8.試験、うまく行きませんでした。
※2018/9/13 トラウマをなんとかしたい!から改題しました。
※2018/12/19 長尺の台詞を簡略化したり、微調整しました。技名も一般的なものに変更しました。
※2018/12/28 次回予告を追加しました。
※2019/8/3 スマホフレンドリーに修正しました。
リチャードさんばかりに頼ってはいられない、と豪語したのはいいけど、結局、待ち合わせしているから、合流しなければならない訳で。
玄関から出てみたが、まだリチャードさんは来ていないようだった。
まあ、剣術試験の順番が全体の4番目だったしね。それもまともに終わらなかったし。
とりあえず、玄関前の階段にぺたりと腰を下ろして、膝を抱えて考え始める。
――トラウマ発動の条件。
まず間違いないのは、ぎらりと光る抜き身の剣。
リチャードさんにお世話になるようになってから、村の子供たちとチャンバラごっこをしたことは何度もある。
そのときは発動していなかった。当たり前だけど、チャンバラごっこに金属製の剣は使わない。単なる木の枝とか、使っても木剣止まり。
あと、距離とか、ゆっくり近づいてくる動作、あるいは、相手がこちらを向いているか否かもあるかもしれない。
他の三人の女の子が試験を受けている間は、特に何も感じていなかった。
明るさもあるのかも?
あの夢は夜だったし、今日も建物の中だから、決して明るくはなかった。
逆光だったのも関係あるかも知れない。
うーん、ただ、条件を考えただけではあまり意味がない気がしてきた。
その条件が成立しないように逃げ回るだけでは、最終的な解決にはならないわけだし。トラウマが発動した上で、その恐怖感に打ち勝たなければならないのだろうけど……
あの恐怖に、打ち勝つ?
先ほどの、心臓をぎゅっと掴まれたような恐怖を思い出して、思わず自分の肩を抱きしめる。
「おや、思ったより早かったようだが……何かあったのかな?」
声をかけられると、目の前につま先が見えているのに気がつく。そこから、ふと見上げるとリチャードさんの姿があった。
なぜか、思わず目頭が熱くなってしまい、目を伏せてこれだけを告げる。
「ごめんなさい、試験、うまく行きませんでした」
「ほう?――とりあえず、落ち着いて話せるところに行こうか」
差し出されたリチャードさんの手を取って立ち上がる。歩き出したリチャードさんの後ろを、黙ってついて行く。
◇ ◇ ◇
私たちは近くにあった飲食店に入っていった。
「顔色がかなり悪い。体の調子を崩したわけではないね?」
「はい……体には問題ありません」
「で、あれば、それ以外に問題があったという事か。何があったのかな?」
私は剣術試験の際に起こったことを、かくがくしかじかとリチャードさんに話した。
「なるほど、金属製の剣を向けられた事に対するトラウマからのパニック、か。私も迂闊だったな。あのときの状況を考えると、起こりえない事態ではなかった」
リチャードさん、あごに手をやり、考えながら言葉を続ける。私は下を向いて、彼の言葉をじっと聞くしかない。
「トラウマの解決法か……そもそも、トラウマから生じるパニック障害とは、何らかの過去の体験を、一定の条件をトリガーとして、心が勝手に連想してしまい、過剰反応してしまう事にある。つまり、過去にあった体験に対して理解したり自信を持つことで、解決可能な問題ではある。ここまでは、わかるかい?」
私は顔を上げて、リチャードさんの言ったことを考えてみる。
「ええと、慣れるとか、自信をつけるとかで解決する、という事ですか?」
「単純に言えば、その通り。第一歩として、パニックを起こすような状況を、頭の中で再現してみる事。さらに、それを空想の力で解決していく事が、いい練習になるだろうね。この方法なら、いつでもどこでもできるから、少しずつやってみるといい」
なるほど、まずはイメージトレーニングで慣れる事から入ればいいのかな。
「次の段階は、空想上でなく、現実に同様の状況を再現する事。つまり、誰かに剣を持って、目の前に立って貰うという事かな。いずれにせよこの段階は、対剣士で勝てる自信をある程度つけてからになるだろう」
