64.正当な商売とは?
なぜだか理由は分かりませんが、ここ一週間ほどPVが高めに推移しています。本当にありがたいことです。
※2019/8/6 スマホフレンドリーに修正しました。
冬休みが終わって、いよいよ学校が始まった。
始業前のざわついた雰囲気の中、クリスが教室に入ってくるや否や、こちらに向かって駆け寄ってきた。
「なあなあ、アニさん。昨日のアレ見た!? アレ」
「アレって? こっちに帰ってきたのは昨日の夕方だから、それより前なら知らないかな」
何のことかわからず首をひねる私に、クリスは派手な身振り手振りを交えて説明する。
「出たんよ、ハニーマスタードが!」
「そりゃまあ、どこから来るのか知らないけど、出る時は出るでしょ?」
なんか幽霊か害虫みたいでヤだな。この表現。
「それだけとちゃうねん。空を飛んでてんで、空!」
あー、その話か。
「昨日はええ天気やったんやけどな、その青空の下、ホウキやないけど杖に乗ってひらりひらりと飛んでたんよね。あれはまさしく伝説の魔女やな」
「魔女じゃなくて、自称、魔法少女だったよね?」
「魔法少女の伝説はあらへんからなぁ。結局、同じことかも知れへんけど」
個人的にはその区別はこだわりたいところではあるんだけど。ここで強調するのも、ね?
「で、ハニーマスタードは魔法でなんとかしているとして……アニさんは空飛ぶ方法知らんやんな?」
「うーん、浮遊でぷかぷか浮かぶことはできるけど……飛ぶってことは、その状態で高速移動する事だよね? そんな方法は聞いたことはないかな」
自分で考えたから、聞いたことはない。うん、嘘は言ってない。
「ということは、アニさんが知らんほどの知識を持ってるって事なんやな。ハニーマスタード、恐るべしやな」
「ハニーマスタード役としては気になる?」
「せやな。また演る事になったら、飛び方考えなあかんわ」
「わたしも特殊効果担当として、クリスの飛ばせ方、考えとくよ」
クリスは腕を組みながら、しばし遠い目をしていた。どうも、自分が飛んでいる姿を想像しているようだ。
「ホント、ああやって自由に飛べたら、さぞかし気持ちええやろなぁ」
「今の時期、着こまないと寒いけどね」
「そらアニさん、夢ないでぇ。せっかくなんやから、気持よく飛ばな」
「あはは、ごめんごめん」
◇ ◇ ◇
これ以上、この話題を話すとボロが出そうだし、ちょうど教室に入ってきたリズさんに別の話を振ってみる。
「あ、そうだ、リズさん、おはよう。ちょっと聞きたい事があるんだけど」
「ごきげんよう、アニーさん。――何を聞きたいのかしら?」
「シャイロック商会ってどんな所か知ってる?」
軽い感じで聞いてみたんだけど、割と険しい視線と共に返事が返ってきた。
「あら、わたくしに、シャイロック商会の事を聞きますの? いい度胸ですわね」
え、なにかまずい事聞いたかな?
言いよどむ私の顔をじっと見て、リズさんは大きくため息をついた。
「……はあ。まあ、アニーさんはご存じありませんわね。シャイロック商会は、フライブルクを治めている五大商会の一つですわ」
「あー、なるほど、つまり、ライバル商会、と」
私の返答を聞いたリズさん、もっと目つきが険しくなった。
「アニーさん? わたくしが競合相手だから口にしたくないような人間だと思っていますの?」
そしてリズさんは腕を組んで、シャイロック商会について話し始めた。
「シャイロック商会は商会とは言うものの、実質ただの高利貸しですわ。わたくしとしては、あのようなところを商会とは認めたくありませんの。わたくしは正しい商業活動とは、物資や情報の移動によって正当な報酬をいただき、お客様も商会側もそれによって発展する、Win-Winの関係の事を指していると考えておりますわ」
商売の信条に関する話になってしまっては、私は「はあ、なるほど」と生返事を返すしか無い。
「それがあの商会と来たら、手持ちの資金を右から左に融通するだけで、多額の利益を得ておりますわ。そして彼らの売っている商品は、借金が返せない人間から取り上げた物ばかり。それで足りなければ、女子供でも働かせていると耳にしております。とても同じ商業者という枠組みに入れて欲しくありませんわ」
「――まあ、正統派の商売人から見たら、あそこは商売人とは見なしとうないかもしれへんなぁ」
後ろから聞こえた声に振り向くと、クリスが両手を頭の後ろで組んで、私の後ろに立っていた。
「あら、クリスさんには別のご意見があるようですわね」
「実際、あそこのお陰で助かった人間はそれなりにおるからなあ」
クリスは両手を頭から離して腰にやり、リズさんの方に向き直る。
