それぞれの朝
タスクとクナリは、徹夜でやや鈍った頭を、オドルの淹れてくれたコーヒーで醒ましながら、交替でシャワーを浴びた。
後に入浴を済ませたタスクが居間へ戻ると、そこにはさっきまでは揃っていたメンバーが、随分欠けていた。ソファには誰も座っておらず、クナリがキッチンの方から歩いてくる。
「クナリさん、他の人たちはどうしたんです?」
「明るくなってきたし、口々に自分たちの用事があるからといって、散りました。お手伝いさんなんていませんから、事前に各々が仕事を割り当てられていたようで。止めようがありませんでした、すみません」
「誰が何をしているんですか?」
「藍野リンジさんはゴミを燃やしに、館の東の倉庫近くの焼却炉です。宗紫電ダレモさんは屋根の雪下ろしに行って、イクナちゃんはまだ寝ているようで降りてきていません。野紐マダラさんは薪割り担当で、倉庫の傍にある切株のところへ、斧を担いで行きました。人行オドルさんは朝食の準備をしています。今日は洋食なので、欲しい人はワインを開けてもいいそうですよ。こんな時にとは思いますが、寒いですしね。円藤オオリさんは、やはりまだ起きてきていません。彼女は江戸川氏の世話が仕事だったわけですから」
「みなさんが、互いに接触している様子はありますか?」
「最初、リンジさんがダレモさんの手伝いで雪下ろしの手伝いに行きました。重労働らしいですね。二階の廊下から屋根へ上がったんですが、リンジさんは足を取られて大変だったみたいです。すぐにリンジさんがお荷物扱いされて、それから焼却炉へ行ったんです」
「ダレモさんは特殊なブーツでも履いてたんですか?」
「いえ、見た目は普通のゴムブーツでしたけど――少なくとも雪の上を沈まずに歩けるようなものではなかったですね――、足運びとかにコツがあるんじゃないですかね」
「他はどうでした?」
「キッチンの方も、しばらくだらだらしていたマダラさんがオドルさんの手伝いに行ってました。でも卵も割れないし火も使えないことが早々に分かって、材料出しと食器、コーヒーの準備くらいしかできなかったみたいです。で、何しに来たんだって追い出されるようにして、薪割りに行きました」
「事件は事件として、僕らも玄関前の雪かきくらいはした方がいいような気がしてきましたね……」
その時、オドルがキッチンから顔を出した。
「あ、外が大丈夫そうなら、例のオイルサーディン持ってきてくれないか」
そういえばそんなことも言われていたと、二人は裏口へ向かった。
雪下ろしの道具は、普段は倉庫にあるそうだが、この時期は裏口の脇にまとめて置いてあるとのことで、この日もいくつかの器具がドアの脇に立てかけてあった。
「クナリさん、外にいる人たちの様子見がてら、行ってみましょう」
二人が裏口から外へ出ると、雪はまだ降っているが、吹雪というほどではなくなっていた。
ちょうど雪おろしに一区切りついたダレモが、屋根の上から声をかけてきた。眼鏡が上気で曇っている。
「おう、君たちも後で雪かきを手伝ってくれ。現場の保存はしなくちゃならないが、母屋の南側の玄関周りだけでも何とかしておかないとな。もちろん、離れのある北側には手をつけないし、屋根の雪もそっちには落としてない。裏口にシャベルがあるだろう?」
タスクが、ドアの脇の一本を手に取った。
「これですね。先の部分が横に広くて、雪かき専用という感じですね」
「ポリカーボネート製で、軽くて丈夫なのさ。これで雪の塊をすくったり脇へどけて、細かい雪はそこの竹ぼうきではくんだ。凍った部分を割るための鉄製のシャベルもあるぞ。もう少しすれば警察を呼びに行けそうだが、車をちゃんと停められるよう、玄関前はきれいにしておかないといかん。少し休憩したら取りかかろう。道具は玄関に置くと見栄えが悪いから、みんなそこに集めてある。好きに使ってくれ」
ダレモはそう言って、二階に降り、孤牢館の中へ入って行った。
屋根の雪はほとんど落とされ、赤いスレートぶきの縦横の線がきれいに見えていた。
「なんだか、ダレモさん手慣れてますね」とクナリが呟く。
「昨夜の話だと、長野県出身らしいから慣れてるんでしょう」
「ん? 楠谷さん、あれなんですかね」
クナリは館の屋根を指差した。
赤い屋根板の表面に、横並びに一定の間隔で、ハンドバッグの持ち手のような赤いグリップがいくつもついている。
「ああ、あれ、雪止めらしいです。屋根に積もった雪が滑り落ちてくると下を通る人が危ないんで、ストッパーにしてるんですね。その分雪は屋根に残りますから、適当なところで、ダレモさんのように雪下ろしをしなくてはならないと」
「そうか、いきなり大量の雪が落ちてきたら、生き埋めになっちゃいますもんね」
「さて、では倉庫へ行きましょう」