89.マナよ、地獄の業火となりて
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魔族どもの全滅を見届けた私は、自分たちが飛び出してきた角に向かって、大声で指示を出した。
「片付いたよ! 救護を!」
警備隊を筆頭に、物陰で待機していた人達がわらわらと出てきて作業に入る。遠巻きで見ていた周辺の住人も作業に参加してくれているようだ。
レッサーデーモンが見境なしに放った火球のため、何件かの家から煙は出始めているが、ほとんどは小火で済みそうだ。水が入ったバケツを持った人達が、それらの家々に走り込んでいった。
しかし、一軒だけ、既に窓から炎が吹き出し始めていた。これをバケツの水などで消すのは難しそうだ。私は軽く眉をひそめて少し考える。
「この家、中に人はもういない?」
近くにいた警備隊の人間を捕まえて尋ねると、彼は頷いて答えてきた。
「はい、中には誰もいない筈です!」
「ありがとう。わたしが鎮火させます」
「え、鎮火、ですか?」
私は目を丸くしている彼を尻目に、無言でその家に近づいていった。扉や窓から吹き出す炎によって、顔が熱く照らされ、冬だというのに汗がにじんで来はじめる。私は軽く目を閉じ、魔法の詠唱を開始した。
「"マナよ、氷雪吹き荒ぶ嵐となりて我が前の万物を凍てつかせよ"」
そして、閉じていた目を開き、最後に力の言葉を告げて魔法を完成させる。
「――暴風雪!」
轟然と魔法陣から吹き出した猛烈な吹雪が、建物の中に吹き込んでいった。あっと言う間に火を消し飛ばし、その建物の窓という窓から白い雪煙がぶわっと吹き出していく。
魔法の発動が終わった私は、建物に近づいて中を覗いてみた。内部は黒く焦げているものの、完全に鎮火できているようだ。もっとも、特に入り口付近は氷が張り付いてしまっているので、これをなんとかする必要があるけどね。
「こんなもん、かな?」
腕を組んで軽く頷きながら振り向いた私は、皆が手を止めて、私を注目しているのに気がついた。
「え?」
私が目を丸くして周りを見渡すと、目が合った人達は慌てて目をそらして作業を再開する。
遠くの方で野次馬が魔女やらなにやらぼそぼそ言っているような気はするけど、私の耳には届かないように喋っている。その表情を見ると、あんまりポジティブな感じには見えないけどさ。
私は、ため息をついて小さく肩をすくめると、倒れている中年女性を介抱しているシャイラさんに気づき、彼女に近づいていった。
「シャイラさ――」
私に気がついたシャイラさんは、こちらを見上げたが、静かに首を振るだけだった。
それを見た私は、一度眉をひそめてから帽子を取り、口の中で小さく祈りの言葉を呟いた。
――また、間に合わなかった。
◇ ◇ ◇
被害者の救助、搬送も進み、他の建物の小火も消し止められたようだった。
もう私がしなくてはならない仕事はなくなり、手持ちぶさたな感じにぶらぶらし始める。なんとなく、崩れつつあったデーモンの死体に歩み寄ろうとしたところ、鋭い声が私の耳を叩いた。
「公安部だ! そこの貴様ぁ、デーモンから離れんか!」
声がした方を見ると、揃いの軍服を着た人影が、ずかずかと人混みをかき分けて私の方に近づいて来ていた。一人は中年男性、もう一人は若い女性――私よりは年上に見えるけど――の二人組だ。
彼らは私とデーモンの間に体を入れ、私に立ちふさがるような体勢になった。
中年男性の方が私の方を向いて、女性の方が小さな革袋を持ってデーモンの横に跪き、なにかを回収しようとしている。
彼らの態度にカチンと来た私は、鼻にしわを寄せながら中年の方に食ってかかった。
「今頃のこのこと現れて何のつもり!?」
「貴様、臨時動員の学生か!? 魔族に関する証拠物件は我々の管轄になっておる。貴様ら警備部が触れて良いものではない!」
中年の方も、私の鼻先に人差し指を突きつけて、居丈高に言いつのる。
私もそれに負けずに声を張り上げ始めた。
「そう言ってあんた達、何か見つけたの? あんた達の所管になって何ヶ月経ってると思ってるの!?」
「貴様ら警備部が頼りにならんから、我々公安ができたのではないか。自分たちの無能を棚に上げて、しかも学生風情が何を抜かすか」
「な……!」
余りの怒りに私は言葉を失う。思わず右手を空中に向けて振り上げ、口の中で小さく魔法の詠唱を開始する。
("マナよ、地獄の業火となりて、我が前に立ちふさがりし全ての愚か者に裁きを……")
「き、貴様、一体、何を……」
頭上に現れ始めた巨大な魔法陣を見て、うろたえた顔をする公安の男。その姿を見て、私は口元を少し緩ませた。
「まあまあまあまあ、お二人とも、落ち着きなさいな」
と、私と公安の男の間に、割り込んでくる人影があった。警備部の指揮官さんだ。その一瞬で少し頭を冷やした私は、魔法をキャンセルして素早く魔法陣を消失させる。
「市民の前で警備と公安が言い争うのは、良くありませんぞ。彼女には、私の方からよく言い聞かせておきますから」
指揮官さんは、公安の男の方を向いてそう言いながら、手を公安の男の手に重ねて何かを渡したようだった。
公安の男は、手をかすかに動かして渡された物の感触を確かめると、ごほんと咳払いをして居心地悪そうな顔をする。
「む……まあ、今回の無礼は貴様の顔を立てて不問に付すことにする。くれぐれも、学生共の教育を怠らないように、な」
指揮官さんは私の方を振り向いて、苦笑いしながら口を開いた。
「アニーくん、君は本部に戻りなさい。シャイラくんも。また出動があるかもしれない」
仲裁してくれた指揮官の顔を潰す訳にもいかない。私は指揮官に向かって鋭く敬礼すると、無言でくるりと振り向いてずかずか歩き始めた。
シャイラさんも後ろで敬礼した後、私を追いかけて来ているようだった。
次回予告。
シャイラさんとの詰め所への帰り道。私はシャイラさんに、最近は遠慮なしに魔法を使っている事を指摘された。それに対して私は、最近の心境の変化を説明したのだった。
次回「最近の心境の変化?遠慮するのは止めました」お楽しみに!