61.飛んで火に入るのはどちらかな?
残酷なシーンあり。です。
※2019/8/6 スマホフレンドリーに修正しました。
私は、山賊達が馬車を包囲している所にいきなり出くわしてしまった。
山賊達は、騎乗しているのが7人、徒歩が5人の、都合12人。揃いも揃ってむさいおっさん揃いで、薄汚れたレザーアーマーやらハードレザーやら、装備の統一も取れていない、絵に描いたような山賊だ。
馬車の方は小ぎれいな二人乗りだけど、密閉型なので中に誰が乗っているのか分からない。御者は……黒いコートを着た、長い白髪を後ろにまとめてくくっている細身のお爺さん。絹の国か、極東の人のように見える。
そんな光景を目にした私は、草むらからそっと出てきて、腕を組みながら山賊達に声を掛けた。
「あらあら、こんなところで強盗?」
「だ、誰だッ!?」
後ろから不意に声を掛けられた山賊共は、慌ててこちらを振り向いた……が、私の姿を見て、緊張が緩む。
「……なんだ、ガキじゃねぇか。そんなに着込んで、風邪でも引いてんのか?」
そう言われた私は、自分の格好を見直してみた。
濃紺の魔術師の帽子、これはいつもと一緒。
度が入っていない丸眼鏡。白いマフラーで口元まで覆ってる。分厚いコートに革手袋、黒いタイツにブーツ、と。
おお、見事に露出ゼロだ。
この辺りの冬はそれほど厳しくはないから、普通じゃここまで着込む必要はもちろんない。なので、山賊達が不思議に思うのも、無理も無いかな。
「ま、よく考えるとそこまで着込める程の金はあるって事か。おい、お前ぇら、臨時ボーナスだ。ついでにこいつも掠っておきな」
と、大柄で毛皮のコートを着て騎乗しているボスらしき男が声を掛けると、それに応じた私に最も近い徒歩の二人が、こちらに向かってじわじわと迫り始めた。
「待て、お前達の相手はこちらじゃないのかね?」
御者の人が、鞘に入った剣を片手に御者台から飛び降りながら、山賊達に向かって声をかけている。
「なに、せっかく鴨がネギ背負ってやってきてくれたんだ。ありがたく頂戴しねぇとバチが当たるってぇもんよ。お前ぇの相手はオレ達がやってやるさ」
と、ボスが答えると、馬車を包囲している徒歩の三人が抜剣した。騎乗している六人のうちの二人も、馬から下りて剣を抜こうとしている。
馬車の方は包囲はしたものの、まだ周囲を取り囲んで手を出しかねている状態のようだ。
御者さんも鞘に入ったままの剣を左手に持って腰の辺りに構え、右手を柄にやっている。
◇ ◇ ◇
さて、こちらの方はと言うと……
「さあて、お嬢さん、いい子だから抵抗するんじゃねぇぞ?」
二人とも剣は腰に帯びているが、素手で向かってきている。ま、その辺の村娘なら、飛んで火に入る夏の虫よろしく、そのまんま拘束されてしまう所なんだろう。
ところが、飛んで火に入るのは、山賊達の方なんだよね。
私は右手に持った両手杖で、地面を軽くとんと突くと、魔法の詠唱に入った。
「"マナよ、我が求めに応じ万物を砕く破壊の炎となれ"」
目の前に紅く光る魔法陣が構築されて行く。
「なっ……魔法!?」
魔法陣を目にした山賊どもは、驚きの余り、愚かにも立ち止まってしまった。
街中では、基本的に私は致死性の高い魔法は使っていない。明確な犯罪者だったとしても、殺してしまうと事情聴取の厳しさが増して、ハニーマスタードの変装を解く事が強要されかねない。それに正直、うっかり間違えて、なんて事になってしまうと、こちらが犯罪者だし。
でも、外だと話は違う。基本的に弱肉強食の無法地帯。バレなきゃ殺そうが奪おうが、お構いなしだからね。それに、仮に山賊どもを捕縛して引き渡しても、死罪になるだけで結果は一緒だし。
「――爆裂弾!」
魔法陣の中心にきらめく火球が姿を現し、二人組の方に向かって飛んで行く。
そして、並んで立ちすくんでしまっている山賊達の真ん中に着弾し、火焔混じりの爆風が周りをなぎ払った。
