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エピローグ


 冬の空が、嘘のように晴れていた。

 ふもとからやって来た警察に事情を聞かれた後、解放されたタスクとクナリは、甲府駅に停まった特急列車に乗り込み、遠慮がちにリクライニングする。

「楠谷さん、最初から犯人が誰だか、見当がついていたんですか?」

「そんな、刑事ドラマみたいにはいきませんよ。全ての条件が出揃った上で、そこに合致する人物がひとりだけだったというだけです」

 二人は駅近くのベーカリーで買ったパンを広げ、紙パックのミルクにストローを差した。

「藍野さん、警察に全て話しますかね」

「さて、どうでしょう。警察も単純な通り魔とは思っていないようですから、少々藍野さんに追及が入れば、真相を喋ってしまうかもしれませんね」

「我々は、警察に何も言わなくていいのでしょうか」

「本当なら、善良な市民としては、僕もクナリさんも警察に知り得たことを話すべきですけどね。前後の事情が分からないままでは、なかなか踏み切れません。もちろん殺人は許されないことですが、僕たちが真相に気づいたのがもう少し後になり、それから警察に連絡しても、悪いことではないでしょう。県警とは互いに連絡先を交換させられましたしね。そして少なくとも、藍野さんは、自分が殺人犯であることを知っている人間が野に放たれたことに当分苛まれるでしょう。まずは、そんな罰でもいいんじゃないですか。自首するとなると必然的に円堂さんも捕まることになる。これからどんな人生を送るのか、考える時間が要ります」

「でも、なぜ、藍野さんと円藤さんは、昨夜に犯行に及んだんでしょう。遺産は円藤さんに入ることが、みんなに知れ渡った直後ですよね? もしお金が目当てなら、いずれ黙っていても円藤さんのものになるわけですし……共犯になるような仲なら、お金が必要なのが藍野さんだとしても、円藤さんが受け取り手であるなら……急いで江戸川氏を殺さなくてもいいように思うんですが」

「殺人の動機になるような額ではないとも聞きましたし、その辺りは分かりませんね。ただ、もしお金目当てだとしたら、遺産を円藤さんに与えてくれることが万座の中で明確になったので、江戸川氏が用済みになったということだって考えられます。たとえ目を剥くような大金でなくても、ある程度まとまった額が早急に必要だったので、できるだけ早く死んで欲しかった、とかですね。円藤さんは既婚者だそうですが、夫婦仲はどうなのか。彼女と藍野さんとの関係はどんなもので、そこにお金が絡む事情はあるのか。そんなことは、雪山の山荘で一晩考えて悟れるようなものでもありません」

 楠谷が肩をすくめて苦笑した。クナリもつられて笑う。

「そうですよね。楠谷さんが見抜いたスチロールのトリックは、大雪の日でないと使えないわけですし、殺人が可能な日は限られていますもんね。千載一遇のチャンスを逃さずに、殺せる時に殺した……と」

「何か、逼迫した状況があったのかもしれません。どんなことにせよ、あまり愉快な事情でないことは確かでしょうけど。可能性で言えば……」

 そこまで言って、タスクは口をつぐんだ。

「おっしゃりたいこと分かりましたよ、楠谷さん。彼らはやろうと思えば、自殺に見せかけた方法で殺すこともできた。その方が、暴漢による殺人事件よりは穏便(・・)に片付きそうです。それが殺人事件ということにしたのは、……それほど円藤さんが江戸川氏に信頼されていたのなら、生命保険の一部(・・・・・・・)あるいは全部(・・・・・・)の受取先が円藤さんになっている可能性もあります。遺産の遺留分以外をそっくりあげようとするくらいですもんね。恩人を殺してでも、そこまでお金を求めていたような事情が、二人にはあったのかもしれない……と。でも、そんなことは考えなくてもいいことですよね」

 電車のドアが閉まった。

 ゆっくりと車輪が回り始める。

「では、ちょっと食べて寝ましょうか。楠谷さんも徹夜ですしね」

「雪山登って、徹夜して推理は疲れました。やっぱりミステリは、読んだり書いたりするのに越したことはありません」

 その時、クナリのスマートフォンが震えた。

 画面を見て、クナリが息を飲む。山梨県警からのメールだった。

 簡潔で事務的な文面で、藍野リンジが自首してきたこと、それをタスクたちに連絡してくれと本人から頼まれたことが記してあった。

 タスクがぽつりと言う。

「確かなことは――」

「はい」

「確かなことは、藍野さん、あんなに大事な日に、迷い込んできた僕たちを、吹雪の中に追い出そうとはしませんでしたよね」

 クナリがうなずく。


 電車は、段々と速度を上げながら、雪の止んだY県を離れて行った。



孤牢館殺人事件 終

ここまで読んでいただき、誠にありがとうございました。

本作の探偵役:楠谷タスクのモデルである楠谷佑様は、マイナビ出版ファン文庫でも活躍されている書籍化作家様です。

今回はご縁あって(というかお願いしまして)クナリとかいうやつと共演していただきました。

ミステリ好き、トリック好きの方々に少しでも楽しんでいただけましたら幸甚です。

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