37.今度は、全員で一斉にかかってきてください
繰り返しのお願いで恐縮ですが、感想、評価、ブックマークいただけると、もれなく欣喜雀躍させていただきます。
また、次の38話を急遽分割したため、次回予告を修正させていただきました。
※2019/1/19 微調整しました。
※2019/8/5 スマホフレンドリーに修正しました。
数日後、街の外にある冒険者学校の練習場に、警備部主任のアーサーさんの声が響き渡った。
「はい、と言うわけで今日は、魔術師相手の実践学習を行います。特別講師として最近噂のハニーマスタードさんのご協力をいただきました」
ハニーマスタードの衣装でいつもの練習場に立ち、どうしてこうなった……と、内心がっくり来ている私。ああ、遠巻きに学校のみんなや先生が見に来てる……ば、ばれないよね?
どうしてこんな事になったかというと……まず、こないだ暴れてた男は薬物中毒だったんだそうだ。で、クスリの売人のアジトが分かったのは良いんだけど、どうも相手に魔術師がいるらしくて、その対策を知りたいんだって。ところが今の警備隊にはあまり大した魔術師がいないし、普段も魔術師は相手にした事が少ないから、有効な戦法が分からなくて困っている、と。
そういえば魔術の先生も、気の利いた魔術師は冒険者になるか仕官するか、魔術師ギルドに行っちゃって、警備隊には回らないような事を言っていたなぁ。
で、先日の盗賊ギルドについて教えた貸しを返して欲しいとアーサーさんに頼み込まれたわけ。貸し借りなしなら断るんだけど、さすがに借りがあるとやるしかなかった。
――やるからには吹っ切ってやるしか無いな。覚悟を決めた私は、整列した30人ほどの警備隊の人達の前で話し始めた。もちろん私より年上ばかりだけど、それでも十分若い人たちだ。
「はーい、助けを求める声があれば、天より舞い降りて悪を討つ、魔法少女ハニーマスタードです! 皆さんこんにちはー!」
「「こんにちはー!」」
「みなさん、声が小さいですね。こんにちはー!」
「「こ、こんにちはー!!」」
「はい、それでは、今日は魔術師との戦い方について、説明したいと思います」
「魔術師と戦ったことがある人~!?」
「「はーい」」
何人かの手が上がる。
「魔法を受けたことがある人~!?」
「はーい」
更に数が減った何人かの手が上がる。
「魔法を受けて死んだことがある人~」
「「……」」
「――は、ここにはいませんね?」
まず軽いジャブを放ってから、私は魔法に関する基本的な説明を始めた。
「まず原則として、魔法は詠唱が必要で、一回に一つしか唱えられません。でも、単発でも範囲に対して攻撃できる魔法もあるので、基本は大きく広がっての同時攻撃になります。ただし、手練れは高速詠唱や複数発動とか、いろいろ小細工もできますので、要注意です。
あと、魔法は詠唱中に集中が途切れると失敗します。なので、石つぶてを一つぶつけるだけでも十分詠唱を妨害する事ができます。魔法の射程はそんなに長くないので、だだっ広い場所だと長弓でも持ってくるのが一番かもしれませんね」
一般的な解説を行った後、私は警備隊の人達に背を向けた。
「それでは、これから、たぶんメジャーだと思う攻撃魔法を実際に使ってみます。まずは一番よく見る魔法から行きますねー」
私はよく分かるように、ゆっくり魔法を詠唱する。
「"マナよ、矢となって我が敵を討ち倒せ"――魔法の矢」
小さい魔法陣が生成され、魔法の矢が飛んでいく。
こんなのでもあまり見たことないのか、警備隊の人達は「おおー」みたいな声を上げている。
「これはまあ、基本的にショートボウくらいの攻撃力ですかね?急所に当たらない限りは死にません」
私は次々に魔法を唱えて実演する。
「――火球!」(ばひゅん!)
「――爆裂弾!」(ばっかーん!)
「――炎の息吹!」(ぼぼぼぼぼぼ!)
「――雷撃!」(ぴしゃーん!)
「――暴風雪!」(ひゅごごごご!)