それが晴れた後は、吹き飛ばされた山賊二人が、ボロ布のようになって倒れ伏しているのが見えた。生きているのか死んでいるのか、最早ピクリともしていない。
「なにッ!?」
爆発音に驚いた山賊達の視線がこちらに集中する。
「飛んで火に入るなんとやら、ってね。誰がカモだって?」
私の渾身のドヤ顔に挑発され、馬車と私の間の山賊が、こちらに向かおうと体の向きを変えかけた。
その時、御者さんが「お前達の相手はこちらだと言っただろう?」と、山賊達に向かってぽそりと口にする。
そして次の瞬間、「キエエエエエッ!」と叫んだかと思うと、一人の山賊に瞬時に走りより、低い姿勢から剣を鞘走らせた。
ぞんっと言う音と共に、下から切り上げられた山賊は、上半身が真っ二つに切り落とされてしまう。恐ろしい程の斬れ味だ。
最初の山賊が地面に倒れ伏す前に、次の相手に剣を大きく振り上げながら飛びかかり、今度は袈裟懸けに斬り下ろす。
もう一人もほとんど同じ。かろうじて右手の剣で防ごうとしたものの、間に合わず胴体を真っ二つに。
次の一人は、上段からの斬撃に剣を頭の上に上げてかばうことが出来た……かと思ったものの、そのまま斬り下ろされる剣の勢いを防ぎきれずに、脳天から唐竹割りにされてしまった。
最後の一人も、きびすを返して逃げようとしたところを背中からバッサリ斬られてしまう。
◇ ◇ ◇
7人もいた徒歩の山賊達があっと言う間に全滅し、残る騎乗の山賊5人に動揺が走った。
そこに、御者さんは抜剣したまま走り寄っていく。
一人の山賊は、騎乗状態からの攻撃は不慣れなのか、わたわたと剣を振ろうとしている所をあっさりと切り払われて撃沈。
もう一人の山賊は、慌てて馬から降りようとしたしたところをバッサリ。
少し下がっていたところで見ていた親玉らしき毛皮の男は、騎乗のまま、右手に握ったファルシオンを御者さんに向かって突きつけた。
御者さんは少し警戒したようで、立ち止まって様子を見ている。
「恐ろしい程の腕前だな。だが、オレも頭目として、あっさり引き下がる訳にはいかん。いくぞ!」
そして、御者さんの方に向かって馬で突進を始めた。横をすり抜けつつ、その勢いを生かしてファルシオンで切り払うつもりなんだろう。
山賊の割に、意外にも鋭いなぎ払いではあったが……あっさり跳躍で躱され、更に御者さんは、親玉のファルシオンを持った右手を踏み台にして飛び上がった。
ざんっ!
御者さんが着地した時には、親玉の頭は胴体から離れてしまっていた。
胴体の方は、首から血を吹き出しながら、まだ走っている馬の上にしばらく乗っかっていたが、すぐに馬からずるりと落ちてしまう。
さて、親玉は片付いたとして、あと二人は……あ、一目散に逃げ出してしまっている。
雷撃あたりを撃っても良かったんだけど、流石に逃げてるのを後ろから撃つのはね。爆裂弾を撃っておいて、更に雷撃まで撃ってしまうと、その辺の村娘っぽくないし。いやまあ、その辺の村娘は、爆裂弾も撃たないけどさ。
「他愛も無い……」
御者さんは、一言呟いた後、剣を一振りして血を払うと――なんと、軽く振っただけなのに綺麗に血がなくなってる――静かに鞘に納めた。カチンと言う音が、静かになった草むらに響き渡る。
私は見事な剣技に思わず拍手してしまった。革手袋をしたままなので、ぽんぽんと小さな音がしただけではあるけど。
「お嬢さんには、無用の殺生をさせてしまいましたな」
御者さんは私に話しかけると、馬車の方をちらりと見た。
「――失礼、我が主が、お嬢さんに挨拶したいと申しております」
そして、馬車に向かって歩み寄り、その扉を静かに開けた。
アニーが攻撃した分に関しては、生死を明らかにしない優しさ?(初稿は物言わぬ骸扱いにしていたり)
次回予告。
馬車から現れたのは、フライブルクのとある商会主だった。お礼と称したお誘いをいただいたけど、私と繋がりができる事がそんなに大層な事なのかなあ?
次回「馬車の中にて」お楽しみに!