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解決編 後

 タスクがそこまで言い終わると、束の間、部屋の中に静寂が訪れた。

 やがて男が、ぽつりと言う。

 ――想像だ。

「そうですね」

 ――そうだ、想像だ。その発泡スチロールとやらはどこだ。雪に埋めたのだろう? 今どこにあると言うのだ。見せてみるがいい。

「今はもうありません。先ほど、恐らくはビニールコートと一緒に、焼却炉で燃やされてしまいましたから」

 再度、男が絶句した。

「発泡スチロールは、実に九十八パーセント近くが空気らしいですね。主成分は炭化水素なので、燃えてしまえば残留物も残さずに跡形もなく消える。証拠隠滅にはもってこいです。ただ、通常の空気中では空気不足で不完全燃焼を起こすので、大量の煤が出ます。焼却炉の煙突からは、もうもうと黒い煙が出ていましたね。僕も似たタイプの焼却炉を小学校で使ったことがありますが、木材や生ゴミではああはなりません。ここで缶詰生活を送る中で、一体、何をあんなに煤を出すゴミがあるのでしょう?」


 男の狼狽はもはや、誰の目にも明らかだった。

 ――だ――だから、想像だろう。結局、証拠はないのだろう。煙がどうしたというのだ。


「今の時点では、発泡スチロールについては確かに僕の想像です。しかし、暴漢説を取らずに孤牢館の中に犯人を求めた警察の捜査にあっても、何の証拠も出さないと言えるでしょうか。この話を聞けば、少なくとも、あなたやオオリさんのスチロール類の購入履歴は徹底的に調べられると思いますよ」

 ――黙れ。だから、結局証拠はないのだろう。

 ――焼却炉で燃やしたなんていうのも都合のいい妄想だ。どうしても自分を犯人扱いしたいのならば、動かぬ証拠を持って来い。

「僕が今回の事件で最後まで悩んだ点は、ふたつです。発泡スチロールの使用については、可能性のひとつとして考えてはいたんですが、その秘匿方法、あるいは処分方法が分かりませんでした。集めればそこそこかさばるでしょうに、そんなものをどこに隠して、どう処分するのか。今朝になってようやく、焼却炉係という役割の存在を知り、あの煙を見て、ようやく得心がいったのです。そしてもうひとつは、凶器について。現場にない以上犯人が持ち去ったはずなのですが、まさか自室に置いておくというわけにもいかない。館のどこかに隠したとすると、僕たちには見つけようがありません。そこで、数少ない心当たりを、クナリさんに当たってもらいました。これが外れていれば、僕たちはあなたを呼び出したりせず、大人しく帰ったことでしょう。それくらい、あの場所以外には思いつかなかった」

 ――なんだと? お前ら、一体……

 クナリが、服の下から、ビニール袋の包みを取り出した。

 男が、ベッドから立ち上がる。

「座ってください。そう、僕とクナリさんが知る限りの、あなたがとった行動の中では、あそこしか考えられなかった。スレートぶきの屋根板、その一番端の一部が細工されていて、小物入れのようになっていて、そこに入っていました。その細工をしたのは、よくここに江戸川氏と訪れていたというオオリさんでしょう。あなたが屋根のどの辺りを雪下ろししたのかは、ダレモさんに聞けばすぐに分かりました」

 クナリが、手袋をした手で袋を掲げて言う。

「ただ見ただけじゃ、到底分からないくらいに精巧でしたよ。そこに、この、血のついた包丁とワイヤーが隠してありました」


 ――お前ら――なぜ――あんなところを――


「あなたが犯人なら、何をおいても焼却炉へ迅速に行かなければならなかったはずです。何かの手違いで、スチロールの群れが発見されれば元も子もない。吹雪が収まるまでは焼却炉へ行くのは不自然過ぎますが、それが収まればスチロールを持って真っ先に駆けつけたい。しかしそれを差し置いてまで、あなたは屋根の雪下ろしなんて手伝いに行った。自分がその係でもないのに、です。ならばそこには、トリックの証拠である発泡スチロールと同じか、それ以上に重要なものがあるのだろうと考えました。ダレモさんが屋根の細工を偶然見つけてしまうことを恐れたあなたは、その一角の要最小限の雪だけを下ろし、ダレモさんに『ここは済んだ、俺はここまでにする』と告げた。あのカンジキは、ダレモさんのものです。あなたが焼却炉から帰ってきて置いたにしては雪が解けきっていましたから、その前の雪かきでダレモさんが使って、あそこに置いたものに違いない。あなたはダレモさんにしてみれば、カンジキもなしで雪の積もった屋根に上がっているわけですから、あっさり解放してくれたでしょう」

