70.ジェシカさんの魔術教習
少しずつですが、お話を動かし始めています。
※2019/8/7 スマホフレンドリーに修正しました。
中庭ではトウベイさんとシャイラさんによる剣術修行が始まっていた。
そしてサロンの方では、私とジェシカさんの魔術教習の準備が行われている。
メイドのシャーリーさんは、ジェシカさんの部屋から持って来た魔法に関する本やノートを、テーブルの上に綺麗に並べていった。
並び終えたところで、一礼してサロンから退出していく。
私はジェシカさんの車椅子をテーブルの前まで運んでから、隣の椅子に腰を下ろす事にした。
「んっと、”魔力探知”が上手くいかないんだっけ?」
「はい、詠唱も術式も正しい筈なんですけど、なぜかうまく成立しなくて」
私は少しの間、腕を抱えて幾つかの可能性を考えてみた。
「ふーむ……ま、いいか。害になる魔法じゃないし、ここで一回使ってみて? それが一番早いと思う」
「はい、わかりました」
ジェシカさんはそういうと、車椅子に座ったまま、少し目をつぶって精神を集中したようだった。
「"マナよ、魔力を視る目を我に与えよ"――魔力探知!」
魔法陣が成立……したと思ったら、プスンとかき消えてしまった。不発だ。
私は右手の親指の爪を噛みながら、目の前で現れた光景を反芻して、おかしいところを検討する。
「ふーん……詠唱はおかしくなかった。マナの集中具合も変なところはなかった。でも、なにか違和感が……ジェシカさん?」
「はい?」
「魔法陣はどんな形式にしてる? 本の通りであるのなら、その本を見せて貰えるかな」
ジェシカさんは、机の上にある本を取り上げてぺらぺらめくると、とあるページの魔法陣を指さした。
「こちらです」
私は本を受け取ってから、その本の背表紙を確認する。
「この本は……『オークでもわかる、術式魔法の使い方』か。初心者にはいい本だけど……あれ? これ、写本だな」
「はい、先生から譲っていただいたんですが、学生さんが写した本らしくて」
それを聞いた私は、その見知らぬ先生に対して眉をひそめた。
「その先生も、そんなところで小金稼ぎせずに正本を紹介すればいいのに。間違ってるよ、これ」
「あら、そうなんですか?」
「うん。ちょっとペン貸して。ここがこうで……こう」
私はペンを借りて、本に載っている魔法陣を修正した。
「これをイメージしてやってみて? あ、魔力が残ってないなら、いいけど」
「いえ、大丈夫です!」
ジェシカさんは力強く言うと、再び詠唱を始めた。
「"マナよ、魔力を視る目を我に与えよ"――魔力探知!」
今度は正しい魔法陣の下に魔法が期待通りに成立し……ジェシカさんに力を与えたようだった。
「でっきましたぁ! ずっと悩んでいたんですよ。やったぁ!」
両手で大きくガッツポーズをして、飛び上がらんばかりに喜びを示すジェシカさんを、私は慌てて制止した。
「こ、興奮しすぎはマズい、よね?」
「あ、そ、そうでした。すみません……あれ?」
リズさんは私の左手首にはまっているバングルを凝視している。魔法の道具だから、光って見えるんだろう。
「そのバングル、魔法の道具なんですか?」
「あ、これ?」
私は何気なく、魔力吸収のバングルに手をやって取り外した。
その瞬間、ジェシカさんが驚きの表情と共に目をつぶる。
「きゃっ! ま、眩し……」
「え……? あ!」
しまった、魔力を制限していない状態の私を”魔力探知”で見ると、灯台並に輝いて見えるんだった!
