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続 それぞれの朝

 倉庫は館の東側にあるので、北側にある離れには近づかないで済む。

 どうせ館と離れの間には足跡がないのだからと軽く考えているのか、リンジとマダラのものとおぼしき足跡が裏口から伸びていた。


 かなり細かく柔らかい雪で、タスクらに踏みしめられると、足の裏が地面についた。離れの北は砂利ということだったが、この辺りの地面は土だった。

 離れへと続く、館からの往来で散々に荒れた雪道を見る。もし何らかの犯人の痕跡が多少残っていたとしても、これではもう検分は絶望的だろう。死体の周りはともかく、現場までの地面はもう、現場保存どころではない。

 雪の下の土は水分を吸い、やや柔らかい。ぬかるんではいないが、靴の裏の跡がつくほどだった。

 これでは、まともな体重のある人間が歩けば、雪はどうにかごまかせても、土に足跡が残ってしまう。かといって――……妖狐の仕業というわけにはいかない。

 雪渡りの妖狐のことはまたも後回しにして、二人は倉庫へ向かった。


 途中、焼却炉でゴミを燃やしているリンジの傍を通った。

焼却炉は、一昔前の小学校などでよく見られた形で、高さ一メートルほどの石の台座の上に鉄製の窯が乗っている。太い煙突が空へ伸び、真っ黒な煙をもうもうと吐き出していた。

「ああ、お疲れ。倉庫へ行くのか? 俺もゴミを燃やし終わったら、朝飯をもらいに行くよ」

 夜が明けてきて、白さを増す視界の中、空に突き立つ煙突はなかなか様になる。クナリが、感嘆して言った。

「凄い煤ですね。懐かしいです、小学校にこういうのあったので」

「古い焼却炉だからな。まあこの煙を吸い込むわけじゃなし、過去の遺産ってことでご勘弁願いたいね」


 更に二人が進むと、そこではマダラが薪を割っていた。周辺の雪を払い、絵に描いたように、切株に置いた木片に、真上から斧を振り下ろしている。

「お、二人とも、お疲れ、ほんとに、缶詰、取りに、きたのか」

 作業を止めずに、マダラがにこやかに言ってくる。またしてもクナリが、覗き込みながら声をかけた。

「上手ですね。どれもきれいにふたつに割れていく」

「昔俺、ライフセーバーやってて、体力っていうか、体幹に自信、あんのよ。山じゃ出番、ないけど、海に出れば、泳ぎじゃ、そこらの奴にゃ、負けないね」

「僕も知り合いがやっていたので、少しは分かります。レスキューチューブとか、ホイッスルストラップとか、よく見せてもらいました」

 マダラが感心したように手を止める。

「ほお、よく知ってんねえ。まあ俺も現役退いて、今じゃ道具なんてみーんな手放しちゃったけど、寂しいもんよ」

 それから、ようやく倉庫に到着した。

 木造で、十トントラック一台分くらいの容量があり、引き戸を開けると、様々なものが雑多に詰め込まれている。

 缶詰はすぐに見つかった。

 その他にも確かにオドルが言っていた通り、元は何に使われていたのかもよく分からないような木組みや数十メートルはあろうかというロープ、夏に使用するのだろう釣竿にバーベキューセット、そして本当に機織り機もあった。

「楠谷さん、こういうのってちょっとわくわくしません? ガラクタ市みたいで」

「分かるような気はします。レトロな器具が出てくるミステリも多いですしね」

 二人はオイルサーディンの缶をコートのポケットに詰めると、来た道を引き返した。

 既に一仕事を終えた様子のマダラとリンジも、それぞれ切り株と焼却炉から引き揚げている。居間に戻ったのだろう。


 孤牢館の裏口にたどりつくと、タスクとクナリはお互いのコートに積もった雪を払った。

 底冷えの気配はあるが、館の中はこの裏口まで温暖に保たれているので、冷気から解放された二人は、ほうと安堵の息をつく。

 ふと見ると、さっきと同じように立てかけてある雪かき用のシャベルの下に、見慣れないものが置いてあった。

「楠谷さん、なんでしょう、これ?」

 それは、湾曲した、直径5mmほどの太さの木の枝が四本と、何本もの白く太い紐だった。もとは紐でつながれたひとつの器具だったように見える。ひどく濡れているので、雪をかぶったのは確かだろうことは見て取れた。

 すると、キッチンからオドルが出てきた。タスクたちに声をかけながら、食器の乗った盆を持って居間へ歩いていく。

「あっ、ありがとうね。ついでに、配膳を手伝って」

 二人はうなずき、キッチンに入った。その壁の一角には扉があり、上部に「冷凍庫」と札が貼ってある。

 ここは調べていなかった。

 タスクが、オドルの戻ってくる前にと、素早く中を改めた。

 いくつかの発泡スチロールと段ボールが霜をまとっている。

 全て開けてみたが、中にはどれも鮭や鶏肉がみっしりとつまっていた。かちかちに凍りついているところを見ると、しばらく手付かずだったようだ。

「凶器は隠してなさそうですね」とクナリが小声で言う。

 その他、スチール製の棚には切り分けられた肉類が並んでいた。見たところ凶器はないが、それ以上詳しく調べる時間はない。

「クナリさん、一応確認しましたが、恐らくここには凶器は隠されていないと思います」

「そう、ですか。そうですよね、こんなところにぽんと隠したりは……」

「でも、犯行の方法は分かりました」

「えっ!? それじゃ……」

「そう、犯人もです」

 タスクは、配膳台に置かれた朝食を、盆に移した。つられてクナリもそれに倣う。

「楠谷さん……」

「朝食くらいは、ゆっくりとりましょう。僕の推理が正しいかどうかは、ここの全員に聞いてもらう必要はありません。真犯人、その人が聞いてくれれば充分です」


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