雪の中の殺人現場
誰からとも知れず、腕時計を見た。夜十時。
全員が、裏口に集まった。寝ていたという宗紫電ダレモも含め、固唾をのんでドアの向こうを見ている。
離れの玄関で、円藤オオリらしい女性がこっちに何か呼び掛けている。早く来てくれというのだろう。
暗い。しかし、その時集まった全員が見ていた。
見えづらくはあるが、少なくとも、雪の上にははっきりとした足跡はない。
パウダースノーのため、餅のようになだらかな雪面とはいかず多少の凹凸はある。また、強風にあおられて、あちこちが波濤のように荒れている。
しかし、足跡らしい足跡はない。
それだけを確認して、全員で離れへと歩き出した。
奇しくも順番は、部屋割りの西側からと同じになった。先頭が藍野リンジ、しんがりがクナリである。
ばさばさと舞い散る雪をかき分け、一行は離れに到着した。
「みんな、見て、お願い」
円藤オオリは、ショートカットの気丈そうな女性だった。それが真っ赤に腫れた目をして、足を振るわせている。
離れの中は、暖房が効いて温かい。しかし、一行の歯は一様に震えていた。
正面が執筆部屋、向かってその左が男性用仮眠室、右が女性用仮眠室。ドアはそのみっつの他に、右手の奥にトイレのものがひとつある。他には部屋もなく、天井裏も地下室もない。箱状の平屋だった。
ダレモが、中央のドアを開けた。執筆室の中は、左右に資料が詰め込まれた巨大な本棚がある。そして真ん中の奥には大きな机があり、その下に、椅子と共に中肉中背の男性が倒れていた。
白いものが混じった頭髪。レンズの小さな丸眼鏡。
「センセ……」とマダラが呟いた。
江戸川アランは、胸から大量の血を流してこと切れていた。
ダレモが、近づきすぎないようにしながら遺体を確認する。
「これは、触れたらいかんのだろうな……どう見ても殺人だ。胸、肋骨の間を、水平に刺し入れた刃物で一突きにされている。即死だ」
リンジが首を振って、言った。
「どうする? ひとまずここはそっとしておいて……母屋に戻るか?」
オオリがうなずいた。
「そうね……それがいいと思う」
「え?」と声を出したのは、クナリである。「ひとまずって……」
しかし、それには構わずにオオリが続けた。
「私、全然気づかなかったの。二時間ほど仮眠してただけ。それまでは先生は元気で……私、犯人も見ていないし……こんなことって……」
「いいんだよオオリちゃん。こんなの、オオリちゃんが悪いことなんて何もない」と、ドレッドヘアを左右に振って、マダラ。
「いや、みなさん。まずすべきことがありますよね?」
クナリがそう言っても、誰も答えようとはしない。
「イクナ、この部屋には入るなよ。お前は見ちゃいかん。ん? なんだ、人行?」
「実はダレモさん、さっきイクナちゃんがですねえ……」
たまらずに、クナリが大声を出した。
「ちょっと! みなさん! それどころじゃないでしょう! なぜ警察に通報しないんです、すぐに!? もういいです、僕がする!」
クナリはひとしきり叫ぶと、着込んだ服の下からスマートフォンを取り出そうとした。
そこへ、タスクが声をかける。
「あの、クナリさん……多分なんですけど。スマホを持っている女の子が、トランプ占いなんて地味な遊びしてるの見た時から、そうかなーとは思ってたんですが」
クナリは、ようやく手に乗せた液晶画面を見て、あっと口を開けた。そこには圏外を表す表示が踊っている。
「電波が入らないからオンラインのゲームはできないし、あの年頃の子ってスマホやりすぎないようにモバイルバッテリー持たされてなかったりするから電池節約のためにオフラインのゲームもできないし、仕方なくトランプだったのかなって」
「な、なら固定電話で」
「これも多分なんですけど、どなたもそうしようとしないってことは、つまり……」
マダラが、気の毒そうに告げてきた。
「あれな、内線オンリーなんだわ。江戸川センセが、邪魔されたくないからって言ってさあ」