67.ジェシカさんとの出会い
どうもボーナスシーズンは終わったようで、3週間ほど続いたPVが高い時期は、数日前に終焉を迎えてしまいました。
ともあれ、引き続き頑張ります。
※2019/8/6 スマホフレンドリーに修正しました。
私たちはシャイロックさんの自宅に訪れていた。
それまで案内してくれていたミズキさんは店に帰っていき、代わってハーフエルフのメイドさんが案内してくれている。
店舗の方は割とこぢんまりとしていて、それほど豪華でもなかったけれど、こちらの方は建物も大きく、家具などもかなり高そうな物が置かれている。
メイドさんは大きな観音開きの扉の前で足を止め、扉をノックした。すると、中から「はい?」という女の子の小さな声が聞こえて来る。
「お嬢様、シャーリーです。お客様をお連れしました」
「どうぞ、中に案内してください。あと、お茶とお菓子をお願いします」
その言葉を聞いたメイドさんは、扉を開けて私たちを中に誘った。
「こちらへどうぞ」
メイドさんは私たちが中に入るのを見届けると、一礼して扉を閉めて立ち去っていったのだった。
◇ ◇ ◇
部屋に入ると、そこは応接室になっていた。なんと反対側の壁が一面、透明なガラスで覆われていて、春の柔らかな日差しが室内を明るく満たしている。
窓に取り付けるようなガラス自体、教会のステンドグラスくらいでしか見ないのに、こんな大きくて平らなガラスってたぶん、無茶苦茶高い。
窓の外は中庭のようで、芝生や花壇、噴水などがガラスの向こうに見えている。領主館よりは一回り狭いけど、村外れの一軒家と、街中のお屋敷を比べたら駄目だと思う。
部屋の中にはテーブルにソファ、チェアが置かれているが、いずれもかなりの逸品のようだ。
と、そこに二人の人影があるのに気がついた。
一人は先日逢ったトウベイさん。執事のような格好をして立っている。
そしてもう一人は、車椅子に座っている私と同年代くらいの女の子だった。恐らく絹で出来ているのだろう、日差しの中で美しく輝くワンピースに、カシミアのショールを身にまとっている。長いブロンドの髪を後ろに綺麗に結い上げていて、綺麗なんだけど全体的に精気が無いように見える。背は座っているから分からないけど、たぶん私と同じくらい、つまり、ちょっと低めのように見える。体は細身、なんだけど、出る所はしっかり出ている感じ? ちぇっ。
私たちが入ってきたのを見た女の子は車椅子から立って、私たちに向かって挨拶の仕草を見せた。
「初めまして、アニーさん、シャイラさん。ジェシカ・ベルモントと申します」
ちなみにトウベイさんは、小さく目礼をしている。
「いえ、こちらこそ、アポなしでいきなりごめんなさいね」
「私の方は何も用事はありませんから、全く問題ありませんよ」
と、ジェシカさん、両手を体の前で組んだかと思うと、声のボリュームが上がってきた。
「それより、皆さんにこんなに早くお会いできて、本当に嬉しいです!」
その様子を見たトウベイさんが、耳元で小さく「お嬢様、まずはお座り頂いた方が」と囁いた。
「ごめんなさい、つい興奮してしまって。どうぞお座り下さい」
「はい、失礼しますね」
「それでは、失礼する」
私たちは招きに応じて、それぞれの椅子に腰を下ろす。
ジェシカさんは車椅子に座り、トウベイさんがテーブルの前まで押していった。
◇ ◇ ◇
「それでは、改めまして、本日はご来訪ありがとうございました」
ジェシカさんの仕切り直しての挨拶に、私たちも頭を下げてそれに応えた。
「こちらこそ、お招きありがとうございます」
「お招きいただき、感謝する」
ジェシカさんが病気だという事を思い出した私は、まずは彼女の体調について質問してみた。
「あの、病気との事ですが、体調は問題ありませんか? もし体調がよくないようだったら、調子がいい時に出直しますが」
「あら、私は永くはありませんから、早いに越したことはありませんよ?」
余りにあっさりとした物言いに、私はあっけにとられてしまう。
それの様子を見たジェシカさんは、軽く肩をすくめてから口を開いた。
「どうやら、まず私の心臓についてご説明した方がよさそうですね」
ジェシカさんの説明によると、何もしなければ問題ないものの、ちょっと運動したりするとすぐに息が切れたり動悸が激しくなったりするんだそうだ。
身体能力的には全く支障がないにも関わらず、その発作を防ぐために、最近では車椅子での移動が主になってしまっている。
小さい頃はまだ、全力疾走でもしない限り発作が起きなかったのが、最近では少し階段を上ったり早歩きした程度で発作が起きるようになり始めているとかで……
