41.お泊まり会の夜は長く
クリスに弟がいた設定を完全に忘れ果てていました。危ない危ない……
ブックマーク数が微増しております。非常に励みになります!
多忙により、今回は若干短めで失礼します。
これを掲載している頃には、最初の関門が終わっているはずで、あとは今月末〆の納品物を終わらせれば、また余裕を持った生活に戻れる筈!
※2019/1/23 微調整しました。
※2019/8/5 スマホフレンドリーに修正しました。
夕食の準備のため、アレックスは調理場の方へ去って行った。
「食事まで少し時間があるね。うーん……とりあえず、客間に案内するよ。荷物を置いてこようか」
私が先導して、皆でぞろぞろ客間に移動する。この館には、ツインの客間が二つほど用意されている。まあ、泊まりに来る人なんて滅多に居ないんだけどね。
「二人ずつ使ってもいいんだけど、一つベッドを持って来て、三人で使う? わたしは元々の寝室で寝る事になるけど、ギリギリまでみんな一緒の部屋でいられるし」
「そうだね、それがいい。ただ、四人でベッド運べるかな? かなり重そうだが」
「大丈夫! ちょっと待っててね」
私は一方の客室に入り、動かす予定のベッドに対して魔法を詠唱する。
「"マナよ、我が求めに応じ空をたゆたう力となれ"――浮遊!」
ベッドがふわりと空中に浮かんでいく。質量はなくならないけど、この状態だと地面との摩擦がないから、女の子の力でも十分運べるのだ。
シャイラさん二人で壁にぶつけないように注意しながら、隣の部屋に運び込む。ゆっくり地面に下ろしてから、私は浮遊を解除した。
「ほら、重くなかった」
「はあ~、なるほど、こんな使い方があるんやな」
空中に浮いたベッドを運ぶ姿を見ていたクリスが、感嘆の声を上げる。そして、少し考えるそぶりをしてから、私に話しかけてきた。
「なあ、アニさん?」
「ん、なに?」
「さっきの魔法って、人にかけることはでけへん?」
「浮遊? できるよ?」
「ほな、ちょっとうちにかけてみてくれへん? ちょっぴり浮かすだけでええから」
「別にいいけど……"マナよ、我が求めに応じ空をたゆたう力となれ"――浮遊!」
クリスは浮遊の効果によって、15cmほど空中に浮かぶ。
「おお、浮いた浮いた」
と、クリスは片足で壁を蹴り、アイススケートのように空中を滑らかに移動する。それを見た私は、慌ててクリスに警告した。
「あ、クリス、ダメ!落ちちゃう!」
この魔法、維持できるのは術者から3m以内に限られる。なので、その範囲から外れたクリスは……ふっ、と空中から落下してしまう。
「うわっちゃちゃちゃ!」
バランスを崩しながらも、なんとか転ばずにこらえる事ができたようだ。
「ごめん、説明してなかったけど、この魔法、術者から離れると切れちゃうの」
「うーん、空飛べるかと思ったけど、そう上手くはいかんかぁ」
でも……そうね、私自身に対してなら、何かの推進方法さえ見つかれば、空を飛ぶ事もできるかもしれない。面白いアイデアを貰った気がする。今度、うまく行く方法があるかどうか考えてみよう。
◇ ◇ ◇
荷物を置いて、寝間着を出したりしているうちに、食堂の方からアレックスの呼び声が聞こえてきた。
「皆様、そろそろ夕食ですから、食堂にいらしてください!」
皆で食堂につくと、もうリチャードさんは席についていた。アレックスが独り、配膳を進めている。
今日の献立は、チーズたっぷりクリームシチューにライ麦パン、ホットワインだ。そろそろ涼しくなってきているこの季節、温かい料理はありがたい。ただでさえ、街中と比べるとこちらの方が冷えるし。
「「いだだきます!」」
全員、スプーンをぱくっと口に入れた。そして、三人は驚きに目を見開く。
「これは……すばらしい。街で店を開けるレベルじゃないか?」
「せやな。チーズのコクとコショウの風味がたまらんわ」
「すごく、美味しいです!」
アレックスの料理を初めて食べた三人は、口々に彼女を褒め称えた。
