83.ハニーマスタード死す
今回もグロ表現があります。
Youtubeでククリを使った攻撃法を確認しましたが、頭に重心があるから鉈みたいな重さでしかも連続攻撃が可能と、結構難儀な武器のようです。
※2019/8/7 スマホフレンドリーに修正しました。
私は独り、屋根の上で暗殺者と対峙していた。
下の盗賊達の事はもう気にしていられない。私は私の相手をなんとかしないと。
私はまず小手調べの魔法として再び”電撃の矢”を選択した。
「"マナよ、雷をまといし矢となりて我が敵を討ち倒せ"――電撃の矢!」
3本同時生成、角度を変えて誘導し、別々の方角から襲いかかる。
「――ッ」
暗殺者は、右手のククリナイフを器用に使ってその腹で全ての”電撃の矢”を受け止めた。
そして何事も無かったかのように前進してくる。
魔法の矢そのものはククリナイフで止められるかも知れないけど、それがまとっている電撃ではダメージを受ける筈なのに!?
と、私は、暗殺者が持っているククリナイフから、細い金属線が出て彼女の腰に繋がっている事に気がついた。
この魔法は私のオリジナル。初見のはずなのに、いきなり対策されているなんてあり得ない……でも、どう考えても金属線で電撃を逃がしているようにしか見えない。
「まさか、接地線!?」
私の驚きの声が聞こえたのか、暗殺者の口がわずかに綻んだ。
そして、彼女は私から2mほどの距離でいったん足を止める。もう、魔法の詠唱が成立する前に飛びつかれるような至近距離だ。
彼女からすると、もう必勝の態勢なんだろう。武器防具を身につけていない魔術師相手で、あと一歩踏み込むだけで武器が届く距離にまでたどり着いたのだから。
でもこちらも伊達にずっと武術をやっていた訳じゃない。
無造作に振り込んできたククリナイフの一撃を、”防御”が掛かった左手を裏拳のように振ってはじき返す。
ギィン! 「なッ!?」
素手の魔術師など、さっくりと斬れるかと思ったら、思わぬ堅さに驚いたように見える。
私は裏拳を放った後の体のひねりを生かして力を蓄え、マナによる強化を加えながら一気に解放する。遠慮無し、全力全速の箭疾歩だ。
彼女の鳩尾に私の右肘がどすっと突き刺さり、彼女が後ろに吹き飛ばされた。
――いや、浅い。どうも自分から後ろに跳んで衝撃を逃がしたようだった。
それでも、急所に入った一撃に、彼女は少し下を向いて咳き込んだ。
「"マナよ、我が求めに応じ万物を砕く破壊の炎となれ"――爆裂弾!」
そこに私は”爆裂弾”を放り込もうとする。
しかし、彼女は左手を一閃した。
恐らく爆裂弾に向かって何かを放り投げたのだろう。爆裂弾は私と彼女の中間点で炸裂し、轟音と共に爆風と炎をまき散らす。
それが収まる前に、顔を腕で覆って炎を防ぎながら、彼女が走って突っ込んできた。カウンターを警戒しているのか、マナを使ったダッシュは使ってきていない。
再び襲いかかるククリナイフの一閃に、私は左手を使って防御する。
当たり前ながら今度は学習してきており、弾かれても隙がなく、そのまま向きを変えて襲いかかってくる。
短剣による戦いでは、至近距離に組み付いて攻撃する方法も含まれているが、至近距離になると私の武術が生きてくるので、迂闊に攻め込めないようだ。ああ、武術やってて良かった……
とはいえ、鉈に近い重さを持つククリの連続攻撃を長くしのげる自信は無い。近い将来、腕が上がらなくなるだろう。
「――電撃の矢ッ!」
短縮詠唱、無誘導で再び”電撃の矢”を生成、少々強引ながら、ククリを弾いた瞬間に彼女の腹に向けて解き放った。
「シッ!」
彼女も同時に左手を一閃する。
