60.空へ!
最近、ぼやっとしか決めていなかった最終章のプロットを、細かく決め始めています。細かい部分で整合性を取るのがなにかと大変です。
もっとも、最終章までにはまだまだエピソードが待ち受けていますので、おつきあい頂けると嬉しいです。
※2019/8/6 スマホフレンドリーに修正しました。
図書室を出た私は、早速コートを羽織って中庭に向かった。
まずは浮遊で空中に浮かび上がり、次いで、本命の魔法の詠唱を開始する。
「"マナよ、万物を引き寄せる力の源となりてここに現れよ"――重力子」
私から少し離れた位置に、小さく丸い”闇”が現れた。ただ、この距離では何も力を感じない。そこで、重力子を目の前に近づけてみると……次第に体が引き寄せられて行くのを感じた。
うーん、自分が直立した状態では、やりづらいかな。
重力子が引っ張る力は、距離の二乗に反比例する。なのでたとえば、お腹の前に重力子があると、お腹だけつままれて引っ張られる感じになってしまうのだ。
できれば重力子に近づけるのは、堅くて断面積が小さい、つまり、細長い棒状の物体がいい。
「ああ、あれならいいか。――見た目、魔女っぽくなっちゃうけど」
ベストチョイスを思いついた私は、自室に駆け戻って一本の両手杖を持ち出してきた。魔女ならホウキなんだろうけど、流石にそれは避けたい……魔法をかけたり格闘したりする時にも使える両手杖と違って、ホウキじゃ乗る以外に実用性ないし。もちろん、お掃除には使えるけどね?
「よーし、今度こそ」
私は両手杖にまたがり、そのまま浮遊を発動させる。建物を背にしてぎりぎりまで下がって、なるべく低い上昇角で中庭の反対側の建物を超えられるようにしておく。
そして、重力子を杖の目の前に発動してみた。
重力子が発動すると、最も近くにある杖の先端が、重力子に引かれて「落ちて」いく。杖にまたがっている私は、もちろんそれに引きずられて進んでいく。
「いける、いけるかも!?」
このままの水平移動だと、建物にぶつかってしまう。そこで私は杖を少し上に引いてみた。これでベクトルが少し変わり、上昇角をつける事ができたようだ。
杖に対する相対座標で出現させている重力子は、安定して杖に対して駆動力を伝えている。私はそのまま上昇を続け、領主館の二階建ての建物を飛び越えて行った。
今のところ歩くより少し早い速度ではあるものの、確実に飛行と言える状態になっている。
「上昇はできたから……左右旋回はどうかな?」
私は体を左右に傾けてみた。重心を動かすことによって、左、右と、自分の意思通りに旋回できる事を確認する。
「次は最高速度の検証、と」
重力子が杖に近ければ近いほど加速度が増していくはず。そう思った私は重力子を更に杖に近づけてみた。
それにより加速力が高まり、速度がぐんぐん上がっていく。……数十秒後、空気抵抗と加速度がつりあったようで、一定の速度で変わらなくなった。
「馬の全速力で走った時と同じくらい……かな?」
体の周りを冷たい風が吹き抜けていく。木々よりも少し高い高度を飛行しているため、足下を木々が結構な勢いで通り過ぎていっている。
だいたいの雰囲気をつかんだ私は、いったん戻る事を決意し、軽く旋回して再び領主館付近まで戻ってきた。
中庭への着陸に向けて……減速は、はて、どうしよう?
まずは重力子を解除してみよう。空気抵抗によって次第に速度は下がっていく。でも、ちょっと下がり方が不十分かな。
そう思った私は、杖を直立に近くなるまで引いて、それにしがみつくような体勢、つまり、私自身の体がほとんど直立状態になるように引き上げた。
この体勢だと普通に乗っている状態よりも空気抵抗が高いため、更にいい感じに減速していく。
こうして、着地の瞬間にぱたぱたっと二、三歩歩いただけで、ほとんど衝撃無く地上に降り立つことができた。
◇ ◇ ◇
中庭に降り立った私は、無言で調理場に駆けだしていった。
小鍋を取り出して白ワインに砂糖を少々、レモン一片にシナモンスティック、クローブを手早く投入、お昼の残り火に掛ける。
沸騰寸前で火から下ろし、茶こしで濾しながらコップに移していった。
こうしてできたホットワイン、コップを両手で抱えながらまずは一口。
「ほへ~~~」
そう、今回の飛行で分かった最大の問題点。
超、寒かったッ!
