54.初めての共同作業
たびたび書いておりますが、ご意見ご感想頂けるとホントに嬉しいです……
※2019/8/5 スマホフレンドリーに修正しました。
魔法少女ハニーマスタードのショーが終わり、先に舞台袖に引き揚げてきた私たち。まずは濡れタオルをもらい、顔に付いた煤をぬぐっていく。ぼさぼさにした髪も、とりあえず手ぐしで直しておかなくちゃ。
「本日は、至高神教会のチャリティショーにご参加いただきありがとうございました。チャリティグッズの販売は受付横の物販コーナーで行われています……」
まだ舞台では、司会を引き継いだマリアによる説明が行われている。クリスも、舞台の上で愛想を振りまいているようだ。
その姿を見ていた私は、ハニーマスタードにちょっかいを掛けたくなって、何気なく外の方に出て行こうとした。
「あら、どこに行くの?」
目ざとくスレイに見つけられたが、「ちょっとお手洗い……」とか、もごもご言いながら、私は外の方に出て行った。
人通りの少ないテントの影で、ハニーマスタードの衣装に着替え直す。勿論、変装もね?
◇ ◇ ◇
さあて、どうニセモノにツッコミを入れようかなぁ、とか考えながら、正面口の方にぽてぽて歩き始めた。
通りすがる人達も、私がニセモノかどうか判別が付かなくて、遠巻きに見ているようだ。
「あれ、ハニーマスタードってまだ舞台に立ってるよね?」「まさか、本物?」「まさかぁ」とか、ひそひそ話が耳に入ってくる。
正面口に回って、さあ、入っていこうかな、としたところで、目の前の一人の男が凄い勢いで正面口から走り出ていった。
危うくぶつかりかかったのを、なんとか避けたところで……
「きゃああああーっ!!」
――背後の方から女性の悲鳴が響き渡った。
「寄付金が!」
悲鳴を上げていたのは、寄付金の受付を担当していたボランティアのお姉さんだった。
彼女が指さした先を見ると。先ほどぶつかりかけた男が、革袋を担いで大通りを走って逃げていくのが見えた。
コインが詰まった革袋だから、結構重いだろうに結構な速さを出している。
すでに距離は50mを越えてしまっているようだ。大通りだからしばらく脇道はなさそうだけど、このままだと脇道に逃げ込まれるのは時間の問題だ。
できれば攻撃魔法をぶち当てて止めたい所だけど、残念ながら魔法の射程はそれほど長くはない。
走って追いかけるにしても、こうも距離があると、脇道に入られる前に追いつくのは難しいだろう。
対策を考えて一瞬躊躇したところに、盗賊ギルドの二人組が正面口から顔を出してきた。私は彼らの顔を見て、一つのアイデアを思いつく。
「ちょうどいいところに!」
突然私に声を掛けられた盗賊ギルドのデカい方、フランシスは、怪訝な顔をした。
「お嬢……じゃねえな。本物の方か!?」
「詳しい話はあとで説明するわ。これからわたしは空中に浮くから、あなた、わたしをあいつに向かって投げてくれない?」
と、逃げる男を指さしながら口早に説明し、魔法の詠唱に移る。
「"マナよ、我が求めに応じ空をたゆたう力となれ"――浮遊」
そして私はベッドに寝転がるように空中で横になり、フランシスの方に手を伸ばした。
「ほら、この手を掴んで。早くしないとあの男を見失ってしまう」
「おう、なんだか分からんが、とにかく分かった!」
フランシスは、躊躇を振り払うように二、三回首を振ってから、私の両手を掴み、彼自身を軸としてぐるんぐるん回し始めた。
「いくぞぉ! 歯ぁ食いしばれよ!」
そして彼は、強盗に向かって私を放り投げ、私はものすごい勢いで強盗に向かってかっ飛んで行った。
私は「ナイスショットぉぉぉ!」と叫びながら飛んで行く。たぶん、道行く人には、ドップラー効果つきで聞こえていた事だろう。
さて、フランシスのコントロールはかなり良かったようで、浮遊で浮遊中の私は、彼が投げた勢いそのままに、強盗に向かって一直線に迫っていく。
