53.ショータイム!(後編)
トクサツガガガで勉強する手がありましたね。まだ見た事ないんですけど。
※2019/8/5 スマホフレンドリーに修正しました。
壇上には観客席から集められた子供達が三人上がっている。5歳と6歳くらいの男の子、もう一人も6歳くらいの女の子だ。
これ、教会主催のチャリティショーなのに、「悪の魔女」の勧誘を行っていいのかなぁ?
通し稽古した時に、マリアに聞いてみたんだけど、「ヒーローショーとは、そういうものらしいです!」と言う力強い言葉しか返ってこなかったんだよね。
ともあれ、これから、観客いじり……もとい、特訓のお時間だ。
私は子供達の前に腕を組んで仁王立ちになった。
「よし、それじゃ、特訓を始めようか……お前達、並んで順番に番号を言ってみようか。左端のお前からだ」
そして息を吸い込んで、大きく「番号!」と号令する。
「1!」「「2!」」
――なぜか、真ん中と右の子供が同じ番号を同時に叫んでしまった。
「もう一回! 順番に!」
「1!」「2!」「――2?」
――なぜか疑問形。そしてやっぱり間違っている。私は眉間を押さえながら、子供達に説明する。
「君は1、君は2、君は3。分かったかな?」
「「うん!」」
気を取り直して、もう一度号令する。
「よーし。今度こそ。番号!」
「1!」「2!」「3!」
やれやれ、今度はうまく行ったようだ。
「はあ……まあ、番号はこれでいいさね。じゃ、次は、わたしが言った通りに手を上げたり下げたりするんだよ?」
「「はぁい」」
軽く私が実演してみせた後、いよいよ本番だ。
「よし。右上げて!」「「はい!」」
「右下げて!」「「はい!」」
「左上げて!」「「はい!」」
「左下げないで、右上げて!」「「は、はい!」」
これで、両方の手が上がった状態になったわけだ。
「はい、ばんざーい」
「ば、ばんざーい!」
コミカルな特訓?に、観客からそれなりの笑い声と拍手を頂く。ま、ダダスベリしなかっただけ御の字、かな?
「よし、特訓はこんなものかな。お前達、厳しい特訓によく耐えてくれた」
と、芝居がかった口調で――いやお芝居なんだけどさ、これ――子供達に声を掛ける。
「それじゃ、最後に大事な質問をしてみようか。――ハニーマスタードと、わたし、ドローレス様とどちらを応援してくれるかな?」
質問に、間髪入れずに答える子供たち。
「「ハニーマスタード!」」
まあ、そうだよね。
「ほっほーう……ハニーマスタードはお菓子をくれないけど、あたしはお菓子を持っているんだけどなぁ?」
膝をついて子供と同じ目の高さになり、両肩に両手を置いて視線を合わせながら、もう一度問い直す。
「ハニーマスタードと、わたし、ドローレス様と、どちらを応援してくれるかなぁ?」
「ド、ドローレス様!」
微妙に視線をそらしたりしているけど、ま、まあ、よしとしようか。
「よくできました。それじゃ、帰っていいわよ。きちんとあたしたちの事を応援してね?」
と言う訳で、懐からお土産の焼き菓子を取り出して子供達に渡す。
子供達は「ありがとう~、お姉ちゃん!」と言って、退場していった。
◇ ◇ ◇
参加してくれた子供達も席に着いた後、私は舞台の上を歩きながら、観客席に向かって語りかけた。
「ふふふ……これで仲間もできた事だし、準備万端。さあ、あなたたち、ハニーマスタードを呼び出してごらん?」
「さあ、不敵な魔女、ドローレスの挑戦です! みんな、ハニーマスタードを呼び出して魔女を倒して貰いましょう!」
私の言葉を引き取ったシャイラさんの煽りに応じて、観客の子供達がハニーマスタードを呼ぶ声を上げた。
「「ハニーマスタードぉ!!」」
再び、いつもの旋律が流れ、ハニーマスタードが登場する。
「魔法少女ハニーマスタード、再び参上! 今日のわたしはもーっと辛いわよ!」
舞台に登場したハニーマスタードに対して、私は人差し指をびしっと突きつける。
「現れたわね、ハニーマスタード! ここで逢ったが百年目。今日こそ年貢の納め時よ、覚悟なさい!」
私がハニーマスタードに言うのは微妙に違和感があるけど……ま、仕方ないか。
「さあ、お前達、やっておしまい!」
「「ほいきたさっさっ!」」