「シャイロック商会は確かに金利が高い。でも、他では金をよう借りられへんような貧乏人相手でも、きちっと貸してくれるという事なんよね。ま、それで返せんかった場合、確かに担保を売り飛ばすけどな、うちが見た感じ、まあ正当な価格での販売で、買い叩いてたりはしてない感じやな」
「――確かに、シャイロック商会の間口が広い事は否定はしませんわ。我が商会は資金も商品も持っていない人間は相手にしませんから」
「女子供については……いかがわしい商売ではなくて、ある程度しっかりした商売を紹介しているらしいで? シャイロック商会は金を返して貰える。借りた人間は女子供でも返済できるような仕事を紹介して貰える。それこそ、Win-Winちゃうかな」
「……そうですわね。さすがに、法的あるいは倫理的のいずれかに何らかの問題があるようでしたら、五大商会に含まれる事はありませんわ」
リズさんは肩をすくめてクリスの意見に同意する。
「わたくしが問題としたいのは、高い利益を得ていながら、街あるいは顧客に還元しようと言う姿勢が全く見られない事ですわ。私たち商業者は、街やお客様によって生かされている事を忘れてはなりませんの」
「ま、やたら金にがめつい言うんは否定せんけどな。その割に商会の建物も普通やし、どこかで金を使っているんか、それとも溜め込んどるんかは知らんけど」
「そうですわね。それはわたくしも同意しますわ。かなりの利益を上げている筈ですが、それで事業を拡張しようとする気配はないようですわね」
リズさんとクリスのやりとりを見ていた私は、首を傾げながらぽつりと呟いた。
「なんだか、あんまり評判よくないみたい?」
「そう、それでアニーさん、シャイロック商会がどうかしましたの? それこそ貴方ならば借金とは無縁でしょう?」
「いやあ、休み中の話なんだけどね――」
私はかくかくしかじかと、休み中の一件について説明した。
「なるほど、そんな事がありましたの」
「話をした感じ、普通の気のいいおじさんみたいな感じだったんだけどね」
「そうですわね。商売がらみの時とそうでない時では、異なった顔を見せるタイプなのでしょう。それにしても、貴方のファンとは、また酔狂な娘もいたものですわね」
リズさんの反応に、私は肩をすくめて答える。
「まあ、わたしも物好きだとは思うけどねぇ」
「とはいえ、アニーさんもお姉様ほどではないとはいえ、客観的に見ればひとかどの人物と言えなくもありませんわ。確かに、目の付け所は悪くありませんわね」
一応、お褒めにあずかっているの、かな?
「でまあ、お茶に誘われているんだけど、行ったもんだかどうしたもんだか、まだ決めていなくて。誰か一緒に行ってくれる人はいる、かな?」
私の提案に、まずリズさんがぴしゃりと反応する。
「わたくしは行くわけありませんわ」
それを聞いて、私は「だよねぇ」と苦笑する。
「でも、アニーさんは別に行ってみてもいいんじゃないかしら。せっかくのファンがいらっしゃる事ですし?」
ファンはさておき、確かに、魔法を勉強しているという子には興味あるかも。
そして、マリアとクリスからも、肯定的な返事は返ってこなかった。
「ごめんなさい、うっかり行くと、金貸しという職業に対して説教したくなりそうなので、止めておきます!」
「悪いけど、今回はうちもパスやな。あそこには変に貸し借りを作りとうないわ」
とまあ、こんな感じで皆の反応はイマイチ。
「まあ、雰囲気聞いてたら仕方ないよね。どうしようかな、一人で行ってもねぇ……?」
「ふむ……では、わたしがご一緒させてもらって構わないかな?」
シャイラさんだけは同行を同意してくれた。
予想外の反応に、私は小首を傾げてシャイラさんに問い返す。
「あれ、シャイラさん興味あるの?」
「護衛のご老体、アニーくんから見ても素晴らしい腕前だったのだろう? フライブルクに来てからは、なかなか熟練の剣士と手合わせする機会はないからね。可能ならばぜひ一度、と思っての事さ」
「うん、一応、わたしが貸しを作っている事になっているから、立ち会いをお願いできるかも」
私の返答に、シャイラさんは口元を緩めた。
「それは楽しみだ。今日の放課後は空いているから、何なら今日でも構わないよ」
「わたしも暇だし、じゃあ早速、今日にでも行ってみようかな」
そんなこんなで、放課後にシャイラさんと二人で、シャイロック商会に訪問する事になったのだった。
「ま、明日感想を聞くのが楽しみですわ。せいぜいお気をつけて行ってらっしゃいませ?」
なぜかレポートが課せられたけど……
次回予告。
早速、放課後にシャイロック商会に初訪問する私たち。そこでまさかの荒事に遭遇するが、店員さんは当たり前のように処理してしまう。これって普通の事?
次回「シャイロック商会の初訪問」お楽しみに!