39.わたしはこの男を追いかけてきただけ
※2019/1/19 微調整しました。
※2019/8/5 スマホフレンドリーに修正しました。
逃走した魔術師を追って階段を降りていくと、昔の時代に作られた地下水路に繋がっている事が分かった。クスリの売人のアジトだけに、ここを使って搬入していたのかも知れない。
魔術師はかなりバタバタ逃げているようで、狭い地下道に足音が響き渡っている。だいたいの距離が分かるので、カウンターを受ける心配はなさそうだ。
私は魔術師を追跡しながら、後を追ってくるであろう警備隊と、自分が戻る時に迷わないように、小銭に照明をかけて要所要所に置いておき、目印としておく。
しばらく追跡していると、広く真っ直ぐな水路にたどり着いた。そして、向こうの方で、小舟が繋がれているのが見える。これに乗って逃げるつもりなんだろう。
でも、小舟に近づいた魔術師の男は、驚いたように立ち止まった。もう一人、別の男が小舟の側に立っていたようだ。
なにか話しているようだけど、まだこの距離では何を言っているか分からない。
でも友好的な感じでは無いような気がする?
私は気づかれないように静かに接近していく。
と、いきなり魔術師が魔法の詠唱を開始し、もう一人の男の方は手を素早く動かした。
魔術師は爆裂弾を男に命中させたものの、そのまま倒れ伏し、男の方も爆裂弾を食らって吹き飛んでしまった。まさに相打ちだ。
私は慌てて走り寄って、二人の様子を確認した。
魔術師の方は、腹に投擲用短剣が刺さっている。重傷ではあるが、命に別状はなさそうだ。このまま放置すれば別だろうけど。
男の方がダメージがひどく、爆裂弾による火傷と、腹部に裂傷ができてしまっている。そして……見たことある顔だった。
「あれ? 確か……スラッシュ、だっけ?」
盗賊ギルドのナイフ使いだ。
両方とも意識が無いから、事情を聞く事ができない。そして、魔術師の方はともかく、スラッシュの方は放置しておくと間違いなく死ぬだろう。
「うーん……仕方ないなあ」
私は一人呟いてから、とりあえず、両方に怪我を治す魔法を掛けることにした。
「"マナよ、傷つきし肉体が在るべき姿を取り戻す力となれ"――修復」
スラッシュの方は、火傷は癒えないが、とりあえず危険な腹部の裂傷は修復する事ができた。神官が使う神聖魔法と違って、折れた骨を繋いだり、開いた傷を塞いだりする修復はできるものの、火傷を治したり体力の回復、感染症の殺菌みたいな事はできない。なので、あとは本人の運と体力次第。
魔術師の方は、腹に刺さった短剣を抜くと、一瞬、血があふれるが、直後にかけた修復によって傷が塞がり、血も止まる。こっちは意識が戻ったら厄介なので、両手親指を縛って拘束しておこう。
と、そこに、どかどかと歩いてくる足音が聞こえてきた。
「出口までは誰も居なかったぞ……っておい! お前は誰だ!?」
慌てて走り寄る大柄な人影に、私は素早く立って臨戦態勢に入る。ランタンを持った男は近づいてきて戦闘態勢に入りながら厳しい口調で聞いてきた。
「こないだの小娘だな。お前がやったのか!?」
「いいえ、相打ちよ。わたしはこの男を追いかけてきただけ。――そうだ、ひとつ聞いていい?」
「む……なんだ?」
「この魔術師は盗賊ギルドの関係者なの?」
私の質問に、男は警戒を緩めないまま、返答してきた。
「いや。うちはクスリは認めてねぇ。オレ達はモグリの売人を追いかけてここまで来たってわけだ。逆に聞かせて貰うが、あんたは警備隊の協力者なのか?」
「今だけはね。あんたたちの情報を貰った借りを返すために手伝ってるだけ」
「分かった。その魔術師はくれてやるから、そいつを渡してくれねえか?本当は魔術師も押さえたいが、あんたも手ぶらじゃ帰れんだろう」
男の提案に、私は少し考えてから同意した。
「――いいよ。わたし自身が攻撃された訳でも無いし、売人共と無関係という事なら、警備隊の連中も文句を言わないでしょう」
私の返答を聞いた男は、少し警戒を緩めた。
「助かる。――あと、あんた、魔術師だったな。こんな事を頼めた義理じゃ無いのは分かっているが、こいつの怪我を治してやってはくれないか?」
「爆裂弾を食らって腹が開いていたから、それだけは塞いではいるよ。でも、神官の魔法と違って、この魔法は傷口をくっつけるだけ。あとは本人の体力と運次第。なるべく早めに神官に頼むか、ヒールポーションでも使った方がいい」
すでに治していた事を聞くと、男は驚いた顔をしてから、頭を下げた。
「すまねえな……恩に着る!」
大柄な男はスラッシュを肩に担いで、来た方向に去って行った。
それと入れ違いのように、後ろから警備隊の面々がやってきた。先頭はアーサーさんだ。
「ハニーマスタードくん、大丈夫ですか?」
私は振り返ってアーサーさんに答える。
「魔術師は押さえたよ。ここで盗賊ギルドの男とやりあって相打ちになってた。盗賊ギルドの方は、別の男が連れ帰ったわ。こいつらは盗賊ギルドとは敵対していると言っていたから見逃したけど、それでいいよね?」
「ええ、今回の目的は売人だけですから」
「こいつは腹に投擲用短剣が刺さっていたけど、一応、修復をかけて傷口を塞いであるわ」
私の答えを聞いて、アーサーさんは驚いた顔をした。
「なるほど、魔術師はそんな事もできるんですね」
「神官の魔法と違って、傷口をふさぐだけだけどね」
「なるほど。さて、そろそろ戻りましょうか。今回の作戦はこれで100点満点で成功です」
◇ ◇ ◇
アーサーさんたちと一緒に倉庫に戻ると、そこでは荷物や書類の整理や確認のため、大勢の警備隊員が右に行ったり左に行ったり、忙しそうに働いていた。
投降した売人たちは拘束されて隅っこで座らされている。死体も何人か隣りに転がされているけど、警備隊員の殉職者は居なかったようだ。
倉庫を出たところで、アーサーさんが改めて礼を言ってきた。
「本当に今日は助かりました。あなたの協力がなかったら、証拠の文書と共に魔術師は取り逃がしてしまっていたと思います」
「そりゃどうも」
私の返答を受けて、アーサーさんは笑いながら聞いてきた。
「本当に、警備隊に入る気はありませんか?」
「あ・り・ま・せ・ん!」
私はそう言い捨てて、足早に下宿に帰って行った。早く寝ないと、明日も学校だよ!?
次回予告。
時間は少しさかのぼって、リズさんが学園に編入する前の事。私はアレックスにハロウィンはどうするのかと言う質問を受けた。
どのような仮装を決めるため、私は皆をリチャードさんの家に招いて、初めてのお泊まり会を行う事になる。
次回「はじめてのお泊まり会」お楽しみに!
※思うところあって、再びタイトルのルールを変更します。さかのぼっての改題は、近日中に行うかも?