88.レッサーデーモンとの戦い
連載開始一年以上かかって、シャイラさんの鎧姿が登場なのです。
ところで、本編下部に「次回作のアンケート」を設けさせて頂きました。リンク先でご意見をいただけると嬉しいです。
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次回は、9月2日掲載予定です。
※2019/11/12 デーモンたちが使う言葉を変更してみました。
デーモン出現の報に、私は緊急の出動を余儀なくされていた。
同級生の誘導に従って早足で歩いていくと、10分ほどで現場に到着した。建物の角を曲がった向こうで暴れ回る音が聞こえている。
そして角の手前には、何人かの警備隊の人間と、シャイラさんが抜刀状態で警戒に当たっていた。
私はここにいる警備隊の人間のうちで、最上位の人間を見つけて敬礼した。指揮官級の30代の中年男性だ。もっとも、指揮官と言っても、警備隊の、なので、魔族との戦いには物の役に立たないんだけど……
「冒険者学校三年、アニー・フェイ、到着しました」
「おお、来てくれたか。遅番なのに早出してくれて、すまないね」
「仕事ですから……それでは早速、取りかかりますね」
私は彼にそう伝えると、シャイラさんの方に向かっていった。
ちなみに現在のシャイラさんの格好は、普段の学校での格好ではなく、戦闘用のフル装備になっている。と言っても剣士なので、フルプレートアーマーみたいなものじゃない。
頭には細い鉢金――布製のヘッドバンドに額部分だけ金属で補強した物――を、巻いていて、胴体には、コルセットのようなハードレザーを身につけている。肩や腕も護られているけれど、比較的軽量で動きやすい代物だ。ちなみに色は鮮やかな茜色で、要所要所が真鍮によって補強されている。
右手には曲刀を、左腕には、紅い革が張られたアームシールドを装備している。ギルド所属の印としては、腕章でそれを示している。
私? 私は魔術師なので、普段と全く装備は変わっていない。特に経験が浅い魔術師の場合、ソフトレザーなどを身につける人も多いけど、私の場合はポリシーと言うか、やっぱり魔術師としては鎧を身につけたくないから、普段着で通している。
私はシャイラさんの後ろに寄り添い、耳元で囁いた。
「おまたせ。すぐ行けそう?」
「ああ、私はいつでも大丈夫だ」
それを聞いた私は彼女のタルワールに手をかざし、魔法の詠唱に入った。
「"マナよ、彼の武器に宿りて敵を打ち倒す力となれ"――魔力付与」
魔法陣がタルワールを中心に発生し、それが収縮したかと思うと、しばしの間、刃が紅くきらめいて見えた。これでしばらくの間、これはデーモンにも有効な武器となる。
「それじゃ、インプはわたしが片付けるから、デーモンをお願い」
「ああ、まかせてもらおう」
顔を見合わせてお互い小さく頷いた。そこに、他の警備隊の面々から声が掛かる。剣を抜いてはいるものの、基本的には人間相手の”警備”しか経験の無い人達だ。
「我々はどうすれば……」
「うーん……私たちが倒すまで、ここで隠れて待っていてくれませんか?」
「いや、しかし、そういうわけにも」
と、言いかける一人の顔の前に、私は手を挙げてその口を止めた。
「申し訳ないですが、魔法の掛かってない武器で殴っても殆ど効果ないし、怪我人が増えるだけですから」
そして、改めてシャイラさんの方を向く。
「じゃ、シャイラさん。行こっか」
「そうだな」
そして、二人揃って角を曲がり、私たちは魔族どもの前に姿を現した。
◇ ◇ ◇
50mほど先に、人間より一回り大きいくらいだろうか。大きな長刀を抱えた、背中にコウモリのような翼を生やしているレッサーデーモンが暴れ回っていた。そいつは短い間隔で火球を召喚しては、いろいろな方向に放っている。
