40.はじめてのお泊まり会
はなはだ遺憾ながら、これから2週間ほど多忙期に入ります。来週分はストックがあるので問題ありませんが、再来週以降少し短めになるかも知れません。
12月に入れば落ち着く、はず、です。
※Fallout 76じゃないです。これもやりたいけど時間が……
※2019/1/23 微調整しました。
※2019/8/5 スマホフレンドリーに修正しました。
少し時間は巻き戻って、リズさんが冒険者学校に編入する少し前の事。習い事で顔を合わせていたアレックスが、唐突に質問をしてきた。
「姉様、ハロウィンはどうされます?」
「――え?」
その頃、ハロウィンまであと三週間足らずだった。
そろそろ、お菓子を貰う方ではなくて、出す方を考えなければならない歳ではあるものの、まあ、学校に通っている間は許容される雰囲気にある。
「じつは、図書室で面白い本を見つけまして、姉様とお友達の皆様に衣装を用意したいと考えております」
「え、どんな本?」
「遙か極東、絹の国より東の国に伝わる怪物の図鑑のようです。文字は読めませんが、綺麗な絵が入っているので、衣装製作には問題ありません」
「へえ……面白そうだね」
「採寸と、どの仮装にするか相談させていただきたいので、今週末は皆さんご一緒にいらっしゃるよう、姉様からお誘いしていただけますか?今週末に採寸できれば、ぎりぎり間に合うと思います」
ま、面白そうな話かな。皆に話してみる価値はありそう! なので、私はアレックスの提案に即座に了承した。
「うん、誘ってみるよ。リチャードさんの了解は?」
「この後、話しておきますから、大丈夫ですよ」
「わかった。お願いね!」
なんて話があった翌日。早速私は皆にこの話をした。
「――と言うわけなんだけど、皆、ハロウィンに仮装してみる?」
「ああ、問題ないよ。仮装……ハロウィンとはそういうものなのか?」
と、シャイラさんが小首をかしげながら答える。それに対して、クリスがハロウィンの説明をしてくれた。
「シャイラさんの紅茶の国ではハロウィンはないんかいな。子供はお化けとかの格好に仮装して、近所の家に『お菓子かいたずらか』って言うて回るんよ。あ、うちはもちろん参加するで?」
「はい、わたしも大丈夫です!」
マリアはもちろん参加。と、言う訳で、全員賛成してくれた。
「じゃあ、この週末に村にあるリチャードさんの家で、採寸とか、どの仮装にするかの相談したいんだけど、お泊まりって大丈夫かな?」
「「もちろん!」」
◇ ◇ ◇
――そして休息日前の放課後。
普段はリチャードさんが馬で迎えに来てくれるんだけど、さすがに全員は乗れないから、今日は歩いて行くしかない。
一人だと少し心許ないけど、この人数で日中なら、私たちだけでも特に危険はないかな。
皆で雑談しながら、1時間ほど山道を登って行く。峠にさしかかったあたりで後ろを振り向くと、眼下にはフライブルクが小さく見えた。まだ日没にはわずかに時間が残されているものの、西側にも丘が広がっている事から、すでに都市は日陰に入っており、街の明かりが見え始めている。
「ほう、見事な景色だな」
「逆にフライブルクに行く時は、この峠を越えると、この景色が一気に広がるんですよね。それも気持ちいいですよ」
と、シャイラさんが思わず漏らしたつぶやきに、私は返事をする。
「それにしても……だいぶ上ってきたなぁ」
「ごめんね、ここまで来たら、あとはほとんど平坦だから」
クリスは少ししんどそうだ。本来なら私の方が体力はないんだけど、目的地を知っているのと知っていないのでは、消耗具合が違うからね。
「私はまだまだ大丈夫です!」
まあ、マリアの体力は無尽蔵のようだから……
そうこうしているうちに村に入り、そして広場を抜けてリチャードさんの領主館へ向かう。秋の黄昏時は短い。もう太陽は地平線の彼方に去り、空は蒼く、星が瞬き始めている。
「随分村はずれの方に行くんだね」
「遠くてごめん、ほんとあと少しだから」
田舎っぷりを謝りながら歩いて行くと、木立の向こうにようやく領主館が見えてきた。
なにしろ本来は領主が住まう館であり、万一、村が襲撃された時の最終防衛線でもあるので、その佇まいは小さな城に匹敵する。初めてそれを見た皆は、思わず感嘆の声を上げた。
「ほう……これは、なかなか。領主館だね?」
「な、なんやこれ? 城かいな? リチャードさんって領主さんやったんや?」
「う、うちの教会より大きいです!」
「あー……ここはリチャードさんが借りている所で、領主じゃないよ。引き取られたときには、もうここで住んでいたから、どういう経緯でここに住むようになったのかは知らないけど」
玄関前の扉に到着すると、そこには、扉を挟むように青銅製の鎧が二体立っている。
「これは……銅像か?」
