68.ジェシカさんとのお茶会
次回は編成の都合により短めの話が週二回掲載となります。
つまり、5月13日(月)と16日(木)掲載です。
※2019/8/7 スマホフレンドリーに修正しました。
私たちの前にカップが置かれ、ポットから紅茶が注がれていく。
配膳が済むと、メイドさんは一礼して部屋を出て行った。
「それでは、どうぞ召し上がれ。キームンを、まずはストレートでどうぞ」
ジェシカさんに促された私たちは、紅茶のカップを手に取った。
「いただきます!」
「では、遠慮無く」
紅茶に口をつけたシャイラさんは、感嘆の声を上げた。
「これは……茶葉の質もさることながら、淹れる技術がしっかりしている。見事なものだ」
それを聞いた私も、紅茶に口をつける。なるほど、燻製のようなかぐわしい香りが口の中を滑り落ちていく。よく分からないけど、美味しい。
「確かに。ウォルターズでバイトしているシャイラさんを唸らせるんだから、大したもんだよ」
「お褒めいただき、ありがとうございます。シャーリーに伝えておきますね。さ、サンドウィッチも召し上がってください」
勧めに応じてケーキスタンドからサンドウィッチを取り、いったん取り皿に置いてから、口にぱくり。
ふむ、ハムと新鮮なキュウリの白パンサンドウィッチか。村ならともかく、街中で新鮮なキュウリはお高いのに、贅沢してるなぁ。
紅茶と合わせると、ハムの香りと紅茶のうまみが合わさって、さらに相乗効果がもたらしてくれる。
「これなら、スコーンとタルトにはミルクティーが合うだろうね」
「ええ、仰るとおり。トウベイ? アニーとシャイラさんにミルクティーを差し上げていただけるかしら」
「かしこまりました」
トウベイさんが見事な手つきで紅茶を注いでいる。ストレートの時とは別のティーポットを使っているな。
「お待たせいたしました。ミルクティーでございます」
「ありがとうございます!」
「ありがとう」
早速、少し口に含んでみる。
なるほど、茶葉はストレートの時と一緒だけど、ストレートと比べるとかなり濃く抽出しているようだ。そこに温めた多めのミルクを注いで、濃厚なミルクティーに仕上がっている。
「では、このスコーンと合わせると……」
スコーンを割ってストロベリージャムを塗り、更にクロテッドクリームをこんもり載せて、手でちぎって口に運ぶ。
口の中にストロベリージャムの風味とクリームの味わいが広がっていくが、まだそれが残っている間に、ミルクティーを一口。
「ふわぁ……これはいくらでも入りそう」
もう一口……と口に運ぼうとしたところで、私は大事な事を思い出した。
泣く泣く食べるのを中断して、ジェシカさんに声を掛ける。
「そういえばジェシカ、一つ聞いても良い?」
「はい、何でしょう?」
上品に食べていたジェシカさんは、こちらを向いて首を傾げている。
「シャイロックさんからは、あなたがわたしのファンだって聞いたんだけど……」
「ええ、ファンというか、魔術師としての先輩として尊敬している、と言った感じですね」
「先輩? 魔術師の?」
今度はこちらが首を傾げる番だ。
ちなみに、シャイラさんは気にせず黙々と食べている。それこそお上品に食べるタイプだから、がつがつじゃないよ?