「ま、こんなもんかな?たぶん、目にするのは魔法の矢、火球、爆裂弾くらいだと思うけど、それ以外にもこう言う魔法があると言うのは覚えておいた方がいいかな」
私はそこまで喋ってから振り向いたら、皆が呆然とした目で私を見ているのに気がついた。
「――あれ?」
一人がおずおずと右手を挙げた。
「あ、あの、一つ質問いいでしょうか?」
「はい、なんでしょう?」
「その、魔法ってそんなに沢山使えるものなんでしょうか? 警備隊の魔術師は、小技でも何発か、大技なら1、2発撃つと、しばらく打ち止めのような事を言っていましたが」
うーん、まあ、そうだよね。
「普通はその通り。でも、わたしは特別。なぜかは……」
「なぜかは?」
私は人差し指を唇につけて可愛く言ってみる。
「ひ、み、つ!」
「は、はぁ……」
だ、だめだ。凄く外した気がする。まあ正直言って、自分でもなぜか知らないんだけどね。物心ついたときからそうとしか言えなかったりする。
「ごほん。では、実践に移ります。3人一組で散開してかかってきてください。ゴールは私を剣で攻撃できる間合いです。もし固まっていたら、遠慮無く爆裂弾飛ばしますよ。私が使うのは魔法の矢だけです。当てませんが、近くに飛んできた人は食らった想定で退場してください」
まず一組目。
私は普通に一発だけ魔法の矢を放ち、一人は退場させたが、残り二人はその隙に至近距離まで接近してくる。
「はい、こんな要領ですね。次のグループも順番にどうぞ」
◇ ◇ ◇
その後も繰り返し実戦練習を行った。
でも、なんて言うか、意図的に手加減して負け続けるのは、少しずつストレスが溜まってくる。
うーん……多人数相手でやりあった事はないので、せっかくの機会だから試させて貰おうかな?溜まったフラストレーション解消にもなりそうだし。
そう思った私は、一通り終わった所でアーサーさんに一つ提案してみる。
「あの、最後に一回だけ、私の多人数相手の練習につきあっていただけますか?」
「ええ、結構ですよ?どのような形で行います?」
「今度は、全員で一斉にかかってきてください」
「え?」
余りに無謀な提案にアーサーさんは驚いた顔をする。
「その代わり、私も全力で戦います。電撃の矢と言う、ぴりっとするだけでダメージが少ない魔法だけは直撃させますけど、他のはなるべく当たらないようにしますから」
「分かりました。ただ、お互いに怪我が無いようにお願いしますよ」
「ええ、なるべく」
アーサーさんが警備隊の皆さんを集めて説明を行う。そして、開始の号令を出した。
「始め! ――散開!」
30人全員が、まずは遠巻きに私の周囲を走って包囲する。うん、この対処は正しい。
私はこの間に、普通に電撃の矢を唱えて、4人ほど脱落させた。
「突撃!」
アーサーさんの指示に従い、残り26人が全方位から走ってきた。
「"マナよ、雷をまといし矢となりて我が敵を討ち倒せ"」
私は目の前に12本ほど同時生成する。
「「え、ええっ!?」」
たぶん、初めて見る同時発動に驚く警備隊の人たち。さすがにこの数だと誘導はできないので、無誘導で角度だけつけて解き放つ。
「――電撃の矢!」
「「うわぁぁあっ!!」」
無誘導と言えども、集中して放ったので6人ほど巻き込み、包囲網の一角に隙を作る事ができた。
私はくるりと身体の向きを変え、包囲網の破れた部分を背にして次の魔法の詠唱に入る。
「"マナよ、姿を変えてこの身を護る盾となれ"――防御!」
「"マナよ、万物の軛、重力から解き放つ力となれ"――重力軽減!」
警備隊の面々が私の下にたどり着くまでもうわずか。私はさらなる魔法を唱える。
「"マナよ、我が求めに応じ万物を砕く破壊の炎となれ"」
「「なっ!?」」
手加減無しの破壊魔法の詠唱に驚いて急停止しようとする警備隊の面々。
私はにやりと笑って、とんと軽くジャンプしてから「――爆裂弾!」と唱えて魔法を成立させ、目の前の地面に着弾させる。
警備隊の人たちで、かなり近づいていた先頭の3~4人ほどが巻き込まれたけど、まあ直撃じゃ無いから大丈夫だろう。
私は、炸裂の勢いで包囲網の外、20mほど後ろに吹き飛ばされる。ダメージそのものは、防御に阻まれて特にない。そして、重力軽減の効果でゆっくり降下する。
「「突進!」」
残りの全員が、固まったまま真っ直ぐこちらに走り寄ろうとするけど……
「固まっちゃ駄目って言ったでしょ? "マナよ、天空の怒り、稲妻となりて我が前の者どもを討ち倒せ"――」
呪文を聞いた皆はみんな慌てて地面に伏せる。
「――雷撃!」
さすがに直撃させると死屍累々になってしまうので、わずかに狙いをずらして誰にも当たらないように放つ。
「ま、こんなもんか――練習のご協力、感謝します」
私は優雅にスカートの裾をつまんで腰を下ろす、正式な礼の仕方をもってアーサーさんに礼を言った。
◇ ◇ ◇
整列後、終了の挨拶をして皆揃って帰り支度を始める。
爆裂弾で火傷とか、電撃の矢の当たり所がちょっと悪かったりとか、何人か怪我人が出てしまったけれど、軽傷ばかりなので問題ない、はず。
警備隊の人達に指示を終えたアーサーさんが、こちらに来て話しかけてきた。
「ハニーマスタードさん、今日はありがとうございました」
「いえ、どーいたしまして」
だいぶ魔力を消費したのもあるけど、無理矢理上げていたテンションが落ちていたため、少し疲れた顔をしながら返事する。
「こんなにノリノリでやっていただけるのであれば、今度ぜひ、警備隊主催の子供向けイベントにでも出ていただけませんか?」
「わたしは警備隊に就職したわけではありませんよ?借りを返しに来ただけですから」
「そうですか……それは残念です。では、また貸しを作ったときにでも」
「もう作りませんよっ!」
アーサーさんは、ふと思いついたような顔をして、とんでもない事を言い始めた。
「ところで、突入は明日の晩なんです。夜二つに商業区から港湾区に渡る門に来て頂けますか?」
「え、そこまでつきあわされるんですか!?」
練習だけならともかく、実戦にまでつきあわされるのはとんでもない。当然の抗議を始めたところで、しれっと反撃される。
「いやあ、残念なことに、結構な人数が負傷退場してしまったので……責任を取って欲しいな、と思いまして」
う……まあ、調子に乗って危ない魔法を連発してしまったのは私だし。
なので私は、こう答えるしか無かった。
「わかりました……行きますよ……」
最近、後藤警部補化が進んでいる気がするアーサーさんでした。
口調、そうしとけばよかった(笑)
(ちなみに元々の名前は、アーサー・ヘイスティングスから借りています)
◇ ◇ ◇
次回予告。
引き続き、アーサーさんからの無茶振りに応じている私。今度はついに実戦への突入となってしまった。
流れの中、私は単騎突出してしまうが、それは意外な再会を招くのであった。
次回「おっと、わたしも突入しなきゃ!」お楽しみに!