43.図書室にて
引いてた風邪もようやく概ね治ったので、全力投入が可能になってきました。
ただ、方針とか色々悩み中です……
※2019/1/23 微調整しました。
※2019/8/5 スマホフレンドリーに修正しました。
「さあって、それじゃ、見学ツアーはっじめっるよー」
「「おーっ」」
と、右拳をあげてツアー開始を宣言したところで、私はまずは現在地点、調理場から説明を始める。
「まず、ここは調理場。まあ、普通だよね?」
と、軽く流そうとしたところで、クリスのツッコミが入った。
「いやいやいやいや、まず、普通の一般家庭のサイズやないで。それになんやね、そのキカイは……」
「ああ、これ?」
私は、クリスの目の前にあるバルブがついた小さなタンクを指さした。
「そう、それそれ。何が入っとるの?」
私は「これはね~」と言いながら、バルブを少し回す。すると、バルブの先の吐水口から、水が流れ出してきた。
「水? しかも……あれ、止まらへん?」
「うん、魔導ポンプとか言う機械で、井戸水をくみ上げてるんだって。昔は中庭の井戸しか無かったんだけど、アレックスが家事をしてくれるようになった時に、リチャードさんが作ってくれたんだ」
それを聞いたクリスは、右手を額に当てて嘆息する。
「はあ……なんて言うか、王様でもこんな暮らししてへん気がするわ」
「ま、王族は家事はしないがね。とはいえ、世界中でここまで便利な館は他に無いと言うのは同意するよ」
シャイラさんがクリスにツッコミながら同意した。
「うーん……目の前に普通にあったから、便利に使ってたけど、そう言われるとこんな物を作れるリチャードさんって、凄い人って気がしてきたな」
「いまさらかいな!?」
「あははは……」
苦笑いで誤魔化しながら、勝手口を開けて中庭に移動する。
「次は中庭。まじめな話、ここは村はずれで、外だと野生動物や盗賊なんか来てもおかしくはないから、屋外でも安心してくつろげる場所は貴重かな」
「さすがに、ここにはおかしな道具はあらへんな」
「いや、別にびっくり道具紹介のつもりじゃないんだけど……」
疑いの目で周囲を見回すクリスに、口をとがらせて軽く抗議する。
「それだけ、この館には他に無い便利な道具が多いって事じゃないかな」
「教会の皆に話すネタが多くて助かります!」
ま、まあ、話のネタでもなんでも、楽しんでくれればそれでいいかな……
そしてまた別の勝手口から建物の中に入り、一つの扉の前に立つ。
「ここは作業室。細工とか裁縫とか、家の中での作業はだいたいここでできるかな?アレックスのお城とも言えるかも。リチャードさんはリチャードさんで、錬金術や付与魔術の工房を持ってるけどね」
軽くノックすると、中からアレックスの「はい、どうぞ」という返事が聞こえてきた。
「ごめん、今、見学ツアーなんだ」
と声を掛けながら扉を開くと、そこは少し広めの部屋になっていて、中は様々な工具や道具が効率よく配置されている。
アレックスは衣装作成のため、型紙を準備しているようだ。
「こらすごいな。工具マニアとかやったら、垂涎の部屋ちゃうかな」
「並びも工夫されている気がします!」
戸口から皆のぞき込んで感想を口にする。
「これは……アレックスさんはこれを全部使えるのかな?」
「裁縫関係はだいたい使えますが、細工はまだ始めた所なので、まだまだですね」
シャイラさんの質問を耳にしたアレックスが、一瞬手を止めて小首をかしげながら返事した。うーん、ちょっと忙しそうだ。
「邪魔しちゃ悪いから、これで引き揚げるね! 衣装、よろしく!」
「はい、お任せ下さいね」
早々に作業室の扉を閉じて、最後の大物、図書室前に移動する。
「ここが図書室。術式魔法や付与魔法に錬金術の本が中心かな? 一部、正体不明の本も混ざってるけどね。今回アレックスが持ち出してきたのも、たぶんその類」
扉を開けると中はかなり広く、その中には大量の本棚が並べられている。床はワックスが掛けられた木の床で、壁は調湿効果のため、漆喰で固められた土壁。そして、直射日光を避けるために、窓は小さめで鎧戸がつけられている。
そのままだと暗いので、シャンデリアやランプが多めに置かれていて、やさしい光を放っている。
「これは……個人が収集できるレベルを超えているどころか、その辺の小国の魔術師ギルドよりも蔵書量はあるんじゃないかな?」
「はぁ……ひっろいなぁ。こんなとこで育ったら、そらアニさんも博士並になるはずや」
「これは……王都の大聖堂よりも多いかもしれません! 行ったことありませんけど!」
そして、皆は散らばって本棚の本を眺め始めた。
◇ ◇ ◇
しばらくすると、クリスが「オークでもわかる、術式魔法の使い方」を片手に戻ってきた。