その周囲には3体の、60cmくらいの大きさで小さな三つ叉の槍を持ったインプたちが、キイキイ言いながら飛び交っていた。
既に一軒の家から火が出始めているのと……地面に倒れ伏している人間が数人見えた。これはもう一刻の猶予もない。
『Սպանիր այդ թշնամիներին!』
レッサーデーモンは私たちの出現に気がついたのか、こちらの方を振り向いて何事か大きな声で叫んでいる。
インプ達に指示でも飛ばしているのだろうか? インプ達もそれに応じてこちらに向かって広がってきていた。
「シャイラ・シャンカー、参る!」
シャイラさんは一言叫ぶと、タルワールを構えて突進を始めた。私もそれに少し遅れて続いていく。
『Կրակ գնդակը!』
レッサーデーモンはシャイラさんに向けて火球を二、三発、撃ち放って来た。
魔法の生成方法が違うので、詠唱なしでぽんぽん飛ばす事ができるらしい。
「この程度ッ!」
シャイラさんは走りながら左腕のアームシールドで弾いて後ろに逸らせていく。
もちろん、普通の盾じゃこんな事はできない。古代赤竜の鱗革が張られた、頑丈かつ魔法にも強い代物だからできる技だ。
『Սպանել քեզ!』
インプ達が突進してくるシャイラさんを、左右や上から包囲して攻撃しようとしているが、そうは行かない。
「"マナよ、小さき紫電となりて我が手より放たれん"――電撃波!」
私の両手に一つずつ魔法陣が生成されたかと思うと、そこから紫色の電撃が放たれてインプ達を直撃する。電撃に絡め取られた二体のインプは、ボトボトと地面に落ちていった。
『Ինչ դժոխք!?』
もう一体は慌てて私の方を振り向いたものの、再度唱えられた”電撃波”によってやはり撃墜される。インプどもは片付いた。あとはデーモンだけ!
――私がインプと闘っている間にも突進を続けていたシャイラさんは、デーモンまであと10m程にまで近づいていた。
「はあああああああっ!」
体が反り返らんばかりにタルワールを振り上げたかと思うと、突進の勢いのまま、いや、更に一気に加速して、跳躍していった。
『Շատ արագ!』
デーモンは慌てて長刀を体の前に立てて護ろうとしたが、もう遅い。
ざしゅっと言う乾いた音がしたかと思うと、シャイラさんはデーモンの目の前で膝をつき、既にタルワールを振り切ってしまっていた。
これはシャイラさんが身につけている、マナを使って身体能力を強化する技、いわゆる”必殺技”だ。ただでさえ初撃に全てを賭ける彼女の剣術が更に強化され、恐るべき威力を誇っている。その結果……
『Վայ?』
デーモンが一声だけ発すると、長刀ごと斜めに切断された上半身が、ゆっくりずれ落ちていった。上半身と長刀がぼとんと地面に落ち、それに続いて、未だ立っていた下半身も倒れ伏していく。
シャイラさんは、立ち上がって周囲を軽く見渡して安全を確認すると、タルワールを腰に佩いた鞘に納めた。かちんと立てた音を合図のように、一息つきながら、優雅に自らの長髪を掻き上げたのだった。
うーん、格好いいねえ……なんて考えている場合じゃない。早く消火と救護をしないと!
ちなみに、”電撃波”(フォースライトニング)は、どこかの銀河帝国皇帝が使うアレですね。”魔法の矢””火球”では弱いし、”爆裂弾”は当たらないし、”雷撃”は本来連発する系ではないので、新しく開発しました。”電撃の矢”も丁度いいんですが、ハニーマスタード用なのでバレてしまうのです。
◇ ◇ ◇
次回予告。
難なく魔族との戦いに勝利した私たち。そこへやってきたのは公安部だった。全てが終わった後にやってきた挙げ句、横暴な態度を繰り返しす公安に対して、私は……
次回「マナよ、地獄の業火となりて」お楽しみに!