86.新たな家族(新品)ができました
作中時間は7月です。6月だったらユーニになっていた事でしょう。8月だと……オーガ?
その後は特に問題なく過ぎていき、週末前の放課後がやってきた。リチャードさんと一緒に領主館まで帰る頃合いだ。
いつもと同じ時間に現れたリチャードさんではあったけど……どうもなんだかヘロヘロのように見える。生あくびを連発したり、挙げ句の果てに、騎乗しながらうとうとしたりする始末だった。
「今日はまた、どうしたんです? ひどくお疲れのようですが」
「ああ、済まないね。ちょっと最近徹夜が続いてね……ふわぁあ」
「そこまで根を詰めるの、珍しいですよね」
リチャードさん、首をこきこき鳴らしながら馬を操っている。
「まあ、お陰で間に合ったがね」
「間に合った? 何か急な仕事でもやってたんですか?」
「いやいや、アニーくんが帰ってくるまでに仕込んでおきたくてね。ま、帰ってからのお楽しみだよ」
「はあ……」
◇ ◇ ◇
領主館に帰ると、いつもと同じく、アレックスが出迎えてくれた。
リチャードさんは愛馬を繋ぎに厩に行っている。
「ただいまぁ!」
「お帰りなさい、姉様」
と、思ったら、出迎えてくれた人がもう一人増えていた。女の子だ。
「お帰りなさいませ。アニーさま」
身長はアレックスと同じくらい。なので、少し小さめ。歳は……よく分からないけど、私と同じくらい?には見える。髪の色は緑がかったプラチナブロンドのボブで、瞳の色は金色だ。こんな髪や瞳の色、見た事ないんだけど。
服装は、アレックスと同じ白黒のメイド服を着ている。
「……え? どちら様?」
「オートマータのユーリと申します。どうぞお見知りおき下さい」
彼女はそう言うと、スカートに両手をやって優雅に礼をしてきた。
オートマータ、オートマータ……自動人形!?
「え、機械って事なの!?」
「はい、リチャード様に作っていただきました」
と言って、彼女はにこやかに微笑んだ。いや、待って、どう見ても機械には見えないんだけど。
私は彼女の側に歩み寄って、至近距離で様々な角度から彼女を観察した。
「?」
彼女は、不思議そうに小首を傾げる。ううん、可愛いぞ。私は彼女の頬をつまんで引っ張ってみた。
「はんへひょうふぁ?」
普通に体温も感じられるし、頬も人間と同じように伸びたりする。
「人間と同じように見えるけど……」
「そうですね……では、この腕をお触りいただければ、お分かりになるかと思います」
と、差し出してきた右腕を、むにむにと触ってみた。
「あ、確かに。堅い?」
「人間の方の腕の場合、細い骨の周りに筋肉と皮膚がついていますが、私の場合は柔らかいのは外皮とその直下の緩衝材だけですから、堅い部分が太いんですよ」
「はー……なるほど……」
まだむにむに触りながら考え込んでいると、突然後ろから声を掛けられた。
「納得いったかね?」
「え、あ、リチャードさん!?」
集中して観察している間に、いつの間にやら戻ってきていたようだ。私は張本人に向かって、驚き混じりの声を上げた。
「これはいったい、どういうことなんです!?」
◇ ◇ ◇
私たちは食堂に移動して話の続きをする事にした。リチャードさんと私は定位置に座り、アレックスとユーリはお茶を並べた後、夕食の準備のため再び調理場に去って行った。
リチャードさんは、顎の下に手をやって思案にふけりながら口を開いた。
「さて、と。どこから話そうかな?」
「そうですね……どうやって作ったのか、と、なんで作ったのか、でしょうか?」
「どうやってか、と、なぜか、か……双方、密接に絡んではいるんだよ」
リチャードさんは、首を捻りながら答え始めた。
「まず、デーモンコアというアイテムを知っているかな?」
「悪魔や……魔神の核となる事ができるアイテム、でしたっけ?」
「レアアイテムなのによく知ってるね。最近、この街にそれが持ち込まれてね。その処分を頼まれたんだ」
「オートマータの材料に、そのデーモンコアが使えるんですか?」
私の質問に、リチャードさんは小さく頷いた。
「ああ。デーモンコアは、肉体と魂を繋ぐ”魂の座”として使う事ができるんだ」
「”魂の座”、ですか?」
「これだけじゃ分からないよな。つまり――」
リチャードさんの説明によると、動物は肉体と魂で成り立っている。生まれたときから結びついている肉体と魂であれば、当然密接に結びついている訳だけど、人工の肉体に魂を宿らせるには、二つを繋ぐ”魂の座”と呼ばれるものが必要なんだそうだ。
「彼女の素体そのものは以前研究していた時に作成していてね。人工の魂も目処は立っていたんだが、”魂の座”が無かったため、これまで実現できていなかったんだ」
「他の手段は無かったんですか?」
「実は、北の高山地帯にある、ブラン山に住むと言う古代竜が持つ”竜の宝珠”でも同じ事ができるらしいんだが……ま、これで行かなくて済んで助かったよ。行っていたとしたらかなりの期間、留守にしなければならなかったからね」
と、頭をがしがし掻きながら、事も無げに話をするリチャードさん。
期間はともかく、古代竜の住処に侵入して宝物を奪うと言う難度は、気にしなくてよかったのかなぁ?