とはいえ、わずかなズレはあるので、浮遊が持っているささやかな移動能力を使って、強盗の背中に向けて微調整を行う。
さあ、これで完全に軸線は一致した。あとは衝突するだけ。 3、2、1……
「ジャスティス・キーック!!!」
「ぐはぁっ!」
私はとりあえずの技名を叫びながら、飛ばされた勢いをそのままに強盗の背中にドロップキックを浴びせかけた。
男は衝突の勢いでごろんごろんと地面を転がっていくが、私は飛ばされた勢いを彼にすべてぶつけたため、その場にひらりと降り立っている。
男の様子を見ると、不意打ちの衝撃で気絶しているようだ。ちなみに革袋は後生大事に抱えられている。ま、バラ撒かれたらややこしい事になったから、その方が助かるかな。
◇ ◇ ◇
「よし、なんとかなったかな」
と、埃をはたきながら一人呟いていると、できはじめた人だかりをかき分けながら、スレイとフランシスが到着した。
「あら、上手くやったわね」
「見事だったぞ!」
「あなたこそ、上手に投げてくれてありがとう」
そして、フランシスとぱしんとハイタッチを行う。
「で、こいつは何だったわけ?」
スレイの言葉に、私は説明をまだしていなかった事を思い出した。
「たまたま私が通りかかった所に、寄付金の受付さんが悲鳴を上げていて、こいつが盗んだような事を言っていたから、泥棒なり強盗なんだと思う……多分」
「たぶんって……そんなのに巻き込んだわけ?」
「ごめんなさい。思ったよりこいつ足が速くて、普通に追いかけたら追いつきそうに無かったから。魔法も意外に射程って短いのよ」
そして、フランシスの方を向いて言葉を続けた。
「ともあれ、あなたのコントロールが良くて助かったわ」
さ、余り長くハニーマスタードの格好では居られない。早くアニー・フェイに戻らないと、ここで居なくなるのはおかしいからね。
そう思った私は、事後処理を彼らに押しつける事にした。
「――で、悪いんだけど、こいつを警備隊に引き渡して貰えない? わたしは今日は忙しくてね、警備隊の事情聴取につきあっている時間はないのよ」
でも、それを聞いた彼らは、肩をすくめるばかり。
「あらあら、あたし達が何者か、忘れてない? 警備隊には、ちょっと逢いたくない気分だわね」
確かに、彼らは盗賊ギルドのメンバーだった。隠してはいないから、たぶん、警備隊にも把握されている事だろう。それが泥棒退治に協力したとなると、痛くもない腹を探られる事になりそうだ。
「あー……そうだったわね。じゃ、まあ、適当に、その辺のチャリティショー関係者にでも引き渡して貰える?」
私のお願いに、スレイはこめかみをポリポリ掻きながら小さな声でぶつぶつ言いながら、少し考える素振りをする。
「あたしたちが参加したのはチャリティのためだし、その寄付金が奪われたのでは参加した意味が無くなる所だったわね。――これもこの娘に助けられたうちに入るのかしらね?」
どうやら考えがまとまったらしく、スレイは私の方に向き直った。
「――まあいいわ。誰か適当な人に押しつけてあげる」
「ええ、助かるわ」
私は唇の端に笑みを浮かべながら、言葉を続ける。
「それにしても、たまには共同作戦も楽しいものね。あなたたちが敵対関係になければいいんだけど」
「あたしたちの負の面には目をつぶってさえくれれば、とっても嬉しいんだけどね」
「まったくだ。オレ達は来る者は拒まんぞ? いつでも大歓迎だ」
予想外の肯定的な返事に、私は少し目を見開いたが、すぐに目をそらして肩をすくめた。
「ま、戦う日が来ないことを祈っているわ。それじゃね?」
そして私は重力軽減を唱えて屋上に上がり、彼らの前から姿を消した。
もっとも、一本別の路地に出てから服装を戻し、脇からまた会場に戻っていったんだけどね。
次回予告。
泥棒が出てきた以上、やっぱり出てくるのは事情聴取。今回は私は表向きは関わってないはずなのに……ともあれ、これが終われば打ち上げだ!
次回「やっぱり待ってる事情聴取」お楽しみに!