「対剣士で勝てる自信ですか?どうすればいいんでしょう?」
「私もそれは詳しくない。魔法で吹っ飛ばすのが確実ではあるが、トラウマの最終的な解決を考えると、アニー君が今修めている武術で解決するのが一番だろうね」
リチャードさんは太陽の高さを見て、少し考えてから言葉を続けた。
「つまり、リー先生に相談するのが一番だろう。この剣と魔法の世界で、武術を修めている先生なら、帯剣した相手の対処法もご存じだろう。まだ道場にいらっしゃる時間だと思う。これから行ってみようか」
◇ ◇ ◇
リー先生の道場は、ここから歩いてもさほど遠い距離にはない。なにせ城塞都市なので、城壁の内側は割とこぢんまりとしている。
今の時間、道場は小さい子供たちの練習時間のようだ。元気なかけ声が周囲に響き渡っている。
「突然の訪問で失礼します、リー老師」
リチャードさんは体の前で右拳を左手で覆う、絹の国風の挨拶を行った。
「こんにちは、リー先生!」
私はその隣で、ぺこりと挨拶する。
「おや、リチャードさんに、アニーちゃん。今日は練習の日ではありませんぞ?」
リー先生は、子供を指導しているお弟子さんに、続けるように言ってからこちらに向かってきた。
「実は、アニーくんに関して、少々難しい問題が発生しておりまして……」
道場の隅で、リチャードさんが簡単にこれまでの経緯と、剣術対策を知りたい事を話す。
「なるほど。そういう事かの。本来、我々の武術は間合いが短いが故に、槍術と言った間合いが長い武術を並行して修めることを前提としておる。アニーちゃんの場合、体力的な問題と、魔法が主体で護身術前提という事を聞いておったので、武器に対する指導は行っておらんかった」
リー先生は白く伸びた顎髭をしごきながら言葉を続けた。
「――しかし、伺ったような状況であれば、解決策の一つを伝授しておく必要があるようじゃの」
先生は、別のお弟子さんを呼び出して、指導の準備を行わせた。
お弟子さんは、鞘に入った絹の国風の曲刀を持ってきて、先生に渡す。
「アニーちゃん、これから刀を抜くが、もし気持ちの悪さを感じたなら、即座に教えてくれんかの」
「はい、分かりました」
私は、少し離れて緊張した面持ちで先生を見つめる。
先生は、しゃらんと剣を抜いた。刀身がぎらぎら光っている。少し顔がこわばったが、大丈夫そうだ。
「ほれ、この通り、芝居に使うような竹光じゃよ。」
先生はぷらんぷらん刀を振って、中身はぺらぺらの木刀である事を示した。お弟子さんに刀を渡して、先生とお弟子さんは相対する。
「それでは、始めるぞい」
お弟子さんは曲刀を振りかざして先生に攻撃を仕掛ける。先生はひらりひらりとその攻撃を回避する。同時に、私に対して説明をしてくれる。
「まず、最初のポイントは、相手の剣の動きをよく見る事じゃ。相手に隙がない時に、剣の間合いに踏み込んではならん」
そして、お弟子さんの刀がわずかに大振りになって外した瞬間、先生はいきなり数歩の間合いを飛び越え、お弟子さんの懐に潜り込んだ。
「これぞ、箭疾歩と呼ばれる歩方じゃよ」
なるほど……基本は昼間見た、剣術の試験官とマリアさんの試合の再現、という事か。
ただ、試験官は、壁を使ってダッシュしていたのを、この武術の場合は自前の歩方で解決できるという事らしい。
なんとかできる、というのを目にしただけで、少し気持ちが楽になった気がする。我ながら現金なものだ。
「ゆっくり、型を説明するから、普段の練習でも取り入れるといいじゃろう」
リー先生はわかりやすいようにやり方を説明してくれた。
まず、右半身に立ち、右腕を下に下げ、体を左に捻り下げる。そして、左足で大きく大地を蹴りながら、一気にねじりを解放し、右腕を槍のように突き出していく。
私も同じようにやってみる。
うーん、まだ全体の動きがばらばらで、思ったより前進しない感じ。
「そんなに簡単に身につく技ではないぞ。普段から言っている通り、基本を忠実に、じゃな」
「はい、がんばって修行します!」
「ほっほ、アニーちゃんは素直でええ子じゃの。それに免じて、もう一つわしから教えてやろう。本来、我々の武術は、気の力、すなわち、この西方の国で言うところのマナの力を活用する事で、その効果をさらに向上させる事が可能になっておる」
