85.一体全体どうなってたの?
8月3日から7日にかけて、スマホフレンドリー改修を行っていました。
時間の消費はそれほどなかったのですが、昔の原稿の稚拙さが目について精神的ダメージががが……
12月の第一次大改装の際にはそれほどダメージを受けなかったので、その分上達したと言えるのかも知れませんけど。
なお今回は、普段のルールなら分割するのですが、切れ目が微妙だったので、少し長めですが一話に納めています。
ともあれ次回は8月15日掲載予定です。
翌日。冒険者学校を終えた私は、下宿への帰路についていた。
学校から下宿までにはそれほど距離が無いにも関わらず……私はすぐに、誰か後をつけてきている事に気が付いた。
フード付きのローブを着た、割と怪しめの人影が後ろをついてきているようだ。とはいえ、目立ちすぎてるし、私に気付かれるくらいだから、尾行がかなり下手なように見える。
尾行される心辺りは……まあ、あるような、ないような。いずれにせよ、あの人影だけじゃさっぱり分からない。
「……これは、直接尋ねた方が早いかな?」
そう考えた私は路地へ入っていき、その直後、目立たないように壁を背にして尾行者が通りがかるのを待った。
………………
…………
……来ないな。
まさか、こんなので撒かれちゃった? と思った瞬間、何者かが背後に密着して、喉が手で掴まれるのを感じた。
そしてその人物は、耳元で囁いてきた。若い女性の声だ。
「動かないで。そうすれば危害を加えないから」
「――ッ!」
バレバレな尾行は罠!? それにしても、こんな至近距離に近づかれるまで、全く気配に気が付かないとは……
一瞬、反撃する事も考えたけど、危害は加えないと言っている事、もし、危害を加えるつもりなら、一瞬で殺せるはずである事から、私はとりあえず様子を見ることに決めた。
まあ、殺すと言っても、自分自身が本当に死ぬかどうか、今となっては分かんないんだけどさ。
「分かったわ。降参」
両手を挙げた私に、後ろの女性は密着から少し体を引いたようだった。
「ありがとう。こちらを向かずにそのまま聞いて。まず、あなたの忘れ物を届けに来たわ」
と、足下に何かの荷物がトスンと置かれる音がした。
「それから、あまりおいたをしちゃ駄目よ? 綺麗にするの大変だったんだから」
そして、軽くぽんぽんと肩を叩かれる。
「それじゃね。さよなら」
その言葉を残して、背後の気配は消えていった。
それを感じた私は急いで振り向いたが、既に遙か彼方を駆けていくローブ姿が見えただけで、それもすぐに路地を曲がって消えていった。
そして足下に、先程置かれた物であろう布袋が残されている事に気がつく。
私はその袋を取り上げ、中に入っていた物を取り出してみた。
「え、なんでこれが!?」
そこには、綺麗に洗濯されたハニーマスタードの衣装が入っていた。血の跡は全く見受けられない。破れた跡も、綺麗に繕われていた。
その下に着ていた服が血まみれになっていたから、この衣装も間違いなく同じようになっている筈なのに。
私は衣装を眺めながら一瞬呆然としていたが、すぐにこの衣装が他人に見られるとまずい事に気がついた。急いで衣装を鞄にしまい、路地から通りに出て歩き始める。
そして、歩きながら思索にふけり始めた。
――これを持っていて、しかも女性だったから、さっきのは一昨日の夜に戦った暗殺者に間違いないと思う。
私、アニー・フェイがハニーマスタードであると言う事は、私が倒れた後に”変装”が解けた顔を見る事で分かったのだろうね。
でも、私が冒険者学校の生徒だって事は……うーん、まあ、チャリティショウとかにも出てたし、ハニーマスタードほどじゃないとはいえ、目立ってないとは言えないから、そちらの線で知られていたのかも?
暗殺者に身元を知られるのはあんまり嬉しくないなぁ……
もう無駄だとは思うけど、仮にまだ尾行されていたとして、下宿まで知られるのは好ましくないかな。
よし、尾行も切れるかも知れないし、デーモンコアがその後どうなったかも知りたいし、盗賊ギルドに寄ることにしよう。
そう考えた私は、盗賊ギルドのアジトに向かって方向転換したのだった。
◇ ◇ ◇
私は、先日訪れた盗賊ギルドの扉の前にまでたどり着いていた。
もちろん、途中でハニーマスタードの衣装に着替え、その上からフード付きの外套を羽織っている。
一応、尾行されていないかどうか警戒してはみたけど、たぶん本気で尾行されてたら、私の技量じゃ見つけられないだろう。まあ、誰も居ないような路地だから、尾行されていたら見つけやすい、とは思うけど。
ともあれ、私は先日スラッシュが叩いたように扉をノックしてみた。
(こん、ここん、こんこん)
しばらく待つと、音も無く覗き窓が開かれた。私は中の人影に向かって、顔がよく見えるように、笑いながら手を振ってみる。
「少し待て」
とだけ声を掛けられると、再び覗き窓が閉まってしまった。
仕方ないから、そのまま待ってみる。
アポ無し訪問だから、結構待たされるのかと思ったら、一分ほどで静かに扉が開き、私は招き入れられたのだった。
開けてくれたのは、先日と同じ、どこかで見たようなチンピラだった。
彼はすぐに扉を閉めると、私に向かって「今、迎えが来る」とだけ伝えて、再び脇の部屋に戻って行った。
しばらく待った後。向こうからばたばた走る音が聞こえたかと思うと、スラッシュとフレイムスロワーが現れた。
私は彼らに手を振って挨拶する。
「あー、久しぶりー。と言っても、二日ぶり?」
私の顔を見て、驚きの顔を見せる二人。
「あなた、無事だったの!?」