「ご、ごめん。眩しいよね!」と謝りながら、慌ててバングルを有効な状態に戻しておく。
「だ、大丈夫です。えっと、今のはいったい……」
まだジェシカさんは目を瞬いているけど、とりあえず大丈夫そうだ。
そこに、中庭からものすごい勢いでトウベイさんが突入してきた。
「お嬢さま! どうかされましたか!?」
「トウベイ、大丈夫です。ちょっと驚いただけ」
「一瞬、なにやら異常に強大な気配を感じましたが……」
トウベイさんは私の方を不審げな目で見つめている。私に何らかの説明を求めているようだ。
シャイラさんも遅ればせながらサロンに入ってきて、室内の緊張した雰囲気に首を傾げている。
うーん……やっちゃったなぁ…… 私は頭を掻いて少しの間考えた末、仕方なく口を開いた。
「わたし、もともと魔力がちょっとだけ多めなので、目立たないように、街中ではこのバングルを使って魔力を抑えているんですよ」
と言いながら、左手首のバングルを右手で軽く叩く。
「で、さっきは、うっかり外してしまって。ジェシカさん、”魔力探知”が有効な状態だったので、目が眩んじゃったみたいで」
うんうん、と頷くジェシカさんを見て、トウベイさんも警戒を解いたようだった。
「なるほど……承知いたしました。確かに、先日お目に掛かったときに比べると、随分気配が薄いので、どうかされたのかとは考えておりました」
あー、確かに、こないだは村の近辺で飛行の練習中だったから、無制限だったわけで。
それにしてもトウベイさん、”魔力探知”無しに気配で気付いていたのか……
「それにしても、目が眩むほどの魔力っていったいどれくらい……?」
「うーん、他人とは比べた事がないから、よくわかんないかな?」
と肩をすくめてから、私は少し真面目な顔をした。
「で、この事はほとんどの人間が知りません。なので、できればこの事は、胸の中に留めておいていただけると助かります」
頭を下げた私に、皆異口同音に同意してくれた。
元々知ってるシャイラさんは、微笑を浮かべつつ、無言で肩をすくめただけだけど。
でもやっぱり、ジェシカさんの「大丈夫です! 私、友達いませんから!」と言う涙を誘う大丈夫な理由は、やっぱり状態として少しどうかと思う。
まあ、私も友達多いとは言えないけどさ。
◇ ◇ ◇
そしてその後、シャイロックさんが家に帰ってくるまでの小一時間、私とジェシカさんの魔法の勉強、トウベイさんとシャイラさんの剣術修行は続けられた。
シャイロックさんは夕食にも誘ってくれたんだけど、下宿で用意されているからと、固辞して二人とも帰る事にした。
「まあ、それなりに定期的には、遊びに行った方がいいかなぁ」
シャイラさんと二人で下宿に戻る道中、ふと漏らした私の言葉に、シャイラさんも頷いていた。
「そうだな。私も彼の剣術の、一人で出来る基本的な練習法は学んだとはいえ、定期的にあの老人とは手合わせしていただきたい所だ」
「シャイラさん、結局、こてんぱんだったもんね」
そう。トウベイさんの教え方はかなり厳しい物だったらしい。
当たれば骨も折れかねない木刀なので、寸止めはしてくれていたものの、うっかり警備隊に見られると職務質問されかねないくらいには、擦り傷やら青あざやらを作ってしまっていた。
「ああ、久しぶりに手も足も出ない相手で、いっそ清々しいくらいだよ」
「ゴメンね、治せなくて」
骨が折れたとか、肉を斬られた、とかなら、私の”修復”でも治せるんだけど、打ち身打撲に内出血は、神聖魔法の”治癒”系でないと、どうにもならないんだよね。
「なに、剣術修行に生傷はつきものだ。実家秘伝の湿布もあるから、すぐに良くなるさ」
「ま、明日、マリアにお願いしてもいいし」
「ああ、そうだな」
そんな感じで、長かった一日は暮れていったのだった。
――リズさんにはレポートを求められていたけど、さすがに個人情報っぽい事は言わなかったよ? シャイラさんがトウベイさんに弟子入りしたり、私がジェシカさんに魔法を教えた話はしたけどさ。
次回予告。
これはわたしが見ていないところの話。フライブルクにほど近い山砦の中、異形の巨大な石像の前で、”彼女たち”の最終試験が行われていた。
次回「胎動」お楽しみに!