「素材が新鮮ですから。あとは、香辛料なども使わせて頂いておりますし」
アレックスは少し顔を紅くしながらそれに応える。
「アレックス、珍しく照れてるね」
「姉様も、たまには褒めてくださってもよろしいんですよ?」
「あー、そだね。感謝の気持ちも忘れちゃいけないか。いつもおいしい料理をありがとう!」
「微妙に心がこもってない気もしますが、ともあれありがとうございます」
と言う、私とアレックスのじゃれ合いを、皆は興味深そうな目で見ている。
「妹というのも良いものだね。私の所は弟だから、また妹とは違う気がするよ」
「うっとこも弟やし、まだ小さいからなぁ。あとは周りがすれた大人ばっかりやし」
「教会の皆は、家族ですけど、うーん、やっぱり違うと思います」
皆の感想を聞いて、そういえば、妹持ちは私だけだった事を思い出す。そして、私たちの会話を見ていたリチャードさんが、ここで口を開いた。
「そういえば、学校が始まって一ヶ月くらい経ちましたね。皆さん、アニーくんとも友だちづきあいしていただけているようで、本当にありがとう」
頭を下げるリチャードさんに、皆はお互い様である事を口々に言う。
「いえ、こちらこそ、魔法の使い方を教えてもらったり、色々お世話になっていますよ」
「まあ、少なくとも、見とって飽きへんな」
「勉強、教えて貰ってます!」
すると、リチャードさんは頭をかきながら、皆にお願いを言ってきた。
「そういえば……その、君たちの事は、まだ余りよく知りません。よければ自己紹介をしていただけますか?」
あー、そういえばそうかも知れない。顔を合わせたのは合格発表の時だけだし、喫茶店はリチャードさん、恥ずかしがってついて来なかったし。
週に一回帰ったときは、もちろん、あんな事があったこんな事があったと言う事は伝えていたけど、皆の背景に関してはそれほど詳しく伝えてなかった気がする。
「そうですね、では、私から。私はシャイラ・シャンカーと申します。紅茶の国出身で、剣士をやっています――」
そして、それぞれの自己紹介と、リチャードさんの質問で夕食の時間は過ぎていった。私の役目は、茶々入れとリチャードさんの質問に対する回答補助、かな?
◇ ◇ ◇
「なるほど、いろいろ教えてくれてありがとう。これからもアニーくんをよろしく。――さて、済まないがまだ少し仕事が残っていてね。あとはよろしく頼むよ。おやすみ」
「「おやすみなさい!」」
夕食を食べ終わると。リチャードさんは早々に席を立っていった。珍しく、忙しいみたい。そして、私たち全員で片付けに乗り出した……と言っても、さすがに4人でかかると洗い物もあっと言う間に終わってしまう。
片付けが終わった辺りで、アレックスが巻き尺と筆記用具を手に持ってやってきた。
「それでは、採寸したいので、皆様客間に移動をお願いします」
「「はーい」」
言われたとおり、皆で客間に移動する。
アレックスはメモを取りながら、巻き尺で一人ずついろいろな部分のサイズを測っていき、採寸は滞りなく完了した。
それぞれのサイズは……幸いにも、アレックスは口にする事は無かった。
まあ、運動着に着替える時とかで下着姿を見ているから、皆のだいたいのサイズは知っているんだけどね。
「それでは皆様、おやすみなさいませ。姉様、余り夜更かししないでくださいね?」
「うん、起こさないように静かに戻ってくるから」
アレックスは採寸を終えると寝室に引っ込んでいった。
その後は4人で眠くなるまでベッドに横になりながらひたすら駄弁っていた。
もちろん、普段の学校でも雑談はしているんだけど、やっぱり寝間着でベッドに横になりながら、と言うのは、また雰囲気が違っていい感じ。
私は眠気が限界になってから寝室に戻り、ベッドに滑り込んだ。
そこまではかろうじて覚えているけど、その後は全然覚えていない。すやぁ。
次回予告。
お泊まり会の夜は明けて、皆でお風呂に入ったり、館の中を案内したり、楽しい時間はあっと言う間に過ぎていく。
次回「お泊まり会の夜は明けて」お楽しみに!