私の”電撃の矢”は、なんとか彼女の腰に着弾したようだ……しかし、その代わり、彼女が放った小刀も、私の脇腹をかすめて行った。一瞬、冷たいものが脇腹を走り、直後に熱く痛み始めた。普通なら、ただのかすり傷なんだけど……
「ふん……」
それを見た彼女は、口元を緩めたようだった。
私は慌てて懐に右手にやって解毒薬を取り出そうとするが、その動きを妨害しようと彼女は再び猛攻を開始してきた。
ただ、”電撃の矢”によって、彼女の下半身はしびれているようだ。ほとんどフットワークを使わずに、上半身だけを使って攻撃を仕掛けてきている。
それを見た私は、無理をせず大きく後ろ倒れ込むように転がり込み、彼女との距離を取った。やはり下半身に問題があるらしく、追撃はしてこない。
そして私は、今度こそ落ち着いて解毒薬を取り出した。
「――まだ動ける?」
と、私の挙動を見ている彼女が、怪訝そうな顔をしている事に気がついた。
あれ、そういえば……十数秒が勝負の猛毒だって聞いた割には、全然、影響を受けていない気がする。
浅かったのか、それとも、たまたま塗られていない部分が触れたのか……効果が遅れているだけか。
ともあれ私は、解毒薬を取りだし、片手で栓を外して口に運んだ。
その間に彼女も何かを取り出し、口に含んでいた。彼女も回復薬か何かの類いを飲んだんだろう。
軽く二三ステップを踏む様子を見ると、もう彼女の脚は治っているようだった。
再び近づいてククリナイフを振り下ろそうとしている彼女に対して、私は、軽く目をつぶっていた。
そして、口の中で密かに詠唱していた魔法を完成させる。
「――閃光!」
私と彼女の間に輝く光球が現れ、周囲を強烈な光で満たしていった。もっとも、次の瞬間にはその光は跡形も無く消え去っていく。
この魔法は”照明”の派生系。維持時間は1秒もないけど、その代わり強烈な光を放つ魔法だ。
その瞬間目をつぶっていた私は影響を受けなかったが、直撃を受けた彼女は左腕で目を押さえてよろよろと二、三歩後退する。
この隙しかない! 私は彼女を仕留めるための魔法の詠唱に入った。
「"マナよ、天空の怒り、稲妻となりて我が前の者どもを討ち倒せ――”」
ただ、彼女もぼそりと何事か呟いた。
「――”無明氣照”」
その瞬間、彼女から凄まじい勢いでマナが吹き出し、周囲を支配していく。
魔術師でもないのに、このマナの量!?
「雷撃ッ!!」
轟音と共に眩しく輝く稲妻が魔法陣から飛び出し、彼女がいた場所を貫いていった。
視界を埋めた”雷撃”による閃光に顔をしかめた私。その残像が消えてようやく目が見えるようになったが……そこに彼女の姿はなかった。
「いない……!?」
と、私の喉に後ろから細い手が触るのを感じた。まさか、後ろに!?
「惜しかったわね。――さよなら」
と言う声が聞こえたかどうかの瞬間、私の喉に冷たい物が走っていった。
「あれ?」と、口にしようとしたのだけど、ゴボゴボと言う音しか出ない。
――気がつくと私は、屋根の上に仰向けに倒れていた。いつの間に倒れたんだろう? 何も痛みは感じないのに、全く体に力が入らない。
彼女は私の足下に立ち、感情を表さない冷たい目のまま、私を見つめていた。
そうしているうちに、次第に視界が暗く……なるのかと思ったら、なぜか視界が白く染まり始めた。
驚愕の表情を浮かべる彼女の顔までもがはっきり見え始める。
そして視界は更に白く、白く染まっていき……
私は、真っ白の世界のなかで、何も分からなくなった。
次回予告。
――え、次回、あるの? 死んだっぽいのに? 頭のどこかで14へ進めとか、棺桶の釘のように死んでいるとか言う声が聞こえるんだけど。
次回「目覚め」お楽しみに!
※今回の次回予告は、実際の内容と異なる場合があります。