まずは殺陣からだ。私とボヤッジ、タイタンの3人での連携は、練習不足でイマイチなので、私対ハニーマスタード、ボヤッジ&タイタン対ハニーマスタードを細かく入り交ぜながら、格闘を続けていく。
私とクリスは、なんだかんだ言ってここ数ヶ月、冒険者学校で毎日のように試合をしていたから、殺陣に必要な阿吽の呼吸というものも出来はじめているけど、クリスは盗賊ギルドの二人組相手も意外に上手にこなしている。
まあ、あの二人組は戦闘のプロでもあるだろうから、うまくクリスに合わせているんだろうね。
とか考えながら戦っていたけれど、そろそろいい頃合いになったと見た私は、ひらりとバックジャンプによってハニーマスタードから距離を取った。
「我が暗黒魔法の神髄を思い知るがいいわ!」
そして私もニセモノ魔法の詠唱を始める。いや、本物を唱えるのも一瞬考えてたんだけど、舞台の上で魔力吸収のバングルを外して魔法を連発しちゃったりしたら、それこそ今まで隠していたのは何だったのってなってしまうからね……
「"我が暗黒の魂よ、破壊の衝動となりて目前の愚か者に滅びを与えん"」
魔法の呪文はもちろん創作。格好いいのを目指して作ってみたけど、皆の反応はちょっと微妙だった。――格好いいのに。
「――イビルブラスト!」
演出としては、口の中で小さく小幻影を唱えて、魔法陣と発砲炎っぽい効果のみ。
そして、魔法陣の演出と同時に、ハニーマスタードの付近で、仕掛け花火の小爆発が連続して起きる。
「くっ……なかなかやるわね」
爆発の煙が晴れると、ハニーマスタードは片膝をついた姿勢になっていた。
ここで司会のシャイラさんのナレーションが入る。
「大変です! ハニーマスタードさんがピンチになってしまいました! ここは観客の皆さんの応援が必要です!」
そして、大きく手振りを入れながら「がんばれ、がんばれ、ハニーマスタード!」と叫んだ。
子供達は、それに応じて応援の声を上げる。
「「がんばれ、がんばれ、ハニーマスタードぉ!」」
ハニーマスタードは、その声に助けられるように、すっくと立ち上がった。
「みんなの声援を力に変えて、ハニーマスタードは悪には屈さないわ!」
「甘いわ! イビルブラスト!」
また、小爆発がわき起こり、ハニーマスタードが少し体勢を崩す。
「くっ……」
「みんな、もっと応援をお願いします! もっと大きな声で!」
「「がぁんばれぇ~!!」」
シャイラさんのナレーションに応じて、観客の子供たちはもっと大きな声で声援を送る。
すると突然、ハニーマスタードの体全体がうっすらと光り始めた。それを見たお子様達の応援に、さらに熱が入っていく。
ちなみにこの現象は、私が光量控えめで、対象をハニーマスタード全体として照明をかけたから。こっち側とあっち側、両方の演出担当は大変よ?
「みんなありがとう! 応援の力、いただいたよ!」
「な、なんだこの力は……!」
私は光り輝くハニーマスタードに、後ずさっていく。そこへ、ハニーマスタードの魔法の詠唱が始まった。
「"マナよ、爆炎となりて我が前の敵に正義の力を示せ"」
今度はハニーマスタードの方に、小幻影で魔法陣を作成、と。
「――マジカルキャノン!」
この日一番の爆発が、私たちを中心としてわき起こる。
「「うわあああっ!」」
私たちは叫びながら、そして爆炎が私たちを隠している間に、素早く髪をぼさぼさにして、煤を入れた小袋を使って顔を真っ黒にしていく。
煙が晴れて……煤だらけの顔で倒れ伏す私たち。
「くっ……今日の所は引き揚げよ! 次は負けないわ!」
「ド、ドローレス様、待ってくださぁい」
私たちはなんとか体を起こし、這々の体で、舞台袖の方に退場していく。
「改めて、勝利のポーズ! 決めっ!」
と、ハニーマスタードが観客席に向かってVサインをしたところで、劇は幕引きとなった。
観客からはリチャードさんの時のそれに、勝るとも劣らない拍手が送られている。
次回予告。
ショーは無事に終わったものの、そのまますんなりとは終わらないのが世の常みたいで。一仕事終えた和やかな空気は、突然の女性の悲鳴で破られるのだった。
そして私は、思わぬ人物との共同作戦に乗りだす事になる。
次回「初めての共同作業」お楽しみに!