解決編 前
朝食をとり終わると、タスクは、その人物の部屋をノックし、タスクの部屋へと誘った。
既に全員が、自室に戻っている。人目につくことなく、タスクの部屋に二人で入った。
席を外していたクナリが戻って来て、これもタスクの部屋に合流する。
呼び出した人物をベッドに座らせ、タスクたちはドアに近い位置で、並んでイスへ腰かけた。
最初に口を開いたのは、タスクだった。
「江戸川アラン氏を殺した犯人が分かりました」
――え?
男は、そんな風に反応した。そして、自分ひとりが呼び出されている状況にも、察しがついたようだった。
――今この自分のことを、君たちは疑っているのだな。
「そうです」
――聞こうじゃないか。なぜそう思うんだ?
「まず、離れの北へ逃げた暴漢というのは、この際犯人として除外します。その存在も確認されていないし、消去法で推定されたに過ぎませんから。逆に言えば、館にいる人間に犯行が可能であれば、そんな推定も無駄ということです。万が一そんな人物が実在したとしたら、これから呼ばれる警察に任せるのみです」
――では、犯人とやらは、どうやってこの館と離れを往復したんだ? 足跡も残さずに?
「行きについては、さほど問題ではありません。東の倉庫の中にワイヤーがしまってあるとうかがいました。僕らが今朝見た時は見当たりませんでしたが、奥の方に入っているか、あるいは犯人が使用後、まだどこかに隠しているのかもしれません」
――ワイヤーは、それは離れまで渡せるだろうが、それをつかんで行き来したというのか?
「いえ。たとえば、ワイヤーの一端を屋根の雪止めにくくりつけ、もう一端を離れまで投げ込みます。十メートルほどの距離なら、おもりをつければ可能でしょう。失敗したら何度でもやり直せばいい。その程度の跡なら、吹雪で消せます」
――投げ込んだらどうできると言うんだ?
「仮眠する振りをして執筆室を出た円藤オオリさんが、こっそり外へ出て、その一端を回収し、ドアにでも結びつけます」
――待ってくれ。オオリがなんだって?
そこで、クナリが横から口を挟んだ。
「僕たちは、彼女は江戸川氏殺しの共犯者だと思っています。たとえば、江戸川氏が融雪剤の古さを気にしてわざわざ北側にまいたというのも不自然です。客室の調度品にもあんなに気を配らない人が、そんなに細かいことを気にするでしょうか。森へ逃げた犯人像というのを作るために、彼女が創作した話ではないかと思われます。……申し訳ないですが、反論は、楠谷さんの話の後で聞かせてください」
――おい……
再び、タスクが話し出す。
「さて、このワイヤーを手でたどって降りてもいいのですが、何しろ細いワイヤーですから、途中で手が痛くなったり、つかみ切れずに落下する恐れもあります。そこで、たとえばこのような」
タスクが、自室のクローゼットから出しておいたハンガーを手に取った。
「この家の家具は鉄製ばかりですが、これも鉄で、とても丈夫ですね。このズボンをかける横棒を取り払い、への字になったハンガーの中央のくぼみをワイヤーに当てます。あとはハンガーの両端を両手で持てば、簡易リフトの完成です。屋根からあっという間に離れへ到着できます。着地の際多少音が出るとしても、この吹雪とオオリさんの協力でどうにでもごまかせるでしょう。昨日までに何度も練習できることですしね。ここで、ワイヤーは回収します。その時雪の上に跡がついても、先述の通り、これは雪と風で消せます。パウダースノーにワイヤー一本分の線が残ったって、夜目には判別できないでしょうし。オオリさんの内線で孤牢館の人々を離れに呼んだのは、夜でしたから。これは計画のうちだったでしょう」
――オオリは本当に共犯者扱いなんだな。
「離れで合流した二人は、主犯が持参した凶器――包丁のような刃物ですね――で江戸川氏を殺害するべく、執筆室に侵入した。驚いて振り向いた江戸川氏の胸を、主犯がひと突きにした。あれは女性の膂力では難しい。オオリさんの手引きと、男性の力があって初めて踏み切れたのでしょう。刃物での刺殺の方が、いかにも闖入した暴漢らしいですしね。あとは、オオリさんが仮眠室へ入り、主犯は脱出です。もちろん北の砂利道ではなく、孤牢館へ。凶器は主犯が保持したままです。その場に残してもいけないわけではないけど、警察に詳細に凶器を調べられれば、暴漢説を一蹴して真犯人にたどりつかれてしまうかもしれない。持ち去るに越したことはありません」
――それで? またワイヤーで母屋に戻ったって言いたいのかな?
――今度は高低差を使って空中を移動することはできないだろう。足跡が残っていなかったのは、全員が確認したはずだが?
「イクナちゃんが、妖狐を見たそうです」
――……何をだって?
「孤牢館と離れの間を、遠目にですが、移動する人影を見たと。その人影は雪の上を歩きながら雪に沈むことなく、その上を渡って歩いていたそうですよ。しっぽまであって、まるでこの辺りに伝わる妖狐だったと」
クナリの目にも、男の顔色が、さっと悪くなるのが分かった。
実は、クナリはまだ、タスクから推理の全容を聞いていない。そんな時間的余裕がなかったせいでもあるが、内心、目の前の男がどのように犯行を実践したのか、見当もつかずにはらはらしていた。
――ほう。そんなものを、君は真に受けているのか。
「カンジキをご存知ですか?」
――……何だって?