先生は、右手を少し上げて軽く息を吐いた。先生の右手に魔力――先生が言う所の気の力か――が集中しているのが感じ取れる。
そして軽く手を振っただけで、かなりの迫力のある風きり音が聞こえてきた。
軽いデモンストレーションの後、先生は再び口を開いた。
「ま、こんな感じじゃの。普通は、修行を始めて数年間は、型をたどる事を中心に教えており、気の力による強化は教えておらん。基本ができておらんと、どっちつかずになってしまうからの。それに、気の力が少なければ、効果もそれほど上がらんのじゃ」
そこで、リチャードさんの方を向いて続けた。
「だが……アニーちゃんは、かなりの力を秘めているようじゃが、それを封じておるのじゃろ?」
おお、さすが先生、制限していたのを見抜いていたのか。
「――お察しの通りです。リー老師。アニーくんの力は信じられないレベルにありますが、一人前になるまでは、少なくともこの街では、秘しておいた方が好ましいと考えております」
「なるほど、魑魅魍魎が跋扈しておるこの街では、それも理解できる考えじゃの。じゃが、今回の事情を考えると、まずは我が武術の真の力を理解してもらった方が、解決に近いと考えられるのじゃ。アニーちゃんの真の力、見せてはくれんかの?」
リー先生の申し出に、リチャードさんは少し考えてから、私に声をかけた。
「そうですね。アニーくん、リー先生にバングルを外して見せてください」
私は、ゆっくりと左手のバングルを外す。
極度の制限から解放された上限に対して、マナが勢いよく回復していくのを感じる。
「おお……これほどとは。確かに……これは、いや、なんとまあ」
リー先生は気圧されたようにつぶやいた。数瞬後、気を取り直して、指導を再開する。
「もう一度、箭疾歩をやってみるのじゃ。ただし、今度は、地面から左脚、胴、胸、右腕への力の流れを助けるように、気の力を一緒に流してやるように。魔術師であれば、マナの操作はお手の物じゃろ?」
私が言われた通りにやろうと構えたところで、リー先生の待ったの声が入った。
「おっと、まずは、気の流れだけを試してみるかの。左のつま先に集中し、それから順に右拳まで気を流してみるのじゃ」
言われたとおり、左のつま先にマナを集中し、順に体の中を通して右拳まで持って行く。
「うむ、できておるようじゃの。今度は、歩方も併せてやってみようか」
今度は、箭疾歩の歩方を再現。しかもマナを使った強化つきで。
「――やッ!」
まだ全体の動きは全然効率よくないものの、確かに、手応えが今までと全然違う。飛ぶ距離もさっきより2倍以上飛ぶ事ができてる!
「ほう、その調子じゃ。あとは型を繰り返し、速度と跳躍距離を伸ばすことじゃの」
「はい、ありがとうございます!」
そして、リー先生はにやりと笑いながら言葉を続ける。
「あとはいずれ、気を抑える技術も教えるべきかも知れんの。まあ、これは今後のお楽しみじゃ。――というわけで、今日の課外授業はここまでかの」
「リー老師、本日は急なお願いに対応いただき、ありがとうございました」
「ありがとうございました!」
リチャードさんと私、二人でお礼を言う。
「なんのなんの。アニーちゃんは、わしの史上最高の弟子になる可能性があるからの。それじゃ、毎日修行を続けるんじゃよ」
「はい、がんばります!」
見送るリー先生に手を振って、私たちは道場を後にした。あ、バングルはすぐにつけ直したよ。
そして、預けていたリチャードさんの愛馬を引き出してきて、私たちは村への帰路についた。
トラウマとかパニック障害とか武術その他に関しては一切フィクションであります。じいさまの口調、難しいですね。ちょっと不自然な感じになってしまっているかも……
次回予告。
フライブルクからの帰り道、リチャードさんに今日の出来事を報告する。家に帰ると夕ご飯は、アレックスが私の好みの料理を用意してくれていた。やさしい気遣いに私は思わず、お母さんみたいだと口にしてしまう。
次回「ありがと。お母さんみたいだね。」お楽しみに!