91.私なりの推測
ちょっとバタついていて、少し滞っています。
次回は9月19日掲載予定です。
一つの早番パーティを見送った私が、詰め所にいるもう一つのパーティに目をやると、彼らはまだくつろいだままだった。確か魔術師と僧侶がいた筈だけど、ここにいるのは戦士二人と射手だけだ。
私の視線に気付いたのか、30前くらいの戦士さんが顔を上げて口を開いた。
「俺たちの方は、魔術師と神官が仮眠中でね。彼らが起きたら上がる事にするわ」
マナは、くつろいでいても回復するけど、寝ている方がもっと早く回復する……らしい。なにしろマナに不自由した事はないから、自分自身で感じた事は無くて、正直よく分からない。
「はい、お疲れ様です」
と言ってから私は、彼に対して一つ質問を付け足した。
「あ、そうだ。クリスとマリアは、いつ出て行ったかご存じですか?」
私の質問を聞いて、戦士さんは顎に手をやりながら首を傾げた。
「うーん、そうだな。遅番が始まって間もなくだから……一時間くらい前、かな? そろそろ戻ってきてもおかしくないと思うが」
と話している間にも、廊下の方からガションガションと言う金属音が聞こえて来始めた。遠くからかすかに聞こえていたのが、どんどん近づいてきている。
「あ、戻ってきたみたいですね」
「――そうだな。相変わらず凄い音だな、お前さんとこの鋼鉄の戦乙女は」
「あはは……まあ、彼女のアイデンティティですから」
彼の率直な感想に、私は苦笑するしか無かった。
◇ ◇ ◇
ガションガションが目の前まで来たかと思うと、ばぁんと扉が開け放たれた。
「マリア、戻りましたぁ!」「クリス、戻ったでぇ」
マリアの装備は、体力に物を言わせたフルプレート一式だ。背中に巨大な両刃斧をくくりつけている。重量感溢れた……というより、本当に単純にやたらめったら重い装備は、歩くたびにガションガションといい音を立てている。
クリスは真っ黒なソフトレザーの上に、フード付きの外套をつけている。正直、取って付けたような警備部トレードマークのベレー帽がなかったら、暗殺者の方が近い格好かも知れない。
「マリアとクリス、お疲れ様」「おつかれさま」
私とシャイラさんのねぎらいの声を聞いて、クリスはこちらを向いて手を振った。
「あ、アニさんたち、もう戻ってたんや。そっちはどやった?」
「まあ、いつもと一緒かな? レッサーデーモン1匹とインプが3匹」
「うちらのも同じ編成やね。同じ戦法が使えて楽でええわ」
ちなみに、マリアは”魔力付与”と同様の”武器聖化”で魔族に有効な状態に変える事が可能になっている。
マリアの戦い方はかなり、何というか、男前な戦法だ。両刃斧を抱えていかなるダメージに構わず突進し、射程圏に入るとその斧をフルスイングする、と言うシンプルこの上ない戦法を採っている。
もちろん、火球を受ければその分のダメージは受けるんだけど、後で自前の回復魔法で治すからチャラ、と言った寸法だ。
フルプレートと”守護”による防御力と、マリア自身の体力、そして神聖魔法の回復力があるからこそできる戦法でもある。
防御力も体力も紙のわたしがそんなの真似したら、近づく前に死んじゃうよ?
で、クリスの担当は、大振りのマリアが苦手とするインプのような小物。幸いにもインプは飛び道具を持っていないので、向こうから近づいてきてくれる事が多い。なので、空を飛ぶ相手でも、クリスのダガーで充分で対処可能だ。
「じゃ、マリアのマナの残量も半分くらい?」
「そうですねー。さっき使ったのが、”武器聖化”が二回、”守護”が一回に、”軽傷治癒”が二回……と。今すぐでも、あと1セットくらいなら行けそうです!」
私の質問に、両刃斧を武器棚に掛けていたマリアが振り返り、指折り数えて回答する。マリアのマナ容量は、一般的な冒険者よりは若干多いと思うけど、まあ、常人の範疇を超えてはいない。
「まあ、いきなり二連続で出たから、今日はもう出ないと思いたいなぁ……ふわぁあ」
私は自分用に割り当てられた机の椅子に腰掛けて、両手と背筋を思いっきり伸ばした。他の三人は、先に帰った早番パーティが陣取っていたストーブの前に納まっている。
クリスは体を斜めにしてルーズに座っているが、マリアとシャイラさんは堅い鎧なので、お行儀良く座るしかない。まあ、この二人は鎧がなくてもお行儀いいけどさ。
私は彼女たちを横目で見つつ、机に肘をついて両手で頬を支えながら、こないだ来た手紙について口を開いた。
「あ、そうだ。リズさんから手紙きてたよ。『あと半年で卒業ですわね。王都に出られましたら、ぜひ顔を見せにいらして下さいませ』だってさ」
「おお、そうか。元気にやっているようだね」
「そろそろ一年半くらいか? いきなりやったもんなぁ」
「さらに立派になったチャリティショウを見て貰いたかったのに、残念です!」
実はリズさんは、もうフライブルクにいない。
二年生に上がるタイミングで、彼女のおじいさまの命により、王都の方にある寄宿舎学校に編入する事になってしまったのだ。
相当ブウブウ言ってはいたものの、流石に当主であるギャリ―老に逆らう事は難しく、彼女は再会を誓って旅立っていった。
まあ、今にして考えると、この魔族がらみに関わらなくて良かった分、彼女の安全を考えると良かったと思うんだけどさ。
さて、あと4ヶ月足らずで卒業か……と言っても、今もう既に、半分就職しちゃってるようなもののような気がするけど。
ともあれ、この件が片付いて、無事に王都に出られるようになるのはいつの日か……?
