49.意外なところにファン?が居た
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※2019/8/5 スマホフレンドリーに修正しました。
顔合わせも済んだ所で、最初の通し稽古が始まった。
劇の最初では、私と手下二人が出てきて、観客をいじる流れとなっている。
そこで、ハニーマスタードが出てくるんだけど……登場シーンのリュートの演奏が始まった所で、私はそれが、本物の旋律と若干違っている事に気が付いた。
まあ、不意に流してるだけだから、正確な旋律を知らなくても仕方ないよね?
私が正確な旋律を知っているのもおかしいので、スルーしていると、思わぬ所からダメ出しが入った。
「ちょっとちょっと、その旋律、おかしいわよ!」
なんと、盗賊ギルドメンバーの細い方、スレイだ。確かに、彼の前で奏でたことは何回かあるんだけど……覚えてるの!?
「チャンチャチャチャ、じゃなくて、チャチャンチャチャ、ね?もう一回弾いてみて?」
リュートを持った演奏係の人が、言われたとおりに弾いてみる。確かに、こちらが正しい。
「そう、それでいいわ」
そして彼は、越権行為を監督であるマリアに謝った。
「それじゃ続けましょう?割り込んでごめんなさいね?」
マリアは慌てて続行を指示する。
「あ、はい、続きをお願いします!」
気を取り直して劇を再開、ハニーマスタード役のクリスが登場する。
「この街の治安を乱す愚か者よ、天に代わって成敗よ!」
そして人差し指で私たちを指さしながら、決め台詞を叫ぶ。
「魔法少女ハニーマスタード、参上! 今日のわたしはぴりりと辛いで!」
それを聞いたスレイさん、また手を打って芝居を中断する。
「ほんと、たびたびごめんなさいね? これも本物とはちょっと違うわ」
そして声色をまねてハニーマスタードの台詞を再現した。
『この美しい街の治安を乱す愚か者よ、天の裁きを受けるが良い!』
「ここでジャンプして……びしっと人差し指をつきつける。そして、次はこの台詞ね」
『魔法少女ハニーマスタード、ここに参上! 今日のわたしはぴりりと辛いわよ!』
「と、こんな感じよ?」
「あ、はい、台本、直しておきます! ありがとうございます」
マリアは少し進行を停止して、台本の修正に入った。それを横目に見つつ、スレイは両手を腰にやりながら、小さく呟く。
「まったく、演るなら演るで、正しく演らないと、ね」
ハニーマスタードへのこだわりっぷりが気になった私は、スレイに一つ話しかけてみた。
「スレイさんって、ハニーマスタードに詳しいんですね」
私の言葉を聞いたスレイは、少し驚いた表情をしてから、目をそらして肩をすくめて答えた。
「まあ……ね。あたしたちにとっては敵……だから」
盗賊ギルドメンバーからすれば、当然の反応なのかも知れない。
でも、今の私は、正体を知らない事になっているので、わざとらしくない程度に驚いて見せた。
「え、正義の味方が、敵、なんですか?」
「そうよぉ? あたしたちは悪人。あの娘は正義の味方。でも、あたしにとっては……命の恩人でもあるわけ」
あー、こないだの一件、一応、恩には思ってくれてるんだ。
「なんだかよく分からないんですが、スレイさんって、そんなに悪い人には見えませんけど」
「あらあら、そう思ってくれるのなら嬉しいわ。ただ、人間ってそんな単純なものじゃないのよ?」
そして彼は、両手を叩いてこの話題を終了する事を告げた。
「さ、この話はここまで。お芝居を再開しましょう?」
その後の稽古は問題なく進行し、最後に、今回変わった部分の台本の更新を済ませて、その日は解散となった。
◇ ◇ ◇
最初の稽古から一週間後、二回目の稽古が行われた。
稽古自体は全く問題なく進んだのだけど、盗賊ギルドの二人組が参加している理由を知りたくなった私は、ハニーマスタードの姿で彼らにコンタクトを取る事にした。
稽古が終わって解散した後、一本奥の路地に移動してから物陰に隠れ、素早くハニーマスタードの衣装に着替える。
そして屋上に上り、帰宅中の彼らの後ろに降り立った。
その気配を察したのか、二人は素早く振り向いて腰に隠してあるであろう短剣に手をやった。
彼らに対して、私は手を振ってにこやかに話しかける。
「久しぶり。元気だった?」
ま、今の今まで一緒に稽古してたんだけどね。
「――本物の方ね? あたしたちに何か用?」
「ええ、わたしを題材にした芝居をやると言うのを耳にしてね。様子をみてみたら、盗賊ギルドの人達がいるじゃないの。何か企んでいるのかな、と思って」
「別に、何もないわよ?うちは地域社会に貢献するギルドよ。単純に、地域住民として参加しているだけね」
私に敵意が無い事を信じたのか、彼らは構えを解いて普通に話す姿勢に戻った。
とはいえ、その答えを単純に信じていいのか、私は眉をひそめながら質問する。
「それ、信じていいわけ?」
「まあ、信じてもらおうとは思ってないわ。でも、孤児院用の募金を募るチャリティイベントで悪さをする程、薄汚くはないわよ?」
信じていいかどうかは分からないけど、それなりに納得のできる答えは貰った気がする。
「そう。分かったわ。何も悪さしないなら、わたしも敵対する理由は何もないわ」
肩をすくめてから両手を組んで、口調を変えてスレイ……いや、スラッシュに質問する。
「あ、そうそう、最初に元気だったかって聞いたけど、ホントに元気だった? お腹の傷、きちんと治ってた?」
それを聞いたスラッシュは、お腹に手をやりながら答えた。
「それは……ええ、おかげさまで、しばらくは寝込んでいたけど、無事に回復したわ」
「それは良かったわ。流石に目の前で人に死なれるのは目覚めが悪いからね」
スラッシュは、目を細めながら冷ややかな口調で私に告げた。
「でも、これで貸しを作ったなんて思わないでね?」
「ええ、借りがあるなんて思われている事は期待していないから、安心して」
恩人だとは思っているみたいだけどね。ま、そんな事はアニーにはともかく、ハニーマスタードには言えない、か。
ともあれ、今聞きたい事は聞いた気がする。今は余り目立っても仕方ないから、そろそろ引き揚げることにしよう。
「ま、いいわ。今日聞きたい事は全て聞けたから。それじゃ当日、楽しみにしてるわね」
と言い残し、壁を駆け上ろうとすると、後ろから追撃の声が聞こえてきた。
「あ、劇を見るのなら、ちゃんと寄付してよね? 正義の味方さん?」
屋上に上がったところで、スラッシュに言い返す。
「名前の使用料いただきたいくらいなんだけどね。ま、考えておくわ」
そして、私は屋上を駆けて彼らから離れていった。
次回予告。
いよいよチャリティショーの始まりだ。最初の演目は、白の奇術師のマジックショーなんだって。わたしも白の奇術師と言う人が来て、ショーをしてくれるとしか聞いてない。
あれれ、仮面はしているけど、この白ずくめの人って……
次回「白の奇術師のマジックショー!」お楽しみに!