51.リチャードさんのネタばらし
色々使いでのありそうなアイテムが出てきました。
考えてみると、Ultima Onlineであった「どこでもバンク」って、なろう系小説お約束の収納魔法に通ずる物があるような……あ、Exploitだから使ったことはナイデスヨ?
※2019/8/5 スマホフレンドリーに修正しました。
リチャードさんと、アレックスによるマジックショーは続いている。
次は大物のようだ。
小ぶりの樽を載せたワゴンが、ステージ中央に運び込まれた。樽の中身は入っているようで、かなり重そうだ。
リチャードさんは、脇のテーブルからベッドシーツほどの大きさの布を取り出した。ばさばさ振って観客に両面を見せ、種も仕掛けも無い事を披露する。
そして、樽の上にその布をかぶせると、右手を高く上げて人差し指だけを伸ばし、1のサインを見せた。すぐに指を足して、2、3と数えると、そこでパチンと指を鳴らす。
その瞬間、樽がどこかに消えたかのように、布がふぁさっとテーブルに被さっていった。舞台脇から覗いている私は、驚きのあまり目を丸くする。
「消えた!?」
私の隣で眺めているクリスとシャイラさんも、頭を振って考え込んでいる。
「うーん、普通なら下に落とすんやろけど、ンな重そうなもん、音も無く落とすのは難しいわなぁ」
「消失系の奇術は、コインやカードなら見た事があるが……ふーむ、樽である事がポイントなんだろうか」
「透明化の魔法は存在するけど、見えなくなるだけで、存在はなくならないんだよね……」
リチャードさんは、机に掛かっていた布を取り上げ、観客に向かって表側だけばさばさ振ってみせた。もちろん、テーブルの上からは、樽の姿は消え去ってしまっている。
そして、少し離れた別のテーブルの上にその布をかぶせ、また右手を挙げて、1、2、3、パチンとやって見せた。
その瞬間、いきなり布が樽の形に持ち上がる。
リチャードさんが、布を取り去ると……そこには、最初にテーブルにあったのと同じ、小ぶりの樽が姿を見せていた。
アレックスが樽についたコックを動かして、ガラスの器にワインのような液体を出し、中身が入っていた事を示す。
もちろん、観客は拍手大喝采。
私たちは、そろそろ驚きのあまり種を探る事をあきらめ始めた。
「これは……そろそろ理解を超えた業になってきている気がする。素直に娯楽として見て驚いていた方がいいかも知れないな」
「せやね。あとで本人に種明かしして貰った方が早いわなぁ」
「そだねぇ……」
◇ ◇ ◇
曲調が変わった。次の出し物に移るようだ。
今度は、連結された二つのワゴンの上に、長さは1m、幅と高さは50cmくらいの、人が入れるくらいに大きな木箱が一つ置かれて運び込まれた。箱と言っても、穴が開いていて細長い四角い筒のようになっている状態だ。
ワゴンをぐるぐる回して、ワゴンそのものに何も仕掛けが無い事を観客に見せる。ワゴンなので、台の下はフレームだけで素通しに見える。
箱ももちろん、筒の部分を覗くと、向こうまで素通しで見えるようだ。
「これは……人体切断かな? 人が筒に入って、それをばっさり切ったように見せかける奇術だ」
「シャイラさん、見た事あるんですか?」
「ああ、リングマジックの時に、一緒にね」
アレックスがワゴンに上り、筒に体を通していく。筒の端からはアレックスの胸から上が見えて、反対側の端からは脚が見えている状態だ。
アレックスは手と足を動かして、偽物ではない事を示している。
リチャードさんの方を見ると……大きな刃物のような金属の板を二枚、重ねて取り出している。
そして、筒の真ん中にあるガイドにそって、ざっくりと切り裂くような形で金属板をはめてしまった。つまり、四角い筒が、金属板で輪切りになっている状態だ。アレックスごと!
