5.田舎者だと思ってバカにしてません?
※2018/9/13 入学試験(午前)をパスしたい!から改題しました。
※2018/12/14 微調整しました。さりげなくお風呂を近代化しました。
※2018/12/27 次回予告を追加しました。
※2019/8/3 スマホフレンドリーに修正しました。
朝が来た。フライブルク冒険者学校受験の朝だ。
私はいつも通りに起き、日課の套路を済ませる。
おっと、今日はお風呂の日だった。
この家では、だいたい二日に一回お風呂に入っている。村の人達は共同浴場に入っているが、ここにはなんと専用のお風呂が装備されているのだ。
まず、水道からの水を風呂場に流れるように切り替える。そして、外の焚き口につけられたリチャードさん製のキカイのボタンを押すと、風呂場の吐水口からお湯が出てくる仕掛け。
中ではイロイロやっているんだろうけど、私に分かるのはそのくらい。
「おはようございます、リチャードさん。お風呂が準備できましたよ」
「おはよう、アニーくん。ありがとう、では、先にいただくとするよ」
二人までは同時に入れるけど、さすがにリチャードさんと一緒には入らない。
まずリチャードさんが入って、次に私たち姉妹が入るんだけど、いつもアレックスは凄い勢いで出てしまって余り二人で入ってる気がしない。
私がのんびり浸かりたいタイプという事もあるのかも知れないけど。
そんなこんなで、私が出る頃にはアレックスが朝食の準備を終えている頃合いになってしまっているのが、いつものパターンだ。
◇ ◇ ◇
朝食を終え、自室に戻ってきた。さあ、出立準備だ。昨日のうちに用意していた鞄の中身をチェック。うん、筆記用具に財布、必要なものは入っている。
三つ編みも準備よし。いつもの外套と魔術師の帽子を身につける。魔力吸収のバングルも忘れずに。つけた瞬間、体を脱力感が襲う。
「どう考えてもこれ、呪われた装備だよね……」
独りごちてから荷物を担ぎ、玄関へ。
リチャードさんはいつもの鞄を担いで、もう玄関で待っていた。
「さて、出かけようか」
「いってらっしゃい、リチャードさん。姉様も試験、頑張ってくださいね。」
お見送りはアレックス。
まだアレックスは村での学校が残っているからね。
「帰りは昨日と同じくらいになると思う。アレックスくんも一人で世話を掛けるけど、きちんと学校には行くようにね」
「姉様を気にしないで良い分、気楽に過ごせますから大丈夫です。あと、こちらが今日のお弁当です。これは姉様の分」
ハムサンドの小包を受け取って鞄の中へ。ホント、憎まれ口ばっかり聞いても、イロイロ気が利く妹でお姉さんは助かる。
厩に回り、リチャードさんの愛馬、天龍号に鞍をつける。乗り込む時は、私が前、リチャードさんが後ろで手綱を取る。
「さ、行こうか」
「はーい」
かっぽかっぽと移動開始。歩くのに比べると、ホント楽。
林の中を数分歩くと、村の広場に通りかかる。
村の人達は農作業中だ。と、一人の男の子がこちらに向けて手を振りつつ、話しかけてきた。
「よお、アニー!」
「あら、グレイ。家の手伝いはどんな感じ?」
彼はグレイドソン。村で同じ初等学校に通った同級生。村の子供達は、初等学校を出るとそのまま家業の手伝いに入る事が普通。領主でもないのに、村内に家業を持たない私たちが珍しい存在かな。
「学校の時間が無くなってフルタイムになったくらいで、別にいつもと変わらないさ。お前はフライブルクに行くのか?」
「うん、冒険者学校を受験しようと思って」
「はあ~、凄いな。頑張れよ!受かったら、学校の話してくれよな」
「ええ、もちろん!」
広場を抜けると、農場や牧場の脇を抜けつつ街道に合流し、ひたすら街への道を進んでいく。
ちなみに、この辺りの治安は比較的悪くない。
夜間とか、林近くとかだと希に熊が出たりオークが出たり盗賊が出たりするらしいけど、昼間の街道沿いだと特に問題はないかな。
さすがに、女子供が一人で歩いたりするのは、鴨が葱を背負って歩いているようなものだと思うけどね。
緩やかな峠の頂上を越すと、ようやく眼下に街が見えてきた。あれが、あれこそが、東方への出入り口でもある自由都市、フライブルク!
