75.尋問ターイム!
少し私事が忙しくなっておりますが、ストックはまだあるので週一ペースに影響は出ない模様です。
い、石垣とフレッチャーさえ出てくれれば……ッ!!
※2019/8/7 スマホフレンドリーに修正しました。
夜釣りに行っていたリチャードさんから鍵を盗み出し、領主館に忍び込もうとしていたのは、なんとクリスのお父さん、ビルさんだった。
私は彼を食堂に招いて尋問を進めていたが、最後の質問として、最も重要な疑問を投げかけていた。
「仮に鍵を手に入れたとしても、普通なら忍び込もうとかは考えないと思いますが……ご職業をお伺いしてよろしいですか?」
さすがに、面と向かって盗賊ですか? なんて事は聞きづらい。
私の質問にビルさんが答える前に、今度はクリスが先に口を開いた。
「アニさん、ストレートに聞いてかまへんで。あなたは泥棒ですか? って」
「クリス……」
ビルさんは、その台詞を聞いて両手で顔を覆った。まあ、娘からそんな事言われたらショックだよね。
「いつも言うてるやろ? お父ちゃんは泥棒やないって……お父ちゃんはな……お父ちゃんはな……」
クリスに向かって弱々しい声で語りかけたかと思ったら、いきなり大きい声を張り上げた。
「――大・泥・棒! なんやで!」
「へ?」
予想外の台詞に、私は思わず間抜けな声を出してしまった。シャイラさんやマリアも驚いた顔をしている。
「そして、フライブルクの闇を支配する盗賊ギルド、”小さき矢軸”のギルドマスターと言えば、このビル・G様の事や!」
どどーん!と効果音がつきそうな勢いで、両拳を空中に差し上げて、ビルさんは大見得を切った。
室内を静寂に包まれた所で、クリスが額をごんと机にぶつける音が響き渡った。
うーん……これはどう収拾つけたものやら。
対応に悩んでいるうちに、私たちの反応が無い事に気がついたビルさんが、「ごほん」と咳払いを一つしてから、おずおずと振り上げた両手を下ろしていた。
「まあ、ビルさんが大泥棒でも、大司教でも、この際関係ありませんから、それはこっちに置いておきましょう」
両手を使って正面の物を右に置くようなジェスチャーをする私に、ビルさんは少し情けない顔をした。
凄ーい、とか、怖ーい、とか思って欲しかったのかな?
◇ ◇ ◇
しばし考え込んでいた私は、方針を決めてようやく口を開いた。
「――つまり、問題は何をしたか、と言う事でして。客観的に見ると、居眠りしたリチャードさんから、鍵を保護して届けてくれた、と考える事もできます」
雲行きが変わった事を感じたのか、ビルさんは片眉をぴくりと上げた。
「玄関ホールに入っただけで、それ以外は何も出来ませんでしたし、本日はそのままお帰りいただければ、今回の件は無かったことにしたいと思いますが、いかがでしょうか?」
私の提案に対し、ビルさんは椅子を座り直し、両方の手を顎に当てるように組んでから答えた。
「つまり、無罪放免と? それはまあ、ありがたい事やけど」
「この処置を甘いとお思いになるかもしれませんが、それは、私たちに被害がなかったからの事。――もし、私や私の家族、友人達に危害なり損害なりが加えられる事があれば……私は容赦しませんよ?」
と言い放ってから、私は口元だけ笑みを浮かべ、最大級の魔法を使う時のように、マナを全身に駆け巡らせて、全力で魔力を吹き出させてみた。童顔と言う事もあって正直、私自身には迫力といった要素に欠けているんだけど、流石にここまですると、大抵の人なら気圧される程度に迫力が出ていると思う。
そう、私は、鍵が盗まれた事よりも、館に侵入された事よりも、クリスを落ち込ませている事に対して怒っていた。
私には親の記憶がほとんどないから、よく分かんないんだけど、とはいえ親は親。警備隊につき出したりしたら、クリスをもっと悲しませてしまうだろう、
あと、それが理由でつきだす事を猶予している事が知られても、やっぱりクリスは悲しむと思う。
なので、こうやって脅しをかける事で鬱憤を晴らすしかなかった。
「――ッ!」
シャイラさんとマリアは、いきなり吹き出した魔力にちょっと気圧されているようだ。クリスも……驚いた顔をしながら勢いよく顔を上げてきた。
アレックスは、まあ、どこ吹く風と言った感じ。
