66.シャイロック邸へ
風邪を引いてしまいました……インフルエンザも流行っているようなので、皆様お気をつけ下さいませ。
※2019/8/6 スマホフレンドリーに修正しました。
「会長、アニー様ともうお一方をお連れいたしました」
中に入ると、そこそこ広い書斎のようになっていた。床はふかふかの絨毯が敷き詰められている。
正面には大きな黒檀の机があり、壁には様々な本や酒瓶、コップが入った棚が並び、脇には応接セットが設えられていた。
シャイロックさんは、その正面の机で何やら書類に目を通していたが、私たちの顔を見ると椅子を立って迎えてくれた。
「おお、ようこそいらっしゃいました」
「こんにちは、図々しくも早速、遊びに来ちゃいました」
私は軽く頭を下げると、シャイラさんを紹介した。
「こちらは私の友人です」
「初めまして。シャイラ・シャンカーと申します」
シャイラさんは、胸の前で両方の手の平を合わせる紅茶の国式の挨拶を行った。
シャイロックさんもその挨拶を知っていたのか、同じようにシャイラさんに返してきた。
「これはこれはご丁寧に、確か、紅茶の国からの剣士さんでしたか」
シャイラさんの事も知っているのか……まあ、私について調べたのだったら、当たり前かも知れないけど。
「ところで、店の方に招かれざる客がいらっしゃったようですね。いきなり乱暴な所をお見せしたようで、申し訳ない」
「お金がある所に犯罪者が来るのは仕方ないと思いますよ? まだチャンスを与える分、温情があると思いますけど」
シャイロックさん、私の返答に「そう言って頂けると助かります」と言いながら頭を掻いている。
そして、「そうそう」と手を叩いた。
「お茶とお菓子をご馳走する、と言う事になっておりましたね」
「はい、まあ、私としては、魔法を勉強されていると言うお嬢さんに興味を持ったからもありますが」
あと、私のファンと言う事にもね?
「それは娘も喜ぶと思います。その……わざわざこちらに来て頂いたのに申し訳ないのですが、娘は今、自宅の方におりまして、そちらにご足労いただけないでしょうか? こちらで私のような年寄りと頂くよりは、まだ楽しいでしょう」
「ええ、お嬢さんにもぜひお会いしてみたかったので、私は構いませんよ」
シャイロックさんの申し出に、私は快諾した。ただ、シャイラさんの件があるので、それを確認しておく。
「あ、ただ、先日の護衛の方……トウベイさんでしたか? 勝手なお願いで申し訳ないんですが、彼にシャイラさんの剣術を見て頂けるよう、お願いできるでしょうか?」
それを聞いたトウベイさんは、柔らかな笑みを浮かべている。
「ああ、それなら都合はいい。彼は私の自宅で娘の護衛をしておりましてね。私が許可したとお伝え下さい」
「そうですか、ありがとうございます」
「ご配慮、感謝します」
シャイラさんもシャイロックさんに向かって頭を下げた。
「さて、それでは、早速向かって頂くとして……」
シャイロックさん、私から視線を移して店員さんに向かって声を掛けた。
「ミズキくん、すまないがお客様を私の自宅に案内して貰えるかな。アニーさんを案内したと伝えれば、分かるようになっているから」
「ご自宅ですか? 承知いたしました」
店員さん――ミズキさん?――は、シャイロックさんの指示に恭しく頭を下げている。
「それでは、アニーさん、娘をよろしくお願いします。私も後ほど参りますので」
「はい、それでは後ほど」
と言う訳で、私たちはミズキさんに連れられて、お店の裏口から外に出て行ったのだった。
◇ ◇ ◇
「ここから歩いて10分程度かと思います。ご足労をおかけして申し訳ありません」
「いえ、大丈夫ですよ?」
私たちはミズキさんに連れられて、商業層から住宅層に向かって歩いている。
少しの間、沈黙を保った後、私はミズキさんに向かって口を開いた。
「あの、ミズキさん、でしたか?」
「はい、トウゴウ・ミズキと申します」
「お名前からすると、極東からいらしたんですか?」
「はい、15年くらい前でしょうか……ヒノモトより、祖父のトウベイに連れられてこちらに移ってきました」
その返答を聞いて、私は驚きの声を上げた。
