69.シャイラさんの剣術試験
トウベイさんの剣術は猿叫と言う気合いの声が特徴なのですが、シャイラさんには叫ばさないつもりです……
※第7章がかなり長くなり、更に題からも離れてきたため、第64話から第8章に変更しました。
※2019/8/7 スマホフレンドリーに修正しました。
シャイロック邸の中庭で、シャイラさんとトウベイさんが対峙している。
トウベイさんは二本の木刀を脇に抱えたまま、静かに口を開いた。
「最初に、一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、もちろん。何だろうか?」
「あなたは既に他の流派を修められていると見受けられるが、私に教えを請いたい理由をお聞かせいただけるでしょうか?」
シャイラさんは少し考え込んだ後、トウベイさんに返答する。
「私に師匠がついていたのは、私が祖国に居たときまでだ。今は師匠は居ない。従って現在の我が剣は我流であり、さらに成長するには自ら育てなければならない、と考えている。つまり、他の流派でも有用な部分があれば、取り入れさせていただきたいのだ」
その回答に納得したのか、トウベイさんは大きく頷いた。
「なるほど……そういう意図であれば承知しました。私も元々は別流派を学んでおりましたが、他の流派も学んだ事をきっかけに、この流派を立ち上げましたからな。そのお気持ちは分かります」
しかし、トウベイさんはその後に「ただし」と、付け加えた。
「シャイラ様が私の教えを受けるに足るかどうか、見せていただいてよろしいでしょうか? もし、我が剣術を学ぶに足る実力がないとなれば、残念ながらこの話はここまでとさせていただきたい」
トウベイさんの申し出に、シャイラさんも頷いて答えた。
「ああ、無論だ」
「それでは、こちらをお使いください」
シャイラさんはトウベイさんから木刀を受け取り、軽く二、三回素振りする。
「ふむ……当たったら痛そうだね」
「堅い木ですからな」
「では、なるべく当たらないようにしよう」
◇ ◇ ◇
二人は少し遠目の間合いに離れて、それぞれの構えを取った。
シャイラさんは木刀を両手に持ち、それを中段に構えている。トウベイさんは以前見たのと同じように、顔の横に拳が来るほどに木刀を振り上げている。
「それでは、よろしいでしょうか?」
「ああ、いつでも」
「では!」
と言うやいなや、トウベイさんは「キエエエエエッ!」と言う叫びと共にシャイラさんに向かって突進し、そのまま木刀を振り下ろそうとした。
「くっ!」
一瞬、トウベイさんの振り下ろしを木刀で受けようとしたシャイラさんだったが、途中で躱す動きに切り替えたようだ。
斜め後ろにバックダッシュして、トウベイさんの凄まじい斬撃をかろうじて躱す。
外されたトウベイさんの木刀は地面を強く叩き、隙が出来た……のかと思ったら、反動を使ってそのまま木刀が振り上げられ、左、右と下段からの斬り上げがシャイラさんを襲った。
一撃目はかろうじて防いだものの、切り返しの二撃目が手元を襲い、そのまま木刀がはじき飛ばされてしまった。
シャイラさんは木刀が落ちた方向をちらりと見た後、体の正面をトウベイさんに向けたまま、木刀の方に向かおうとする。
しかし、猛烈な速さの突きがシャイラさんののど元に襲いかかり、当たる寸前でぴたりと止まった。
「ここまでですかな?」
「ああ、参った。降参だ」
静かに両手を挙げるシャイラさん。
トウベイさんは落ちた木刀を拾いに行きながら、シャイラさんに質問を投げかけた。
「一つ伺ってもよろしいでしょうか」
「ああ、何だろうか」
「初撃を受けから避けに切り替えましたが、その理由をお聞かせ頂けるでしょうか」
「最初は受けようとしたのだが、なんとなくイヤな感じ――そう、防御ごと切り払われてしまうような予感がしたから、多少無理をしてでも避ける事に切り替えた。残念ながら、時間稼ぎにしかならなかったが」
それを聞いたトウベイさんは、軽く頷くと、拾った木刀をシャイラさんに向かって差し出した。
「では、次はあなたの方から斬りかかっていただけるでしょうか。その後は、我が流派の練習法についてお教えする事にいたしましょう」
シャイラさんは少し当惑した顔をしている。
「その……構わないのか?」
「何でございましょう?」
「私は、貴殿の剣を教わるに足る力がある事を、証明できたのだろうか?」
トウベイさんは、シャイラさんの顔を凝視してから、静かに口を開いた。
「シャイラ様の予感は正しかったのですよ。我が剣の初撃は、受けた相手の防御ごと切り払います。――もし、最初の剣を防ごうとしたならば、相手の力量を測る眼力なしとして、お教えする事をお断りした事でしょう」
そして、わずかな微笑みと共に、言葉が続けられた。
「――しかし、あなたは避けられた」
「できたのは、最初の一撃だけだが」
「それは、今後の修行次第でどうにでもなるでしょう。そうそう、一つだけお願いがございます」
「――?」
微妙に首を傾げたシャイラさんの動きを肯定と受け取ったのか、トウベイさんは言葉を続けた。
「今後は、修行中はお客様ではなく、弟子としての扱いにさせていただきますが、それでよろしいでしょうか?」
それを聞いたシャイラさんは、トウベイさんに頭を深く下げた。
「無論だ。――これから、よろしくお願いする」
◇ ◇ ◇
師弟誕生? の光景を、中庭の隅から見ていた私たち。
ジェシカさんが私に向かって小さく囁いた。
「どうも、問題なさそうですね」
「うん。それにしてもトウベイさん、相変わらずでたらめに強いね」
「いえ、彼の初撃を避けられたシャイラさんも、かなりの物だと思いますよ?」
それを聞いた私は、少し遠い目をした。
「うーん、ただでさえ最近手に負えないのが、もっと強くなるのか……」
と、そこにメイドさんが本やノートを抱えてサロンに入ってきたのが見えた。
「さて、私たちは私たちの事をやりましょうか」
「そだね」
私は再び車椅子を押して、ジェシカさんとサロンに戻っていった。
次回予告。
ジェシカさんが上手く発動できないと言う”魔力探知”の魔法。私はその発動のお手伝いをしたのだけれど、それは、今まで隠していた秘密の一つを暴露してしまう結果となってしまうのだった。
次回「ジェシカさんの魔術教習」お楽しみに!