次に、箱を金属の板が刺さった部分で分離して離していく。切断面は金属の板がはまっていて、確認する事はできない。
アレックスの上半身が見えている箱と、脚が見えている箱に分離した状態で、ワゴンはぐるぐる回されて仕掛けが無い事を示している。
アレックスも手と足を動かして、飾り物ではない事を示しているようだ。
「ホントだ。うーん……本当は切られてる……んじゃないんだよね?」
「確か、下半身は別の人間が入っている、と言うのを聞いたことはあるが、はたしてこれは……」
「でも、ワゴンの下に隠れるような場所はあらへんで?」
なんとか考えてみようとはしたものの、やっぱり、異口同音にあきらめの言葉を口にする。
「「だめだ……さっぱり分からない」」「あかん……さっぱりやわ」
少しの間分離した姿を見せた後、再びテーブルは動かされて箱はくっついた状態となった。金属の板もリチャードさんの手によって抜かれていく。
箱がくっついた状態でアレックスは箱を抜け出し、自分の体に何の異常もない事を示した。
最後に、観客に向かって大仰に礼をするリチャードさんとアレックス。
観客は、盛大な拍手と指笛、「ブラボー!」などのかけ声で、彼らの神業に対して最大限の賛辞を送っていた。
◇ ◇ ◇
万雷の拍手に送られて、リチャードさんとアレックスがこちら側の舞台袖に引き揚げてきた。
私はリチャードさん達の前に、両手を腰にやって仁王立ちで待ち構える。
「いつの間にこんな練習してたんです!?」
私の顔を見たリチャードさんは、苦笑しながらマスクを外した。
「やあ、アニーくん。お世話になっている商会の方から、是非、チャリティイベントに参加してくれと頼まれてね。せっかくだから色々試したかった事をやってみたんだ」
「試したかった事……?」
「いや、実はこれ、最初のリングを除いて、全部魔法の道具なんだよ」
リチャードさんの返事に、私は小首をかしげながら問い返す。
「逆に言うと、最初のリングだけは魔法じゃ無いんですか?」
「ああ、これはアレックス君が作った細工物だね」
リチャードさんは一緒に引き揚げてきたワゴンからリングを取り出すと、私たちに向かって見せてくれた。
「ほら、ここに仕組みがあってね。抵抗なく出入りできるようになっているんだ」
指で押して仕掛けを見せて、他のリングが出入りできることを示す。通った瞬間は隙間が空いているんだろうけど、その瞬間以外は継ぎ目もまるで見えない。
「ところで、このリング以外は魔法の道具と言う事でしたが、どんな道具なんです?」
私の問いかけに対してリチャードさん、待ってましたとばかりに説明を始めた。これだけ燃えているリチャードさんを見るのも珍しいかも。
まず、樽の出し入れに使った布を取り出した。
「これは奇術師のシーツと名付けた布。指を弾く音に反応して、内側にくるんでいるものを取り込む仕掛けが入っていてね。三次元を二次元に展開するんだが、余計な一次元は虚数軸に変換するような動作が入っている」
「じゃあ、さっきは、この布の中に樽が入っていたんですか?」
「その通り。取り込んだ後、観客に見せたのは表側だけだった事に気がついたかな? 二次元に展開しているから、裏側から見ると、樽が取り込まれている事が分かってしまうんだ」
確かに、表だけ見せてた気がする。私はここで一つ疑問に思ったことがでてきたので、そのままリチャードさんに尋ねてみた。
「――ところで、これって生き物は入るんですか?」
私の質問を聞いたリチャードさんは、首を振りながら答える。
「原理的には、入る。とはいえ、誘拐や殺人、不法侵入に使えたり、中に入った人を事実上タイムスリップさせたりできたりするから、倫理的に問題があると思ってね。生命を持った者は取り込まないように安全装置を組み込んである」
次にリチャードさんは、チョウチョやら鳩やらを出した本を取り出した。
「この本は収集者の図鑑と名付けている。奇術師のシーツと同じ機構を、各ページに組み込んでみた。トリガーは背表紙を叩く事にしてある」
「各ページに収められるんですか?」
「ああ、ただ、見ての通り、本の大きさを超えるものは取り込めないよ。時間経過も重さも無くなるから、小物とか、金貨とかを詰め込んでもいいかも知れない。あと、こちらは安全装置は見ての通り掛けてない」
確かに、鳩やらチョウチョやら出してたもんね。
今度はリチャードさんは、テーブルの上に置いた、人体切断マジックの筒の脇に立つと、くっついた形で直列に並んでいた箱を分離し、並列に並べ替えた。
「――あれ?」
箱をのぞき込んだ私は、望遠鏡を覗いたときのように、箱の中と外で見える光景が違う事に気がついた。
「この箱には、実はゲートを仕込んである。二点の空間を結んでいるから、二つの箱は外から見ると別々の場所にあっても、中では繋がっているんだ」
そう言うとリチャードさんは、その辺にあった木の棒を片方の箱に差し込み、同じ箱からではなくて、もう一つの箱の方から先端が出ている事を示した。棒なのに、明らかに直線になっていない……!
「そ、それはなんだかデタラメに便利な機能じゃありません?」
「これ使ったら、どこにでも行けるんとちゃいます?」
「旅に革命を起こせそうな道具ですね」
私たちの驚きの声に、リチャードさんは肩をすくめて答えた。
「これで距離が取れれば、確かにそんな使い方ができるんだが、近距離じゃないと安定しなくてね。瞬断でもすると、通過中の物がバッサリ切られてしまうから危険すぎる。それに、やはり空間接続はマナも使いすぎてしまうから、こんな芸にしか使えないよ。まあ、上手くやれば金庫破りとかにも使えそうだから、市販はしないつもりだけどね」
「便利な道具だったら使わせて貰おうかと思ってたけど、流石にこの箱は大きさ的にも用途的にも難しいかなぁ……」
「ああ、これらの道具は必要であれば、アニーくんが自由に使って貰って構わないよ。このようなショーは、たぶんもうやらないと思うからね」
私の言葉に、リチャードさんは使用をあっさり了承してくれた。あとで回収する事を忘れないようにしよう。
「はい、ありがとうございます!」
――と、そこに、アシスタントの人が、私たちの劇がそろそろ始まる事を伝えに来てくれた。
「シャイラさん、クリスさん、アニーさん、そろそろお願いします!」
リチャードさんと話している間に、私たちの劇の準備が整ったようだ。
さあ、今度は私たちの出番だ!
次回予告。
いよいよ、私たちの劇、魔法少女ハニーマスタードが始まった。様々な方法を使いながら、ハニーマスタードをヒーローとして格好良く演出していく。ま、私は悪役の方なんだけどさ。
次回「ショータイム!(前編)」お楽しみに!