で、肝心のビルさんはと言うと……
「おお、怖い怖い。ま、肝に銘じておくわ」
鈍感なのか図太いのか、気圧された様子もなく飄々(ひょうひょう)とした様子を崩していない。
私は、肩をすくめて吹き出させていた魔力を止めた。
「あと、もし、当館を見学されたいのであれば、リチャードさんに申し出て頂ければお伝えはしますよ?」
「そら、おおきに」
◇ ◇ ◇
一通りの話は終わったと思った私は、席を立って玄関に続く扉を指し示した。
「さて、本日は当然ですが、お泊めする事はできません。そろそろお引き取り頂けるでしょうか?」
「ああ、今日は騒がせて済まんかった。そろそろお暇させていただくとするわ」
ビルさんは頷くと、すっと立ち上がった。
クリスもおずおずと立って、ビルさんについて行こうとしている。
そこで私はにこやかに笑いながら、クリスに声を掛けた。
「クリスはこっちよ? 今日はお泊まり会でしょ?」
クリスは驚いたかのように立ちすくんでこちらを見詰めてきた。少し涙目で、柄にもなく落ち込んでいるようだ。まあ、無理もないと思うけど。
「でも、うちは……」
「お父さんはお父さん、クリスはクリス、でしょ? クリス自身が現役の盗賊、とかならまあ、ちょっと困るかもしれないけど、そんな事はないでしょ?」
「うん、うちは”仕事”はしてないし、継ぐつもりもない……」
それを聞いたビルさんは、少し情けなさそうに眉を垂らしたが、まあ、今はツッコまないでおこう。
「なら、今まで通りでいいんじゃないかな?」
私の言葉に、シャイラさんやマリアも力強く頷いていた。
「ああ、その通りだと思うよ」
「神様も、親の因果が子に報い、なんておっしゃっていません!」
皆の反応を見たクリスは、うつむいて礼を言った。
「みんな……おおきに」
その様子を戸口から見ていたビルさんは、私たちに向かって静かに頭を下げた。
「オレが言うのもなんだが……クリスのいい友達でいてくれて、ありがとう。心から礼を言わせて貰うわ」
だったら大泥棒なんてしなきゃいいのに、と思わないでもないけど、ま、今それを言うのも野暮な話だろう。
そう思った私は曖昧な笑みを返しておく。
「ビルさん、玄関までお送りしますよ。途中で潜まれても困りますからね」
と、皆揃ってお見送りに向かう。
「それでは、次回は招かれざる客でない事を期待しますね」
「せやな。次はぜひ、客として伺わせていただくわ。――ほな、ごきげんよう。クリス、夜更かしせんと、早う寝るんやで?」
と、ビルさんは二本指を伸ばして格好つけた敬礼をしてから、夜の闇に消えていった。
扉を閉めてから、私たちは寝室の方に歩いて行く。
「やれやれ、バタバタしたけど、なんとか片付いたかな」
「みんな、ほんま、ごめんね」
またまた謝ろうとするクリスに、私は振り向いてそれを制止する。
「クリス、この話はもう終わり。この事は今後、言わない約束にしよ?」
「うむ、その通りだね」
「明るいお父さんなのは、少し羨ましいです!」
クリスは、また謝ろうとしたのか口を開きかけたが、すぐに閉じて、わずかながらもにっこりと微笑んだ。
うう、喋らなかったら、ホント可愛いんだよなぁ……
危うく挙動不審になりそうになりながら、私はアレックスに視線を移した。
「アレックスも起こしちゃったね」
「いえ、問題ありません。それでは皆様、お休みなさいませ」
「「おやすみなさい!」」
とまあ、私たちはかなり遅い時間ながら、ようやく寝床についたのだった。
◇ ◇ ◇
ちなみに、リチャードさんは翌日の早い時間に、慌てて領主館に帰ってきた。
鍵については、クリスのお父さんが拾って届けてくれた事にして、適当に誤魔化しておいたけど。
お礼は要らないけど一度見学してみたい、と言っていた事にしておいたから、いずれその機会もあるかも、ね?
それと……ばたばたしたのもあったとは思うけど、リチャードさんの釣果は丸坊主だったそうな。どっとはらい。
ちなみに「親の因果が子に報い」は仏様の言葉であります。
次回予告。
翌日。先日のお詫びのため、クリスの招待に応じて彼女の家で夕食を共にする事になった私たち。そこで私たちは、お父さん以外の彼女の家族と初めて対面する機会を得たのだった。
次回「突撃!クリスの晩ご飯」お楽しみに!