「あ、トウベイさんのお孫さんなんですか! なら、それだけお強いのも分かります!」
「いえ、私などはまだまだ修行中の身で……ともあれ、恐れ入ります」
また少し沈黙が流れた後、今度はミズキさんの方がおずおずと口を開いた。
「あの……一つ質問してもよろしいでしょうか?」
「はい?」
「お客様はお嬢様のお知り合いなのでしょうか?」
「まあ、今のところは一方的に向こうがわたしを知っているだけですけど、ね」
「は、はあ」
釈然としない様子のミズキさんに、私は先日の一件を簡単に説明した。
もちろん、空を飛んだ話は抜きで、たまたま襲われている所に遭遇した、と言うことにしてある。
「なるほど、それで祖父の事もご存じだったのですね」
「トウベイさんの剣技、凄かったですよ」
「ありがとうございます。祖父は剣の道にすべてを捧げてきた人間ですから、そう言われると嬉しいです」
「私も剣士の端くれとして、ご祖父様とお話しができるのが楽しみですよ」
「シャイラ様もありがとうございます。ただ、剣の事に関しては、祖父は鬼になりますので、お気をつけ下さい」
そして、またしばらく沈黙を守った後、ミズキさんは意を決したように私に向かって口を開いた。
「あの、私から申し上げるのは僭越な事ではあるのですが」
真剣な物言いに、私は小首を傾げてミズキさんが続きを話すのを待った。
「その……会長はお嬢様を非常に大事にされております。お嬢様のご病気を治す方法を探るべく、ご自身がどのような噂を立てられても構わずに、資金を集めておいでです」
なるほど、謎だった資金の使い道はこれだったのか。その病気について詳しい話は聞いていないけど、相当厄介な病気なのかな。
「お嬢さまはご病気と……身の安全のために、学校には通われていません」
まあ、それだけ恨みを買っていると、見境なしに攻撃される事もあるだろうね。
「会長が、お嬢様のために同年代のお客様を自宅にお招きするような事は、私は今まで見た事も聞いた事もありませんでした。アニー様はそれだけ会長に見込まれたのだと思います」
そして、ミズキさんは立ち止まって私に向かって頭を下げた。
「私は従業員として、会長とお嬢様を敬愛しております。お嬢様の事を、なにとぞよろしくお願いいたします」
真剣な顔のお願いに、茶化すのも申し訳ないし、私はこめかみを掻いて小さく呟いた。
「うーん、それを聞いてしまうと、なんだか責任重大だねえ……」
私は少し考えてから、言葉を選びながら返答した。
「今のところは、お茶のお誘いを受けただけですから、それ以上はなんとも、分かりませんね。かわいそうだから友だちづきあいすると言うのは、違うでしょう?」
「はい、うわべだけで無理をされる事を望んでいるのではございません。お嬢様を大切に思っている人間がいる、と言う事をご存じいただければ、それで結構です」
そして、ミズキさんは再び歩き始めた。
◇ ◇ ◇
「さ、そろそろ目的地です。ご足労、ありがとうございました」
私たちは、住宅層の中でも、いわゆる高級住宅街とされている地域で、そのなかでも大きな家が建ち並ぶ界隈に入ってきていた。
そして、ミズキさんはある一つの大きなお屋敷の前で立ち止まる。
「こちらです。少々お待ち下さい」
そして、立派な扉に設えられているノッカーを使い、家の中の人達に訪問を告げた。
しばらく待つと、メイドさんが顔を出してきた。金髪で少し尖った耳が見えていて……どうも、ハーフエルフのようだ。
ミズキさんはそのメイドさんの耳元で何事かを囁いている。
「ようこそいらっしゃいました。どうぞお入り下さい」
と、私たちはメイドさんに誘導されて玄関の中に入っていった。
ただ、ミズキさんは外に残ったままだ。
「私は店での仕事がありますので、これで」
「はい、今日は色々ありがとうございました」
「それでは、お嬢様をよろしくお願いいたします」
と、ミズキさんは私たちに向かって深々と頭を下げて、お店の方に歩み去って行った。
次回予告。
自分には先が無いと言う事を軽い口調で語るジェシカさん。しかし、同情されるために話したのでは無いと言う言葉に、私は病気のことを気にした事自体が間違っていた事に気付いたのだった。
次回「ジェシカさんとの出会い」お楽しみに!