――まあ、習い事のために毎週通っているんだけどね。
リチャードさんと私は、更に歩みを進めて城門へ。
売り物を持ち込む商人さんたちは、通行証や通行税の支払いがあったりするので少し長い列を作っているけど、荷物無しだと、ほぼフリーパス。
城門をくぐって、かっぽかっぽとそのまま入場。冒険者学校へ向かう。
広さを要する練兵場は城壁の外となるため、城門のそばにある中庭を持った建物が学校となっている。
「さて、残念ながら試験の見学はできないので、わたしはここまでかな。午前中が学科と面接という事なので、昼休みになったら入口で落ち合おうか」
「ありがとうございます。はい、頑張ります!」
「落ち着いてやれば大丈夫だよ。じゃ、後で」
私だけ馬からひょいっと下りて、校門へ。
リチャードさんはそのままかっぽかっぽと行ってしまう。近所に馬を預けに行くのだろう。
私の方は……戦闘開始だ!
◇ ◇ ◇
私は肩をいからせながら建物に入り、受付のお姉さんに受験票を提出した。
「アニー・フェイです。今日の専願コースの受験に来ました!」
「はい、アニー・フェイさんですね……えーっと、あ、ありました。はい、大丈夫ですよ。試験会場は、この右手の廊下の一番手前の教室です」
「ありがとうございます!」
少し肩に力が入りすぎかな? うっかり右手と右足が同時に出そう。落ち着かないと。
教室に入り、指定の座席につく。試験会場は受験生でいっぱい。みんな鎧を着ていないので、何を専門にしているかよく分からないけど、やっぱり戦士は戦士っぽい雰囲気、魔術師は魔術師っぽい雰囲気が出ている気がする。
共通しているのは、みんな落ち着かない顔をして座っていること。
――もちろん、私もね!
ちなみに、ここに受けに来る人たちは、大きく分けて、二つのパターンがある。
まず、この街の住人の次男坊三男坊とかで、冒険者や傭兵として一旗揚げたい人たち。つまり、独立して商売を始めるのが向いていない人たち。
あとは、フライブルク公認冒険者の地位を求めて、国内外から受けに来ている人たち。わたしもこれに入るかな。
で、ここに居るのは……40~50人くらいかな? 聞いた話とそれほど離れていないから、例年通りの受験者数といった所なのかも。
当たり前だけど、ほとんど男の子。女の子は……わたしの他、ひとり、ふたり、さんにん、か。
とか考えていると、試験官がやってきた。
「皆さん、こんにちは。今日はフライブルク冒険者学校、専願コースによくいらっしゃいました。これから、試験の流れを説明します――」
まずは学科試験。まあ、そんなに難しい問題は出てこない。読み書き、計算がそれなりに出来る事が問われている感じかな。さすがに軍人さんで文字が読めなかったり計算ができなかったりするのは困るよね。あとはまあ、国王陛下の名前など、国やこの辺りの地域、フライブルクに関する知識なども。初等科学校をまじめに出ていればそこそこできる感じかな? 私の場合は、家の図書室でいろいろ読みあさった知識が生きて、割とできた気がする。えへへ。
次は面接。
試験会場から一人ずつ呼び出され、隣の教室へ。
試験官は、先生っぽい青年と、戦士っぽいおっちゃん、魔術師っぽいナイスミドル。挨拶してから、試験官の前に用意されている椅子に腰を下ろす。まずは先生っぽい人が、手元の書類を見ながら質問を始めた。
「現住所は、シュタインベルグ村……市民権は、なし、と。合格した場合、下宿する事になりますか?」
「はい、その予定です」
さすがに毎日行って帰って3時間はつらい。徒歩で一人だと危険この上ないし。
「最初に伺いたいのは、ここを卒業した後、この街に軍人として任官したいのか、それとも傭兵、冒険者を目指したいかという事です。あ、一つ注意しておきますが、軍人として入らないから試験が不利、という事はありません。ただ、専業軍人志望は一定数確保しなければならないため、志望者が少ない場合は少し有利になる可能性はあります」
なるほど、この冒険者学校の第一目的は専業軍人の育成だから、みんな冒険者志望ばっかりで、専業軍人志望が落ちてしまうと元も子もないよね。
「はい、卒業後は冒険者ギルドに所属させていただくつもりでいます。」
次は魔術師っぽい人からだ。
「服装を見ると術式魔法の魔術師志望のようですが、それに間違いありませんね?」
魔術師の帽子と、普通のシャツとスカートを着た戦士がいたら見てみたい。レイピアとかを使う魔法剣士ならアリだと思うけど、ダンジョン向きじゃないよね。
ちなみに、魔法の種類は、術式魔法の他、精霊魔法や神聖魔法、その他モロモロ幾つかあるけど、条件がなく勉強すれば使えるのは術式魔法くらい。なので、一般的に「魔術師」は術式魔法の術者を指している。
「はい、魔術師志望です。魔法も一応使えます」
「え……村出身、ですよね? 魔法が使えるんですか?」
驚かれた。
驚かれること自体はまあ、想定範囲内だけど、驚くの、そこ!?