「この本、魔法の授業で使ったやつやんな?」
「うん、そうだよ。私も最初に術式魔法を勉強するときに使ったし、いい本だと思うよ。魔法の勉強、するの?」
「うーん、魔法が使われへんの、うちだけやからなぁ……どうしよかなと思って」
「別に魔法は必須でもないし、クリスはクリスで、他の皆が出来ない事ができるんだから、気にする必要はないと思うけどなぁ」
「せやなぁ……」
次にシャイラさんが「付与魔法大全」を持って戻ってきた。
「シャイラさん、付与魔法に興味あるんだ」
「剣士として、装備の力を増すことができる付与魔法に興味があってね。自分自身でかけるつもりはないが、知識を持ってて損にはならないだろう」
「でも……それ、確かかなり難しい本だよ?」
シャイラさんは本を開き、ぱらぱらとめくってみる。
「これは……確かに、素人が太刀打ちできるレベルではないな」
ほとんど全てのページが大量の式と図に埋め尽くされているのを確認すると、そのままパタンと閉じてしまった。
「その辺りの話なら、リチャードさんが暇なときに聞くか……それか、学校の先生に聞いてみてもいいかもね」
「そうだね。まずは先生に聞いてみることにするよ」
と、話している所に、マリアが一冊の絵本を片手に戻ってきた。
「かわいい絵の本が見つかりました!」
マリアが掲げた本を見てみると、かわいい女の子の絵が描かれた、かなり古びた本だった。
「あー……それはねぇ。見ての通り、言葉はわかんないんだけど、たぶん、正義の味方の女の子の絵本」
うん、これは、幼い頃、襲撃事件のショックでふさぎ込んでいた私の世界に色を取り戻してくれて、魔法少女を思いつく原因になった絵本だ。
「へえ、絵本もあるんや」
クリスも、つまらなさそうに読んでいた本を中断して、こちらにやって来た。
シャイラさんも合流し、皆で机の上に置いたその本の周りに集まって、表紙をゆっくり開いていく。私が子供の頃から読み倒していたから、装丁がかなり痛んでいて、慎重に開かないとバラけそうだ。
「なるほど、言葉が分からなくても挿絵でなんとなく分かるね」
◇ ◇ ◇
――舞台はどこかの大都会。この辺りとは全く違った石造りの建物が多い町並みのようだ。
魔女らしき悪人が、手下を引き連れて人々に負の感情を増幅させる怪光線を浴びせて、そこからエネルギーを吸い取ろうとしている。
満月を背景に建物の屋上に現れる影。その顔に光が当たると、正義の味方に姿を変えたヒロインの少女である事が分かる。颯爽と登場し、悪人達に向けて決め台詞を放ったようだ。
そして一気に攻撃をしかけて大爆発が起き、悪人達は全身煤にまみれて、這々の体で去って行くのだった。
最後は、ヒロインの少女は読者に向かって勝利のポーズを決めて、物語は幕を閉じた。
読み終えるとパタンと本を閉じて、皆は口々に感想を言い合った。
「子供向けなのかな? でも、なかなか面白い本だったね」
「主人公は正義の味方なんですね! 素晴らしいと思います!」
「ぴらぴらした服を着た正義の味方の女の子ねぇ、なんかどっかで聞いた事があるような……」
「そ、ソウカナー?ヨクアル衣装ダヨ?」
雲行きが怪しくなって、つい棒読みになってしまう私。コンセプトを合わせたから、絵本の服とハニーマスタードの衣装って、結構似ちゃってるのよね。
「屋上に颯爽と現れて、決め台詞を言うなんて、格好いいと思います!」
「ああ、そういや、最近噂の魔法少女を思い出したんやったわ。でも、この本と関係あるはず無いわなぁ」
「そ、ソダネー。ヨクアル登場シーンダシネー?」
その辺りで、アレックスが扉をノックして声を掛けてきた。
「皆様、そろそろお昼ご飯ですので、食堂にいらしてください」
「さ、ソロソロ食堂ニ行コウカ?」
これ幸いと席を立つ私。これ以上突っ込まれるとボロが出そうな気がする。
昼食を食べた後は、そのまま荷物をまとめて、皆でリチャードさんの家を出た。
来るときは日も暮れかけていたし、急いでいたのでスルーしていた村の説明などもしながら、4人で歩いて街に戻っていく。
あとは衣装の完成を待つばかりで、私たちは普段の生活に戻っていった。
――まあ、リズさんが学校にやってきたり、警備隊を手伝ったりと、平穏な生活とはほど遠かったんだけどね?
リズさん入学前の話なので、三人はハニーマスタードの姿は噂話でしか知らず、現物はまだ見てません。
次回予告。
ついに衣装が完成した。リチャードさんにお披露目した後、学校での本番に備える私たち。そして当日、学校の空にリズさんの叫び声が響き渡るのだった。うん……ごめん、今回、仲間はずれだよね?
次回「ハロウィン本番!」お楽しみに!