孤牢館の構造、叫び声
孤牢館は南側に居間が配置されており、その南面にある大きなガラス戸の向こうには雪原が広がっていた。
例の離れは、館の北、十メートルほど離れたところにある。
母屋の客室は全て南向きに作られており、北側はそれらのドアが面する廊下が東西に一本走っていた。その中央に階段があって、一階と二階が行き来できる。東西の端には屋根へ上れる階段への扉があり、屋根の雪下ろしの際はここを使う。
二階の廊下には窓がなく、北側の様子は二階からはうかがい知れない。一階の共用トイレやキッチンも北側には窓がなく、離れを視界に入れるには、先ほどのタスクたちが見た裏口を開けるか、屋外から回り込むしかないという構造だった。
母屋と離れが、お互いに気兼ねなく過ごせるように、そうした造りになっているのだろう――と、クナリなどは勝手に推量していた。後から知った話では、やはり似たような理由だったらしいが。
幸い部屋が空いており、タスクとクナリは一室ずつ与えられた。
孤牢館の二階は全ての部屋が客室で、宗紫電親子だけが二人で一室を使っているという。
部屋の並びは、二階の一番西から、藍野、宗紫電、野紐、人行、階段を挟んでタスク、クナリ、円藤、江戸川である。離れにはトイレはあっても風呂や厨房がないので、江戸川も寝泊まりは母屋でする。
ただ、離れにも仮眠用の施設は江戸川と円藤の二人分があるらしく、執筆にはまり込むとなかなか母屋には帰ってこないらしい。さすがに、離れの仮眠室は男性用と女性用で分けているということだった。それぞれ、江戸川と円藤が利用することになる。
一室一室が縦長で、横幅は一般的なビジネスホテルのシングルと大差ない幅だった。部屋にはベッドとデスクの他、トイレとユニットバス、クローゼット、ミニキッチンがある。
しかし今夜の二人は、ひとりずつでいても仕方ないので、荷物を置くと早々にタスクの部屋に集合となった。
「しかし楠谷さん、江戸川アラン氏というのは変わり者みたいですね。こんな所に別荘なんて建てて」
「さっき少し聞いたんですが、元々は執筆のためのこもり場所だったみたいです。それが思ったより広々と作ってしまったので、さらに小さな離れを作ったと。よくそこに秘書の円藤オオリさんと缶詰になってるようです。さっき雪に足跡もありませんでしたし、今日も昼食以降はずっとこっちと行き来はしてないんですね」
「そうなんですねえ。さて、ではとりもなおさず、お絵描き大会といきますか」
クナリはいそいそと、スケッチブックとマーカーを十数本取り出す。
「カバンに何を入れてるのかと思ったら……。何がとりもなおさずなのかもよく分かりませんし」
「やることのない夜となれば、これでしょう。それがお嫌なら、恋バナ大会になりますが」
「やりましょうお絵描き今すぐ」
タスクは二脚のイスで、丸テーブルを挟むように配置した。
「……でもクナリさん、この別荘って何だか寒々しいですよね。生活空間という感じがしません」
「実際、缶詰ホテルみたいなものでしょうしね」
「見てください、このテーブルもイスも鉄製です。コートをかけたハンガーも、部屋に置かれたグラスも、ベッドも、どれも鉄です。こういうところって木造品を置いて、心をほっとさせるものじゃないですかね」
「生活用品として、居心地良さよりも耐久性を求めたんでしょうか。はい、0.3のシャープペン」
「どうも……。エクステリア用品店の展示物に囲まれてるみたいですよ」
そして二人は、向かい合って、スケッチブックに落書きを始めた。
「クナリさんて、小山さんと仲いいんですか?」
「ああ、よく構っていただいています。楠谷さんは、祭人さんとミステリ談義をされてる印象がありますね」
「そうかもしれません。古典好きな人と話せるのは貴重ですね」
「祭人さん、小説でも結構、ミステリ的な仕掛けや収束のさせ方するんで、読み味がいいですよ。気持ちいい」
「そういえば、編乃肌さんの万年筆の。あれ、続刊しますかね。クナリさん、お好きでしたよね」
「僕は個人的には、前作の花のお話よりも発展性があると思っています。それに肌さんはそれ以外にも、……」
出てくる名前はどれも、同レーベルから書式化している作家たちである。
そんなとりとめもない会話をしながら、不意に。
「楠谷さん……この館のこと、もうひとつ、気になってますよね」
シャープペンを滑らせながら、クナリが言う。
「……そうです。一体、こんなに心荒む別荘に、しかも真冬に、あの四人はなぜここにいるのか」
「何事もないといいですね」
「やめましょうよ、そういうフラグっぽ……」
その時、階下から叫び声が聞こえた。
二人は、一瞬顔を見合わせてから立ち上がる。
そして弾けるように、階段へ向かった。