「おお、本当に生きていたのか! これはめでたいな!」
それに対して、私は笑いながら肩をすくめるばかり。
「いやもう、こてんぱんに負けちゃったよ? でも、なぜだか分からないけど、殺されなかったのよね」
「まあ、無事で何よりだ!」
と言って、フレイムスロワーは私の背中をばんばん叩いてきた。
「で、割とすぐ倒れちゃったから、自分自身の事もよく覚えてないんだけど、どうなったか聞いていいかな?」
「そうね。ま、歩きながら話すわ」
と言ってスラッシュはこないだと同じ道を歩き始める。私とフレイムスロワーは、スラッシュについて歩き始めた。
「私自身が見たわけじゃなくて、回収部隊の報告だけど……」
スラッシュが言うには、しばらく魔法の轟音やら閃光やらが続いた後、静かになったかと思ったら、屋上から強烈な光がしばらく放たれていたそうだ。
回収部隊は戦闘能力がないから、ほとぼりが冷めてからでないと近づけなくて、かなり経ったあとに確認した所、私が戦っていたあたりには、かなりの血痕が残っていたものの、それ以外はなにも無かったらしい。
「あー、血痕はたぶんわたしだわ。光はわかんないけどさ」
「普通死んでる量って聞いたわよ? ホントに生きてるの?」
振り向いて怪訝そうな顔をするスラッシュに、私は右手をひらひら振りながら答える。
「アンデッドにはなってないみたいだけどね。流石に貧血気味だったから、回復薬を飲ませて貰ったけど」
「まあ、その様子を見ると無事っぽいのは分かるけどね」
この話題は私もこれ以上話せる事がないから、私は無言で肩をすくめて、話題を変えた。
だって、もし、冒険者ギルドに担ぎ込まれたのがハニーマスタードでは無く、アニー・フェイだった事が知られていたら、と考えると、その話もできないし。
かといって、もしかしたら死なない体かも……みたいな話は、もっと訳がわかんないし。
「それで、デーモンコアはどうなったの?」
「おかげさまで、無事に目的地に届けられたわ。その後の話は、リングマスターからさせて貰うわね」
「はいはい」
私は軽く頷いた後、別の質問を投げかけた。
「そういえば、あんた達は大丈夫だったの?」
「あたし達はね。あなたが一人倒して、更に一人引きつけてくれたのが大きかったわ」
もっとも、と言ってスラッシュは言葉を続けた。
「二人失ってしまったわ。一撃で首を飛ばされたから、回収部隊も余り意味は無かったわね。――毒だけを気にしすぎてしまっていたかも知れない」
少しトーンが下がった声になったが、あくまで前を向いたまま話す彼の表情は、私からは見えない。
私としても、声を掛けようが無くて「そっか」とかで言うと、あとは無言で歩き続けた。
場合によっては敵に回る可能性もある人達だから、元気づけるのも変だしね。
◇ ◇ ◇
再び、先日訪れた会議室風の部屋で”リングマスター”が待っていた。
彼は私の顔を見ると、立ち上がって笑いかけてきてくれた。
「おお、生きとったんやな、自分」
「おかげさまでね」
「まあ、なんであれええこっちゃ。まあ、お座り」
私は前と同じく、リングマスターの対面側に。スラッシュとフレイムスロワーは、今度はリングマスターの左右の席に着いた。
「ほんま、無事で良かったわ。えらい血痕が残っとった聞いたから、心配しとったんやで? 流石に、うちの都合で巻き込んで死なれてたら目覚め悪いからなぁ」
「実際、無事だったんだから、もうそれはいいわ。それで結局、デーモンコアは本物だったの?」
私が質問すると、リングマスターはパンと手を打って肩をすくめて見せた。
「本物も本物。魔神級まで行けるヤバい代物やったわ」
「それで、それはどうなったの?」
「錬金術師リチャードが処分してくれると。なんでも、もはや再利用できない形に変えられる、とか? 説明はしてくれたものの、うちらにはサッパリ分からんかったが」
それを聞いた私は、密かに目を細めた。ああ、リチャードさん、また変な物をくわえ込んだのかな……
「なるほど、じゃ、もう問題は解決したと思っていいのね?」
「まあ、もううちの手は離れとるしね。錬金術師リチャードがええ感じにしてくれるやろ」
「それを聞いて安心したわ。それじゃ、そろそろお暇しましょうかね」
と、腰を浮かすと、リングマスターは慌てて引き留めてきた。
「おいおい、今来たところやん。せっかくなんやし、もう少しゆっくりしていったらどうや? お茶でも入れるで? 腹減ってるようやったら、なんか食べてくか?」
せっかくのお誘いだけど、私は首を振って断った。
「遠慮しておくわ。聞きたい事は聞くことができたし。――今回は街を護るためだから協力したけど、あくまで特別。馴れ合わない方がいい」
「そうか……ほな、報酬は? ほんまに要らんのか?」
「ええ。報酬目当てじゃないし、報酬目当てで動くと思われても困るから。ま、毒消しと回復薬は貰ったけどね。それは経費という事で」
あくまで固辞する私に、リングマスターはようやく諦めたようだった。
「それで構わんで。しゃあない、スラッシュ、お嬢さんをお送りしてくれるか」
「はいはい、ボス」
「門まででいいわよ? あとは勝手に帰るから」
盗賊ギルドから出た私は、真っ直ぐ下宿に帰って行った。尾けられてないといいんだけど……
あとは、週末にリチャードさんに会ったら、デーモンコアがどうなったか聞かなきゃ、ね。
次回予告。
週末、普段と同様にリチャードさんに送られて領主館に帰ってきた私は、お出迎えの人数が一人増えている事に気がつく。え、どちら様ですか!?
次回「新たな家族(新品)ができました」お楽しみに!