あれですか、田舎者に魔法が使える訳は無い、的な。
「あー、失礼。環境に恵まれたようですね」
どうも「田舎者だと思ってバカにしてません?」と顔に出てしまったらしい。
確かに都会なら、親が魔術師だったりとか、塾に通うとか、お貴族様なら家庭教師を雇うとかすれば、術式魔法を覚える事ができる。極端な話、その気になれば図書館で独学でもなんとかなる。私もそのパターンだ。
普通の村の場合、普通は教えられる人もいないし、図書館もないから、たまたま近所に隠居した魔術師がいて手ほどきを受けた、くらいしかあり得ないからなぁ。それも、冒険者学校を受験するという事は、家業を継がない条件で。
「魔法が使えるのであれば、午後の実技試験で披露して頂く事になるかと思います。昼休みに練習してみるのもいいかとは思いますが、マナが尽きて本番で使えない、ような事がないように注意してください」
気まずかったのか、そそくさと流されてしまった。どんな呪文が使えるか聞かれなかったな。もっとも、マナが制限されまくっている今、どのくらいまともに発動するのか分からないけど。
今度は戦士っぽい人からの質問。
「魔術師志望の受験生に聞くのも悪いんだがよ、剣は持ったことはない、よな?」
「はい、剣は全く使ったことがありません。――ただ、武術は、この街のリー先生に4年ほど教わっています」
「ほほう、リー先生……リー・シューウェン先生? 二の打ち要らずの? 剣術実技の時に、ぜひ型を見せてもらおうかな」
リー先生は東の果て、絹の国出身の武術の先生。
ここフライブルクは、東方からの貿易船の出入りが多い事もあり、街中にも東方――紅茶の国や絹の国――出身の人が結構住んでいたりする。
私はリチャードさんの勧めで、週に一回、練習させて貰っている。
「そうだな、剣術実技の時までに、宿題を一つ出しておこう。素手の武術では、たとえ試験に使われる練習用の剣ですら、怪我をしてしまう可能性が高い。小剣なり杖なり、試験の際に何を使うか考えておいてくれ。武器は各種準備してあるから、現物を手に入れる必要は無いぞ」
戦士っぽい試験官はそこまで話してから、笑いながら説明を追加した。
「なに、魔術師志望で剣術未経験者に実技試験の期待はしとらん。怪我さえしなきゃいいさ」
確かにその通り。普通は素手の武術はよほど腕に差が無いと剣術には勝てるわけがない。ただ……ホント、武器はどれも使った事がないのよね。近づかれる前に魔法で殴るつもりだし。昼ご飯の時にでも、リチャードさんに相談してみるか。
「さて、お話を聞かせて頂いてありがとうございました。面接はこれで終了となります。午後から、魔法と剣術の実技試験が行われますが、筆記試験の試験会場が、そのまま控え室となっています。昼休みは、近所に飲食店が幾つかありますし、屋台で何か買って、中庭で食べて頂いても結構です。いずれにせよ、試験開始までに戻ってきてくださいね」
一通り質問が終わったみたいで、また先生っぽい人がまとめて、面接は終了になった。
面接というよりは、午後の実技試験のための聞き取り調査っぽい感じだったな。
次回予告。
今は冒険者学校の入学試験の真っ最中。私はその中で、一緒に試験に挑む他の女の子と知り合う事ができた。皆、個性に満ちあふれた女の子たちだ。皆一緒に入学できるといいんだけど。
次回「一緒に入学できるといいですね!」お楽しみに!