 男が歯ぎしりする。タスクは、構わず続けた。

「クナリさんの言った通り、ひと目ではそれと分からないほどの細工ではあるのですから、これで発見のリスクを回避可能です。さすがに同じ屋根にいるダレモさんの目を盗んで、ここで複雑な仕掛けはできないですから、せいぜい、問題なく隠してあることを確認するくらいしかできなかったでしょう。そうすると、僕には、スレートをめくれるようになっているくらいしか思いつきませんでした。そして、それは当たっていた」


 ――……お前ら……朝食の後に、そんなことを……お前ら……


「今朝になってからの、雪下ろしと焼却。これらが揃ってようやく、僕は犯人が誰なのか、確信が持てました。ひとつひとつの要素は、証拠として薄弱です。しかし全てつなげれば、そこにはたったひとりの人物が浮かび上がってくる」


 ――お前……ら……


「既にスチロールのトリックが仕込まれていたと思しき昨夜、ダレモさんがオイルサーディンを食べ尽くしてしまいました。それによって、在庫を倉庫へ取りに行く必要が生まれました。犯人にしてみれば、死体発見の電話がかかってくるまで、裏口から外には出て欲しくない。遠目からならともかく、裏口のドアの辺りから見れば、『スチロールの飛び石』が見破られてしまう可能性はあるからです。そうして僕たちが、缶詰を取って来て欲しいとオドルさんに言われた時、それを止めた人物がいます」

 ――それ、……は……

「その人は、僕たちがわずかな痕跡も踏み荒らしながら全員で離れへ向かった時、先頭を務めた人物です。そして、トリックの痕跡――雪下ろしや薪割り、冷凍庫では隠滅できませんが――を、焼却炉で焼くことのできた人物。その直前、雪に足を取られないようカンジキをはいて雪下ろしに向かったダレモさんに対し、普通の靴で慌てて屋根に上がり、少々手伝っただけで焼却炉に向かった人物。その際、マダラさんがだらだらとしていた隙に雪下ろしを済ませ、用が済んだら大急ぎで焼却炉に向かった人物。この時は肝も冷えたことでしょう、マダラさんがきびきびと薪割りに来れば、彼に見つからずにスチロールを燃やすのは困難ですからね。でも、凶器発見はもっと困るので、先に屋根の雪下ろしを済ますより仕方がなかった」


 男は、藍野リンジは、小さなうめき声を上げて、黙った。


「藍野さん。雪が解ければ、地面は湿っています。発泡スチロールは、軽くて丈夫ですが、破片もこぼれやすい。僕らが今の話をすれば、風に吹き飛ばされる前の残留物を警察が捜索し、見つけるでしょう。これは証拠としては弱いかもしれませんが、一度疑いがかかれば、この包丁を含め、本格的な捜査の目があなたに向くことになります。改めてお聞きします、……江戸川アラン氏を殺したのは、あなたですね?」

 リンジは、無言のまま動かない。

「包丁の方は動かぬ証拠ですが、もしかして、足跡のトリックは全然違う方法でしょうか」


 すると、ようやくリンジが、きしむような笑い声を出した。

「違う。違うな、全然違うよ」

「そうでしたか……」

「俺が江戸川先生を殺す時に着ていたのは、ビニールコートなんて上等なもんじゃない。ゴミ袋を貼り合わせただけのお粗末なかぶりものだよ」

 クナリが、包丁の入ったビニール袋を胸にかき抱く。

 タスクが、静かに言った。

「藍野さん……」

「そうだ。俺がやった。方法は、君が言った通りだ。オオリは、……俺がそそのかした」


 タスクは静かに、両手の指を組んだ。

 そして諭すように尋ねる。

「自首は、されるんですか?」


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