76.突撃!クリスの晩ご飯
平常運転に復帰しました。遅れを取り戻さねば。
なお、次回は短めにつき6月24日の月曜日に掲載予定です。
※2019/8/7 スマホフレンドリーに修正しました。
翌日の学校。
教室にやってきたクリスが、開口一番私たちに手を合わせてきた。
「ごめん! 明日の夕方、みんな空いてる?」
あまりの勢いに、みんな当惑した顔をしている。
「えっとな、晩ご飯食べに、うちん家に来てくれへん?」
「「え……?」」
そして、いきなりの提案に、更に首をひねるみんな。
「わたしは空いてるけど……いきなり、どしたの?」
私の質問に、クリスはポリポリ頭を掻きながら答えた。
「一昨日の件が、おかんにばれてしもてなあ。おかんが、せめてお詫びにご飯でもご馳走させて下さい、と言うてるねん」
「別にいいのに」
「うむ、誰も被害を受けていない話だったからね」
その返答に、クリスは私の手を握って必死に訴えかけた。
「あっかーん! 連れて来ぉへんと、うちまでおとんの巻き添えになって折檻されてまうねん! 助ける思って! な!」
「まあ、別に暇だから構わないけど……ねえ?」
「ああ、私も別に用事はないが」
「わたしも大丈夫です!」
私たちの様子を興味深そうに見ていたリズさん、人差し指を頬に当てて少し考えるそぶりをした後、私に耳打ちしてきた。
「週末に何かございましたの? 確か、お泊まり会でしたわよね」
「あー、ちょっとね……」
なんて説明すればいいのか考えているうちに、リズさんは、ぽんと手を打った。
「あ、なるほど。……クリスさんのお父様の件でしたか。いよいよばれてしまった、と」
「え、リズさん知ってたの?」
驚く私を横目に、クリスは苦笑しながらリズさんに話しかける。
「へ? あー、そういえば、リズはんは最初から知ってたみたいやわな」
「おじいさまが要らぬ気を回してしまいましたからね。まったく、過保護で困ってしまいますわ」
「まあ、しゃあないで。五大商会の跡取りに、変な虫が近づいても困るやろ」
肩をすくめるクリスに対し、リズさんは首を振りながら答えた。
「わたくしは、自らの評価で選びますから、親御さんの職業なぞ気にしませんのに。――とはいえ、その、先日の出来事が原因と言う事でしたら、わたくしは知らないままの方がいいでしょうね。皆さんで行ってらっしゃいな」
「せやなあ……悪いけど、そうさせて貰うわ」
まあ、盗賊ギルドマスターの娘と、五大商会の商会長の孫娘が懇意にしすぎていると、色眼鏡で見られる事もあるのかな。
でも最近、私たちだけで行動する事も多い気がするなぁ。リズさんともたまには一緒に遊び行かなきゃ。
◇ ◇ ◇
そんな話があった翌日の放課後。私たちはクリスに連れられて彼女の家に向かっていた。
「ちーとゴミゴミしとる界隈やけどな、気にせんといてや」
と、少し大きめの家の前で止まった。大きめと言っても、豪邸というわけではなく、周囲の家と同程度に質素な作りだ。しかし、花が飾られていたり、丁寧に手入れされている気配は感じる。
「ここや。――おかーん! 帰ったで! 皆連れてきたで!」
クリスは扉を開けたかと思うと、中に向かって大声を張り上げた。
「はいはい、おかえり」
中から、ぱたぱたと言う足音が近づいてくる。
「クリス、おかえりなさい。みなさん、いらっしゃい!」
「あ、はじめまし……」
戸口に現れたのは……それはもう美しい30代半ば頃の女性だった。
プラチナブロンドのさらさらヘアを、家事の邪魔にならないようにか、綺麗に上にまとめ上げている。肌の色は透き通った磁器を思い出すような色で、瞳は青色を通り越した水色だ。
クリスも無茶苦茶可愛いとは思うけど、明らかに上位互換の、クリスが大人になったらこうなるんだろうな、と言う美しさだった。
何より、背が高い! 180センチ近くあるのと違うかな? 体つきもまったく緩んだ所はない。 もちろん、出るべき所はきっちりいい仕事ぶりを見せている。
服装は普通のシャツにスカート、エプロンなのに、なんて言うか、王侯貴族のような気品に満ちて見えてしまう。野に咲く一輪の花、なんてもんじゃない。エーデルワイスそのものだ。
「クリスの母のエレオノーラです。皆さん、わざわざご足労頂き、ありがとうございました」
余りの美しさに絶句している私たちに対して、エレオノーラさんは上品に頭を下げた。
「しゃ、シャイラ・シャンカーと申します。お招き感謝します」
ちなみに、一番始めに再起動したのはシャイラさんだった。
「アニーです。クリスとは仲良くさせていただいています!」
「マリアです! いつもお世話になっています!」
エレオノーラさんは、私たちの反応を見るとにっこり笑った。
「皆さんにはクリスが本当にお世話になっています。狭いところですが、さあ、どうぞ中へ」
◇ ◇ ◇
案内されて食堂に入ると、大きなテーブルの上には山盛りの料理が載せられた大皿がいくつも並べられていた。
席に着いているのは、ビルさんと男の子が二人。クリスの弟たちかな?