分厚いコートは羽織って行ったけど、覆っていない両手両足から容赦なく体温が奪われていってしまった。特に手は感覚がほとんどなくなってしまっている。今は暖かいコップを抱えている事によって次第に感覚が戻ってきているけど、微妙に痛痒い……
そして、顔、というか、特に目がつらかった。速度を上げると凄い勢いで目が乾いていくのね。口もうっかり開けると喉がガラガラになってしまいそうだったかな。
私は調理場に置いてあるスツールにちょこんと座って、ホットワインをすすりながら対策を考え始めた。
まず両手は……革の手袋を履く事にしよう。下は……ズボンを穿く手もあるけど、美意識が許さない。なので、せめて、タイツと……ブーツを穿くしかないかな。太ももまであるサイブーツは持ってないし。
顔は……マフラーで口を覆って、あとは度が入っていない眼鏡があった筈だから、これで少しはマシになるかも。
対策を考えた私は、いったん自室に戻り、革手袋やマフラー、タイツにブーツ、眼鏡と言った防寒装備を新たに身につけて、再び中庭に出て行った。
◇ ◇ ◇
よし、防寒対策もできたし、次はせっかくだから少し遠出してみようかな? なるべく、人がいないところに。
村の人達は、私の奇行――自分じゃ言いたくないけどさ――を見慣れているから、まあ、少々飛ぼうが火を吹こうが「あー、またリチャードさんちのアニーちゃんが何かやってるわ」ってな感じで、気にしないでいてくれる。
でも、そうじゃない人達にとっては、飛んでるのは無茶苦茶目立ちそうだから……なるべく、人里離れた方に行った方がよさそう。
もっとも、今の着ぶくれた格好じゃ、目の前でもどこの誰だかわかんない気はするけどね?
さて、どの方角がいいかな? 南はフライブルクの方角だから論外、北は山で人は居ないけど、道が無いから不時着したら詰みそう。東は隣町への街道があるから目立っちゃう。――西、かな? 隣町への街道は海側と山側の二本あるけど、山側は細っそい山道だけだから人通りは少ないはず。
心を決めた私は、西の空に向かって飛び立った。今度は無理の無い速さで進んでいるし、着込んだおかげで凍える事はなさそうだ。
「高度はどこまで上げられるんだろう?」
私はぐいっと杖を引き寄せて、高度を上げ始めた。
今の季節は冬。青空にわずかな雲がかかっているが、空高く、そこまでは流石に届きそうに無い。
ぐいぐいと上昇していくうちに、少しずつ寒気が増している事を感じ始めた。
「そういえば、高くなれば高くなるほど、気温は下がるんだっけ」
まあ、まだ着ぶくれているから、耐えられる寒さだ。ただ、しばらく上がっていくと、なんだかぼーっとしてきた。
「あれ、なんでだろう? 今日はよく寝たはずなんだけど」
そして、更に上昇を続けると、眠気が増してきて……
「………………」
「…………」
「……ぐう」
次の瞬間、浮遊と重力子の維持が切れ、私はそのまま落下を始めていた。
「や、やばいやばいやばいッ!」
瞬時に目が覚めた私は、慌てて浮遊と重力子を唱え直す。結構な距離を落ちてしまったけど、なんとか持ち直すことができた。
「そういえば、高度が上がると空気も薄くなって、いろんな症状が出たりするんだっけ」
思い直した私は、危ない橋は渡らないよう、穏当な速度と穏当な高度を保ってしばらく飛んでみた。
◇ ◇ ◇
遠くに、山を越えた向こうの隣町が見えて来始めた。これ以上進んだら、目撃される可能性が高そうだ。そろそろ引き返そう……と思ったんだけど、やっぱり少し体が冷えたのか……その、ちょっと、もよおしてきてしまった。出かけにホットワイン飲んじゃったしなぁ。
私は降りられそうな場所を探し……山道のなかでも少し広くなった草地に降り立った。
草むらの影に隠れて、色々下ろす物を下ろして用を足す。
「ふう……」
そしてごそごそと服を戻していると、ニッサと言う隣町に続く山道の方から複数の蹄の音が聞こえてきた。
どうも、小ぶりな馬車が山賊っぽい騎馬の一団に追われているようだ。この草地までは細い山道だったから、追い抜くに追い抜けなかったようだけど、ここだと少し広くなっているから、前に回り込むことができそう……ほら、やっぱり、回り込まれた。
「おうおう、この”山のヒツジ”山賊団の縄張りをタダで通ろうったあ、いい度胸してるじゃねぇか」
あー、頭が悪そうな声がしてるわ。
ここはハニーマスタードで……と言いたかったんだけど、いつもの衣装が入った鞄を持ってきてなかった。なので今回は、あくまでアニー・フェイで通さないといけない。
私は、草むらの影から出て行き、馬車を包囲している山賊達に後ろから声を掛けた。
「あらあら、こんなところで強盗?」
ところで、堅くて断面積が小さいものが理想なので、うつぶせになって右拳を上げるというスーパーマンスタイルでも理想的にはなります。もっとも、違うジャンルになってしまう問題がありますが……
ちなみに、うつぶせ状態の0.1Gでの自由落下で、空気抵抗と重力が釣り合うのが時速約60kmになるようです(計算が間違ってなかったら、ですが)。杖に乗る為にしゃがんだりするので、もう少し速くなる感じでしょうか?
次回予告。
山賊に襲われている馬車に遭遇した私。街中では致死性の魔法は使わない私だけど、街の外は弱肉強食の世界。私は躊躇なく破壊の炎を呼び出すしかなかった。
次回「飛んで火に入るのはどちらかな?」お楽しみに!