雪の中の孤牢館
「すっかり吹雪になりましたね。まだ夕方なのに、こんなに暗い」
楠谷タスクは、雪を踏みしめながら、隣を歩く澤ノ倉クナリにそう話しかけた。
「参りました、楠谷さんをこんな目に遭わせてしまうとは、不覚です」
目の前には細かい雪が、濃い鉛色の空から降り注いでいる。
パウダースノーというのはスキーにはいいのだろうが、長靴で歩くとやたら足を取られて困りものだった。
二人がいるのは、Y県のスキー場近くにあるキャンプ場だった。
とはいえ施設からはだいぶ上に登ってきてしまっているし、そもそも冬期はキャンプ場としては閉鎖されている。
立ち入り禁止こそされていないものの、山の素人がおいそれと入るのにふさわしい場所でもない。二人してきっちり装備を整えていたし、頑張って下れば降りられない標高でもないので、さほど深刻ではないのだが。
「いえいえ。僕もこの辺りに伝わるという妖狐伝説には、興味がありましたから」
不機嫌な素振りも見せないタスクの笑顔に勇気づけられ、クナリも苦笑する。
タスクは大学生、クナリは既に社会人だったが、時折休日を共に過ごす仲だった。
二人とも小説を書くのが趣味で、同じレーベルから書籍化もしている。お互いにミステリファンであることから、SNSで邂逅してからは気の置けない仲となった。
クナリの方がタスクよりもだいぶ歳上だが、たとえば海外ミステリの読み込みにおいてはタスクに及ぶべくもなく、時々どちらが年長者なのか分からなくなる。
「しかし楠谷さん、僕が早めに夕飯にしようなんて言って、のんびりカップラーメンなんて食べなければ」
「いえ、それは僕も賛成しましたし」
「ん、あれ、楠谷さん。あそこにあるのはロッジか何かじゃありませんか。いや、ロッジにしては大きいな……別荘?」
「本当ですね。助かりました」
山の頂上ではないが、周囲からはひときわうず高いところに建てられた、一軒の別荘。
二階建ての、雪の中に建つレンガ造りで、今は大部分が雪に隠れているが赤いスレートぶきの屋根を持つ。
これが孤牢館だった。