「どうやったか、と言うのはだいたいこれで説明になったかな?」
◇ ◇ ◇
「次は何故か、と言う事なんだが……大急ぎで開発を行った理由にも関係していてね」
リチャードさんは説明しようとしたが、途中で何かに気がついたようで、軽く首をひねった。
「その前に、通常の悪魔の召喚方法について説明した方がいいかな?」
「あ、それは知っています。半物質体で構築するか、人間や動物に無理矢理憑依させるか、ですよね?」
リチャードさんは私の答えを聞くと、笑って頷いた。
「その通り。デーモンコアは、先住の魂との衝突の恐れが無く、彼らに100%の力を発揮可能となる肉体を与える道具なんだ」
「それは……危ないですね」
その危険性を理解した私は、顔をしかめながら答えた。そして、リチャードさんが開発を急いだ理由に気がつく。
「なるほど、人工でも何でも、一度魂を結びつけてしまえば再利用が困難になる、と」
「その通り! これで第一の目的は達成できているんだ」
リチャードさんは大きく頷いた。そして頭を掻きながら、第二の目的について語り始めた。
「次に第二の目的は……アニーくんが週末しか帰らなくなった事で、アレックスくんが家事に忙殺されるようになってしまってね。手伝いが欲しいと言う要望は以前から受けていたんだ」
「あー……そうですよね。ごめんなさい、わたしが下宿してしまったから」
私が頭を下げると、リチャードさんは首を振ってそれを否定した。
「なに、子供は成長するものだし、成長した子供が巣立っていくのは当然のことだよ。ずっと同じ場所でいてはならないし、いなくてはならない理由もないからね」
そして苦笑しながら言葉を続ける。
「私が家事の物の役に立てればいいんだが、生来、そういう作業は苦手でね……ま、これが第二の目的と言うわけだ」
◇ ◇ ◇
「最後にもう一つ、これを持ち込もうとした連中にも問題があってね――」
リチャードさんの説明は、まあ、おおよそ私が知っている事ではあった。
悪魔崇拝の教団が黒幕である可能性が高い事。そして彼らは暗殺者を常用している事。まずいのは、ここに奪還に来る可能性も0じゃなく、更にはアレックスには戦闘力がない事。
「私がいる時はともかく、ここにアレックスくんが独りの時もあるわけだから、ユーリには、護衛役を担える力を備えさせている。しかも、24時間休み無しに活動できる、ね」
私は一つ気になった事があったので、それを指摘してみた。
「あの……わたしが狙われるリスクは……?」
「あ。」
リチャードさん、一言だけ漏らして動きが止まってしまった。
「あー……うん。アニーくんなら、なんとかなるだろう?」
なんで目をそらしながら微妙に棒読みになっているんだろう?
「起きてる時に正面から来られたら、何とかなるかも知れませんけど、暗殺者って寝てるときとか不意打ちで来たりしません?」
「そう……だね。済まない、下宿中のアニーくんの事まで、考えが及んでいなかったよ」
リチャードさんは頭を抱えて謝ってきた。
まあ私自身、リチャードさんとは別に関わりまくっているから、リスクは充分抱えているんだけどね……
「アニーくんが帰るまでに、何か警報的なアイテムを用意しておくよ」
「竜牙兵みたいなのがあると、とっても便利なんですけど」
「それは明らかにオーバースペックじゃないかな……?」
リチャードさんは苦笑した後、表情を改めて椅子に座り直した。
「ま、冗談はさておき。デーモンコアが使えなくなった事が知られると、彼らの奪還意欲もなくなるのではないかと期待している」
「リチャードさんがアレックスとユーリを連れ歩いて見せびらかすんですか? メイド服姿の女の子二人を?」
私がその事について言及すると、リチャードさんはその姿を想像したのか、かなり渋い顔になった。
「まあ、今までも、アニーくんとアレックスくんを連れ歩いていた訳だし……ね」
そして、口の中でごにょごにょ言い始める。
「いや、無理に姿を見せなくても、ギルドに頼んで、噂を流布するだけで構わない……かな。うん、それがいい、そうしよう」
自分の中でまとまったのか、リチャードさんはごほんと咳を一つしてから、口調を改めた。
「ま、ユーリができた理由に関してはこんな所だよ。新しい家族だ。仲良くしてやって欲しい」
「はい、彼女とも話してみますね!」
と、この話もおおよそまとまったところで、料理を詰んだワゴンを押して、アレックスとユーリが入ってきた。
「さ、夕食の準備ができましたよ」
「私も、下ごしらえのお手伝いをさせていただきました」
それに応じて、リチャードさんも話を打ち切る事を提案する。
「さて、丁度よい頃合いだね。夕食をいただくとしようか」
「はい!」
◇ ◇ ◇
夕食の後、私はユーリと手合わせをしてみたのだけど、戦闘技術の無さをデタラメな身体能力だけで補うと言うチートを見せられてしまった……
しかも当然、これから更に学習していく訳だしね。真面目に武術を習っている身からすると、文句の一つも言いたくなる卑怯さだったよ!
来週は「11章までの登場人物紹介」を8月19日の月曜日に、「第6章~第11章のあらすじ」を8月22日の木曜日に掲載します。
なお、来週は帰省につき、普段の13時7分からずれこむ可能性があります。
本編再開は8月26日の月曜日となります。
また、今後の展開についてご説明申し上げます。次回より、現時点から時系列で1年半を飛ばした、最終章を始めさせて頂きたいと考えています。
もっとも、最終章はもちろん、通常の1章では収まらないボリュームになると想定しておりますので、今しばらくお付き合い頂ければ嬉しいです。
いくつかエピソードをすっ飛ばしていますが、完結後も場合によっては第12章、第13章、と継続して掲載する事も想定しています。
◇ ◇ ◇
次回予告。
ユーリと出会ってから1年半が経ち、私は三年生の冬を迎えていた。そこでは、否応なく訪れる”新しい日常”に叩き起こされる毎日を過ごしていたのだった。
次回「新しい日常」お楽しみに!