ビルさんは、私たちの顔を見ると、「よう」と言った感じで、柔らかく笑みを浮かべて手をぷらぷらと振って見せた。
男の子たちは……どうも私たちを待ちわびていたようで、「やった! やっと食える!」とか手を振り上げながら叫んでいる。
すぱすぱーん!
と、いつの間にやら男の子達の後ろに回ったエレオノーラさんが、目にも止まらぬ早業で彼らの頭を張り飛ばした。
「お行儀が悪い! お客さんが来た時はどうするの?」
「「は、初めまして、いらっしゃいませ……」」
「よろしい! 皆、席につくまで食べるのは待ちなさいね」
その勢いを呆然と見ていた私の耳元で、クリスがぼそっと囁いた。
「な? おかんがうちで一番強いからな。気いつけや」
「う、うん……」
呆然と突っ立っている私たちに向かって、エレオノーラさんが口を開いた。
「さ、どうぞ。適当に座って下さいな」
「は、はい、失礼します!」
促されて、慌てて席に着く私たち。
「改めまして皆さん。ようこそ我が家にいらっしゃいました」
「いえ、こちらこそ、お招きありがとうございます」
改めてのエレオノーラさんの挨拶に、私たちは揃って頭を下げた。
するとエレオノーラさんは、まず二人の男の子達を紹介してくれた。
「この子たちは、カールとグスタフ。クリスの弟達です。はい、あなたたち、お姉ちゃんたちに挨拶しなさい」
「「はじめまして!」」
髪の色とかはクリスに似ているけど、なんて言うか、腕白そうな男の子達だ。年の頃が同じくらいに見えるから、双子かも知れない。
次にエレオノーラさんはビルさんを手で指し示した。
「そして、ご存じでしょうけど、これがうちの宿六。先日はご迷惑をおかけして、本当にごめんなさいね」
宿六……あ、ビルさんの事か。
「いえ、別に誰にも損害は出ていませんから、気にしないで下さい」
「こんな事でお詫びになるのかどうか分かりませんが、せめてお腹一杯食べていってくださいね!」
「はい、ありがとうございます!」
エレオノーラさんは、全員の顔を見渡すと、両手を胸の前で静かに組んだ。
お祈りを始めようとしたところで、ふと、マリアに向かって軽く頭を下げる。
「至高神神殿の方ががいらっしゃる所で申し訳ないのですが、うちは地母神の方なので、そちらで祈らせて頂きますね」
「お仲間なので構いませんよ! 祈る心が大事なんです!」
「そう言って頂けると助かります。それでは……」
改めてお祈りの姿勢に戻り、エレオノーラさんは祈りの言葉を捧げ始めた。
「我等が神たる地母神よ、今日も御身の信徒に糧を与えて頂きありがとうございます」
「「ありがとうございます!」」
私はまあ、どの神様の信徒でもないけど、とりあえず形を合わせておく。
シャイラさんも……確か、紅茶の国はこっちとは違う神様だったと思うけど、つきあってくれているようだ。
一通りお祈りを終えると、エレオノーラさんは厳かに夕食の始まりを告げたのだった。
「それでは……おあがりなさい」
「「いただきます!」」
次回予告。
クリスの家での夕食会。その流れの中で、彼女の両親の馴れ初めが語られたのだけど、いきなり強烈なパワーワードが炸裂してしまう。こういう出会い方もアリなのかなぁ?
次回「ヤツはとんでもない物を盗んでいった、というお話」お楽しみに!