「父も色々試してみてはいるようですが、なかなか上手くいかないようですね。私自身は生来のものとして、あきらめた方がいいと思っているのですが……ただ、進行しているようなので、いずれ車椅子での移動も困難になるでしょう」
「それは……」
重い話過ぎて、声の掛けようが見つからない。
「口さがない人達は、金を取り立てられた人達からの呪いだとか言っていますが、呪いの方が楽ですよね? ”解呪”で治っちゃうんですから」
ジェシカさんは苦笑しながら言葉を続けた。
「残念ながら、”解呪”も”病気治癒”も試し済みなんですよ。その人の本来の寿命を縮めている病気だったら、”病気治癒”で治るらしいんですけど、私の場合、寿命そのものが尽きるのが目前って事なんでしょうね」
あっけらかんと話すジェシカさんを、私はじっと見つめている。
線が細いようにも見えたけど、実際には芯が強い女の子なんだろうか? それとも諦めの境地に達してしまっているのだろうか……
私は少し考えて、なんとか言葉を絞り出した。
「ごめんなさい、医術の事は詳しくないから、わたしにも治す方法があるかどうか分からないけど、リチャードさんにも聞いてみたいと思います」
「噂に名高い錬金術師のリチャードさんですか?」
「うん。リチャードさんも医者じゃ無いけど、魔法に関する事は詳しいから、なにかいいアイデアを持っているかも」
「お気遣い、ありがとうございます――でも、治す方法は見つからなくて当然なんですから、気にしないで下さいね?」
自分自身で希望は無いと言う事を明るく言う彼女に、私は当惑するしか無かった。それに対してジェシカさんは、あくまで些細なことを話すように明るく振る舞っている。
「私たちはすでに人事を尽くしています。もう、あとは天命にゆだねるしか無いんですよね。それに……同情されるためにお伝えしたわけでもありませんし、病気のことは気にしないでいただけると嬉しいです」
と、唐突に私たちに向かって頭を下げた。
「――いけない。ごめんなさい、せっかく心配して下さっているのに、こんな事を言ってしまって。私が言いたいことは、同じ歳なわけですし、普通に喋ってくれると嬉しいと言う事なんです」
しまった、自分自身で、ミズキさんにかわいそうだから友だちづきあいするというのは違う、と言っておいて、余りに重い話にすっかり吹っ飛んでしまっていた。
私は病気ではなくて、まず、彼女自身を見なければならなかったのだ。
私は少し考え込んでから、自分の頬を両手でパチンと叩いて、頭を下げた。
「うん! ごめん!」
いきなりの謝罪に、目を丸くするジェシカさん。控えているトウベイさんも、わずかに目を見開いて私を見つめているようだ。
「確かに、いきなり病気の事から入ったのはわたしが悪かった。なので、これからジェシカさん、いや、ジェシカをまずは同級生として扱うことにする!」
と、宣言してから、「これでいい?」と付け足した。
それを見たジェシカさんは、笑顔になって頷く。
「ええ、それでお願いします、アニーさん。シャイラさんも同じようにお願いできますか?」
「ああ、そうだな、そのようにしたいと思う」
普段の様子を崩さないシャイラさんに、ジェシカさんは小首を傾げた。
「シャイラさん、変わってない事ありません?」
「あー、シャイラさんはいつもこんな感じだから。これが普通」
私が手をひらひらさせながら代わりに答えると、シャイラさんは少し狼狽えながら相づちを打つ。
「そ、その通りだ。すまない、私はこれしかできない」
「大丈夫ですよ、普段通りで」
どちらからともなく、笑い声が漏れ出してきた。
室内は和やかな雰囲気に変わり、トウベイさんが私の方を見て軽く目礼をしてきた。私も軽く応えておく。
と、そこにノックの音が小さく聞こえてきた。
「お嬢さま、お茶の用意が出来ました」
「丁度いいタイミングね、シャーリー? どうぞ、お願いします」
ジェシカさんが答えると扉が開き、ティーポットとケーキスタンドを載せたカートを押してメイドさんが入って来た。
ジェシカさんはそちらに一瞬視線をやった後、胸の前で軽く二回ほど手を叩いた。
「さあ、色々丸く収まったところで、まずはお茶をいただきましょう! うちのお茶とお菓子はちょっとした物なんですよ?」
次回予告。
ジェシカさんが用意してくれたアフタヌーンティーを楽しむ私たち。彼女から魔術に関して教えて欲しいと相談された私は、それを引き受ける代わりに、シャイラさんがトウベイさんから剣術を教わりたいと言うお願いを持ち出すのだった。
次回「ジェシカさんとのお茶会」お楽しみに!