◇ ◇ ◇
だらだらしている所に突然、ドアがノックされた。この部屋を訪れる人間で、わざわざこんな形式張った事をするのは……
「お疲れの所、邪魔するよ」
「あら、アーサーさんじゃないですか」
案の定、アーサーさんだった。本来は捜査畑で、ハニーマスタードや私が何かやらかす度にお世話になっていた人だ。
戦闘には縁の無い彼も、なんだか成り行きで、この「魔族対策本部」の責任者……と言うより、他の部署との調整役、率直に言えば連絡係のような役をさせられている。
彼の顔を見て、私は大事なお願いをしていた事を思い出した。
「あ、そうだ。公安から何か返事ありました?」
「返事というと?」
私は椅子から立ち上がって、壁に張られた街の地図に歩み寄ると、それをバンと叩いた。
「これですよ、これ! 要石による都市級結界の話です!」
地図には、魔族が発生した場所を示すピンが刺さっていて、それぞれのピンには、日付が書かれたメモが張られている。
魔族出現が始まって早半年。最初は数日に一件だったのが、みるみる増えて今は一日に複数回発生するのが当たり前になってしまっていた。
確かそろそろ、累計300件に達しようとしていたと思うけど、その配置は一様では無く、以下のように”<”の記号のような形になっている。
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「ああ、この件か……」
アーサーさんは渋い顔をして首を二、三回横に振った。
「すまない。私も説明したんだが、学生の妄想に過ぎんのではないかって、けんもほろろでね。彼らは彼らで魔術師ギルドと合同で調査を進めているから問題ないそうだ」
余りもの公安の言いぐさに、私はめまいに襲われたかのように顔を右手で覆って首を振った。
「はぁ……」
「ただ、彼らが言うには、その魔法陣とやらを書類で提出すれば、検討する事もやぶさかでは無いそうだ。――済まないがお願いできるかな?」
「……」
私は、無言で手元の羊皮紙にさらさらと一つの図形を描き、アーサーさんに指し示した。
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「本当は、これに円形が幾つか入るんですけどね。基本形はこの通りです」
「ありがとう。これを先方に提示して、改めて説明をしてみるよ」
アーサーさんは羊皮紙を受け取ってしばらく確認した後に、私に顔を向けて口を開いた。
「そうだ、念のため、アニーくんの考えをもう一回聞かせて貰えるかな?」
「……分かりました。まず、そもそも発想を言えば……」
この考えに至ったそもそもの理由は、とある国が、その王都を魔術的な結界で守護していた話について書かれた本を読んだことがあったからだった。
霊的あるいは聖なる要石を特定の位置関係で配置すると、その要石そのものの周辺が浄化されると共に、その配置を含んだ街全体が霊的に保護されるんだそうだ。
これは聖なる要石であったものの、本来、聖なるものと魔的なものは表裏一体。魔的な要石を配置すれば逆に、要石の周辺は魔界に近くなるため、魔族の出現が容易となり、最終的に街全体を魔界と化す事も可能になるはず、と私は考えた。
その仮定を元に、想定される要石配置と今の魔族出現分布を比べてみたところ、見事に相関性がある事に気づいたわけだ。
「今お渡しした魔法陣のうち、全6ヶ所のうち5ヶ所の要石配置が終わっていると仮定すると、このような魔族出現のパターンになっても不思議ではありません」
アーサーさんは、私が描いた図形と、魔族の出現を示した街の地図を交互に見ながら、私が示した要石の位置に、正しく魔族が出現している事、そして、一ヶ所のみ、まだぽっかりと出現していないエリアがある事を確認した。
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「なるほど。つまり、我々に残された猶予は、あと一ヶ所のみ、と言う事か」
マリアはスーパーアーマーつきの突進技を持っているようです。
次回予告。
私が最悪の、そして近い未来に実現する可能性が高い結果についてアーサーさんに説明する。そして彼から、一刻も早く公安部を動かす手段として、実は”私の“ルートが存在していた事を聞いたのだった。あの人、そんな感じには見えないんだけど……?
次回「フライブルクは終わり、です」お楽しみに!