「ええ、さっき言った通り、心拍数が上がるような事、つまり、運動に関係した事は全くできないんですが、魔法は問題ないようなんですよね」
私はそれを聞いて「なるほど」と頷いた。確かに、魔法は幾ら使っても肉体的には疲労しないかな。
「珍しく、私にもできる事があったと言う事で、魔術師ギルドから先生を派遣していただいて、術式魔法を教わっているんです。だいたい……一年半くらいになるかな?」
家庭教師を雇うと言うのは、親が魔術師ではない場合に、魔術師になれる方法の一つかな。お金が一番かかるけど。あとは魔術師の私塾に通ったり。ちなみに、私のように本で独学って言うのはレアケース。普通は魔法に関する本は魔術師ギルドの図書館くらいにしかなくて、ギルド関係者以外は閲覧できないからね。
「冒険者学校の方にも、たまに見学に行かせて貰う事があって、そこでアニーさんをお見かけしたんですよ」
「そんな大した事してたっけ? 最初の方は実習で魔法使ってみせる事もあったけど、最近じゃ他人を教えるばっかりで、滅多に使ってない気が……」
首を捻る私に、ジェシカさんは笑いながら指摘した。
「学生が教える時点で、普通じゃないと思いますけど?」
「あーー、そう言われると、確かに」
「それに、三つの魔法を同時に実行したって聞きましたよ?」
「確かに、それもやったかなぁ……」
「あとは、父から”爆裂弾”を使ったと言うのも聞きましたが?」
「うん、それもやった」
私は両手を挙げて降参の意を示した。
「降参。確かに、他人よりはちょっと魔法が使える事を認めるよ」
制限無しのハニーマスタードと比べると、かなりささやかではあったけど、それでも少し派手だったか……
「そういうジェシカは、何か魔法が使えたりするの?」
私の質問を受けたジェシカさんは、魔法を指折り数え始めた。
「私ですか? えーっと、”照明”、”魔法の矢”……それと、”夜目”ですね」
「え、第二環の”夜目”まで使えるんだ……習い始めて一年半なんだよね? それはちょっと凄いと思う」
私は目を丸くしてジェシカさんに答えた。少なくとも、私の同級生の人達よりは、既に高度な魔法が使えてる。
病気の問題さえなければ、ただでさえ脳筋が多くて魔術師が欠乏している冒険者学校、楽勝で入れてただろうね。
「他にやる事がありませんからね」
「またすぐそういう事を……それで、わたしに何かお手伝いできる事はある?」
私が質問すると、ジェシカさんは人差し指を頬に当てて考え始めた。
「そうですね……なぜか”魔力探知”が上手く使えないから、ちょっと見て欲しいですね」
「そんな事ならお安いご用だよ。あ、でも、このタルト食べてからね」
「ええ、もちろん。このレモンとブルーベリーのタルトは絶品ですよ!」
さっそく私は、気になっていたタルトに取りかかり始めた。
もぎゅもぎゅ食べているところで、もう一つの用件を思い出した私は、口の中のタルトを片付けてから、ジェシカさんにお願いする。
「あ、あと、一つお願いがあるんだけど」
「はい、なんでしょう?」
私はシャイラさんがトウベイさんに剣術を教わりたい事と、シャイロックさんの許可は得ている事を説明した。
「ええ、もちろん結構ですよ。トウベイ、構いませんね?」
「は。それでは、中庭を使わせていただいてよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろん。あ、その前に、シャーリーに私の部屋から魔法の本とノートをここに持ってくるように伝えてもらえるかしら?」
「承知いたしました。シャイラ様、準備をして参りますので、少々お待ちください」
「すまない、よろしく頼む」
ジェシカさんの指示を受けて、トウベイさんは一礼して部屋から出て行った。
◇ ◇ ◇
トウベイさんの帰りを待っている間、なんとなく、話題はシャイラさんの話に移っていった。
「そういえば、シャイラさんは剣士でいらっしゃるんですね」
「ああ、幼い頃から剣を握って修行に明け暮れてきた」
「トウベイですが、彼が認める最低限の腕を持っていなければ、教えてくれないと思います。彼の剣に対するこだわりですから、私や父がどうこう言える話ではありません」
「なるほど」
相づちを打つシャイラさんに対して、ジェシカさんは人差し指を一本立ててから、少しだけ声のトーンを落とした。
「私からは、一つだけヒントをお伝えしておきます。――彼の初撃には気をつけて下さい」
それを聞いた私は、先日の彼の戦い方を思い出した。
「そういえば、こないだは全員最初の一撃で切り捨てていたかな。初撃に全てを賭ける剣法なのかも」
私の言葉に対し、シャイラさんは少し首を傾げて考え込んだ。
「そうか……なるほど、ヒントに感謝する。私のこれまでの経験が、彼のお眼鏡にかなうといいのだが」
「正直、腕前はトウベイさんの方が上だと思うけど……でもシャイラさんも、その辺の生半可な戦士よりは強いから、大丈夫じゃないかなぁ?」
「それは楽しみだね。ま、彼を落胆させないように頑張るしかないな」
と、そこにトウベイさんが戻ってきた。手に1m程の白木の棒を二本、携えてきている。
「シャイラ様、お待たせいたしました。それでは、こちらにどうぞ」
「ああ、ありがとう」
と、トウベイさんはシャイラさんを先導して中庭の方に出て行った。
「――私たちも最初の方は見せて頂きましょうか」
「そだね。お眼鏡にかなうかどうか心配だし」
それを見送った私とジェシカさんはしばし顔を見合わせた後、私たちも中庭に出てみる事にした。
ちなみに、ジェシカさんの車椅子は私が押して行っている。
次回予告。
シャイラさんがトウベイさんに教わるには、彼の試験を受けなければならなかった。しかし、彼の猛攻に対し、二撃も打ち合えずに木刀を飛ばされてしまう。この結果で納得して貰えるのだろうか?
次回「シャイラさんの剣術試験」お楽しみに!