「いや、ゴーレム。ちょっかいかけると反撃するようになっているから、気をつけてね。移動はしないから、万一の場合でも離れたら大丈夫」
「はぁ~、さすがは錬金術師リチャードさんやな」
私は扉を開けて、皆を玄関に導き入れる。
「ただいま!」
「「お邪魔します!」」
玄関で皆が挨拶すると、奥からアレックスとリチャードさんが出てきて出迎えてくれた。
「お帰りなさい、姉様。皆様、ようこそいらっしゃいました」
「おや、いらっしゃい。遠慮無く、自宅だと思ってゆっくりして行くといいよ。私は書斎にいるから、用があったら呼びに来てくれ」
リチャードさんは仕事の途中らしく、挨拶だけして、また書斎に戻っていった。
とりあえず、私は皆を食堂に連れて行った。もう日が暮れているため、部屋の中は薄暗い。壁に設えられたランプだけは、常夜灯モードで薄暗い明かりを放っている。
私は指を鳴らして「点灯」とつぶやくと、天井からぶら下がったシャンデリアや壁のランプに明かりがともり、部屋の中を光で満たす。
「これは……魔法の明かり、か?」
いきなり明るくなった室内に、目をしばたたかせながら、シャイラさんが呟いた。
「うん、リチャードさんが作った魔法の照明。燃料いらずで手間も掛からないし、しかも明るいと言うこと無しだよ」
「なんていうか、びっくり箱だね、この屋敷は」
「家の中を見せるだけでお金取れるんとちゃう?」
「まあ、そうやってのぞきに来る人が来ないように、街中には住んでいない……んだと思う。たぶん」
皆が壁のランプやら食器やら、興味津々で眺めている所に、アレックスがポットとカップを載せたお盆を持って戻ってきた。
「皆様、まずは席にどうぞついてくださいな」
そして、アレックスが紅茶を注ぎ、全員の前にカップを置いていく。
シャイラさんが紅茶を一口飲んで、驚きの声を漏らした。
「ほう、これはシッキムか。淹れ方も見事なものだ」
「ありがとうございます。紅茶の国の方に紅茶の淹れ方でお褒め頂けるとは、嬉しいですね」
アレックスは褒めてくれたシャイラさんにお礼を言うと、「少々お待ち下さい」と言い残して、図書室の方へ出て行った。
そして、しばらくすると一冊の分厚い本を両腕で胸に抱えて戻ってきた。
「こちらが、今回参考にさせていただく本です」
「なんだか珍しい装丁の本だね」
シャイラさんの感想に、私も頷く。
私も見たことが無い本だ。恐らく、極東で作られたのだろう。こちらで一般的に使われている羊皮紙ではない、植物で作られた紙が綴じられている。リチャードさんの図書室には、結構こういう珍しい本が紛れ込んでいたりする。
開いてみると、大きめに描かれた怪物の絵と、恐らく名前と説明文と思われる文章が書かれている。文章の方は、さっぱり意味が分からない。
「ここの図書室にあったわけだし、リチャードさんなら読めるのかも知れないけど、せっかくだからリチャードさんには、完成してからのサプライズにしたいなぁ」
なので、文字は読めないながらも挿絵を参考に、どの格好にするか選ぶ事となった。まあ、なにしろ怪物図鑑だから、まず物理的に人間が仮装できるものが限られていて、更に、女の子ができて、かつ、かわいいとなると、さすがに種類は結構絞られてくる。
それでも、皆でわいわい言いながらページをめくり、なんとか4人分、それぞれが納得できる組み合わせを決める事ができた。
「皆さんの選択は承知しました。いずれも2週間あればできると思います。採寸ですが……申し訳ありませんが、そろそろ夕食の準備をしなければなりませんから、夕食後にでもお時間いただきたいと思います」
「「はーい」」
食事の準備のため、席を外そうとするアレックスに、クリスとマリアが声をかけた。
「アレックスはん、なんか手伝おか?」
「わたしも下ごしらえくらいなら手伝えます!」
「いえ、もうほとんど出来ておりますし、お客様にお手伝いいただくわけには参りません。お気持ちだけ、ありがたくいただいておきます」
アレックスは、戸口で二人にお礼を言い、そのまま扉を閉じて調理場の方へ去って行った。
「クリス、マリア、気を遣ってくれてありがとう」
「いやあ、うちも大家族やからなあ。大人数の作るんも、結構大変やから」
「わたしも炊き出しで慣れてますから!」
ただ、シャイラさんは少し気まずそうな顔をする。
「む、すまない。こう言う時は気を利かせるべきだったか」
「大丈夫ですよ。私だって普段から手伝っていませんから、気にしないでください」
うーん、この辺りは、普段から世話をしている人としていない人の差なんだろうね。私は完全に世話をされる方だから、そういう気は全く利かない……
次回予告。
お泊まりの準備のためにベッドを運んでいると、クリスから思わぬ魔法のヒントを貰ってしまう。そして、仲間と共にとる初めての領主館での夕食と夜を迎え、楽しい時間が過ぎていった。
次回「お泊まり会の夜は長く」お楽しみに!