孤牢館の人々
「いや、大変だったねえ。どうぞ中へ入って暖まってな。といっても、俺はこの孤牢館の主人っていうわけじゃねえんだけど。野紐マダラというんだ、よろしく」
そう言って出迎えてくれたのは、ドレッドヘアの若者だった。
「ころうかん?」
タスクの問いかけに、若者はうなずいて答える。
「孤独な牢屋の館と書いてそういう名前なんよ。どんな偏屈が名付けたかと思うだろ? ここはね、江戸川アランていう作家センセの別荘なんだよ」
「作家さんですか?」と今度はクナリが訊く。少なくともミステリ界隈では聞かない名前だ。
「そ。ノンフィクション専門のカタブツ。といっても今日ここに集まってる俺たち、みんなそのカタブツに世話になった身なんだけどね」
そうして通された居間は、暖炉とソファが鎮座する、広々とした空間だった。
年齢と性別がまちまちの四人の男女が、ある者はソファに座り、ある者は立ってウィスキーグラスを傾けている。
「その二人か、遭難者は」
眼鏡をかけた痩せ型の、神経質そうな男がそう言った。ドレッドが苦笑する。
「やだなあダレモさん、遭難だなんておっかない。ちょっと道に迷っただけですってよ。だいたいここはふもとまですぐじゃないっすか。イクナちゃん、お父さん怖いねえ」
イクナと呼ばれたのは、ワンピース姿の少女だった。「知らなーい」と言って、手に持ったトランプをぱたぱたとテーブルに伏せる。占いでもしているようだ。
「ダレモさーん、イクナちゃんに買ってあげたスマホ、GPSバッチリってマジすか?」
「当然だろう。この子はまだ八歳だ。私はスマホなんて物自体持たせるのは気が進まんが、妻がそうしてやれというのでな」
二人の会話に、それ以外のメンバーが介入する気配はない。
クナリは、そっとタスクに耳打ちする。
「楠谷さん、何だかあまり、雰囲気がいい方じゃないですね」
「ええ。できれば早めにお暇したいですが……。雪山の山荘というクローズドサークルは、ちょっと魅力的ですけどね」
「それは少し分かります」
そうして二人で含み笑いする。
「言っとくけど君たちさあ、たぶん今夜いっぱいは帰れないよ?」
マダラが半眼気味に言ってくる。
「えっ?」とクナリ。
「雪が止まないみたいなんよ。ふもとまでたいした距離じゃなくても、無理しない方がいいぜ。家主に許可もらって、泊まっていきなよ」
その時ようやく、マダラとダレモ以外の人物が口を開いた。大学生らしい格好をした、茶髪の若い男性だ。
「俺もそれがいいと思う。江戸川先生なら離れにいるから連れて行ってやるよ。ああ、俺は藍野リンジ。そっちの子は高校生か? こんな日に山登りとは感心しないな」
意外に親切な口調で藍野が言うと、ダレモが割って入った。
「いや、離れは裏口から十メートルくらいは歩く。この雪だ、まずは内線電話でいいだろう。どうしても連れて来いとなったらそうすればいい」
するとまた別の一人、若い男がソファから立ち上がり、「僕が聞いてみるよ」と固定電話のところへ行って、ボタンをプッシュし始めた。
個々に話してみると、それなりにみんな親切なようだと、タスクとクナリは目配せした。
「人行です。すみません、先生はそこにおられますか? ええ、実は二人ほど……そう、そうです。あ、先生。いかがでしょう……はい……はい」
何往復かのやり取りを経て、許可が出たらしい。
ドレッドヘアのマダラがくるりとタスクたちに振り返った。
「ようし、それじゃ改めて自己紹介だ。ええとね……」