものでね……」
「他にもやり方なんて、いくらでもあるでしょうけどね。さ、下に行きましょうか」
そうして、二人は居間へ降りた。
大きなガラス戸から外を見る。相変わらずの雪の中、イクナが歩いた跡が見てとれた。
やはりこの天気の中でも、人がひとり歩いた後は、そう簡単には消えてなくならない。離れまで行き来すれば、その足跡は吹雪では消せない。
タスクとクナリは、それを改めて確認してから、居間での雑談に混じった。
結論から言えば、その後は朝まで何も起きなかった。
自室で寝ていたのは、宗紫電イクナと円藤オオリの二人。共に、部屋から出る様子はなかった。
残りの男たち、藍野リンジ、野紐マダラ、宗紫電ダレモ、人行オドルは、結局全員が居間のソファで夜を明かした。
誰かが小用に立ったり、飲み物を入れる時は、例外なく他の誰もが目を光らせていたので、特に怪しい動きは誰にも発見できなかった。
そして、朝六時を迎えた。