34.友達というのは頼まれてなるものではありません
二つに分けると短すぎるので、今回は長めになりました。新しい評価をいただきました! ありがとうございます。
※2019/1/17 微調整しました。リズさんの祖父の名前がゲイリー→ギャリ―になってます。そもそもの綴りはGaryなんですけど、間違った読み方していた気がしたので。
※2019/8/4 スマホフレンドリーに修正しました。
魔術の実習の後は剣術実習。皆でぞろぞろと街の外の練習場に移動する。
リズさんは……どこから取り出したのか、真っ白なレースの日傘を差して小さな椅子に座ってる。うん、絵にはなる。絵にはなるんだけど……その姿はどうみても見物。見学って風情じゃない、よねえ。
担任でもある剣術の先生が出てきて私たちに向かって話を始めた。
「おう、揃ってるな。今朝も言った通り、エリザベス君は練習には参加しない。普段は帰るそうだが、今日は見ぶ……見学したいそうだ」
先生も見物って言おうとしたよね!?
そして先生は、リズさんの方に目をやると……ちょっとあきれた顔をしてから話を続ける。
「どう見ても見学って雰囲気じゃねぇなぁ。ま、いいさ、今日だけだ。皆気にしないでやってくれ」
今日の訓練内容はいつもと同じ。初心者はダミーを叩き、経験者は立ち会いを学ぶ。……が、どうしたことか、今日は男子たちの熱気が段違い。
私は練習相手の男の子の木剣による攻撃を、左手のバックラーで軽く捌き、隙を見て至近距離に突入、低い姿勢から肘を鳩尾に叩き込む。
「ぐはあっ」
呻きながら倒れ込む男の子。
いつもならこれで終わる所だけど……
「まだまだっ、もう一本、お願いします!」
男の子はふらつきながらも立ち上がって再び木剣を構えた。
「えー……」
私は普段と違う反応に困惑しながら男の子の様子を見ると……男の子はちらちらとリズさんの様子を見ているようだ。
ふう……やれやれ、そういうことね。いいとこ見せよう、と。
「はいはい、じゃ、もう一回」
私は男の子がぶんぶん振り回してくる木剣をひらりひらりと避け、また隙を突いてダッシュで接近。今度は低い姿勢からショートアッパーを放つ。
狙い澄ました一撃は、男の子の顎をかすめて脳みそを揺さぶる。
男の子は、そのまま膝から崩れ落ちてダウンしてしまった。その姿を見ながら、私は口の中で呟く。
「意気は買うけど、負けっ放しじゃいいとこ見せられないでしょうに」
私が体についた土埃を払っていると、拍手の音が聞こえた。そちらの方に視線をやると、リズさんが立ち上がって拍手していた。
「リズさん?」
「お見事ですわ。アニーさん。魔術師と聞いておりましたのに、なかなか体術もやりますのね」
「そりゃ、どういたしまして。まあ、護身術レベルだよ」
と、肩をすくめながら答える。
「そうは見えませんわ。――でも、ま、そういう事にしておいて差し上げましょう。あなたも普段の態度とできる事に随分差があるように見えますわね。実に興味深いですわ」
「そりゃどうも」
うーん、リズさんを相手にしていると、なーんか、見透かされているようで、怖いなぁ。
「あら、お姉様と先生が始められるようですわね」
リズさんの声に気付いてシャイラさんの方を見ると、男の子相手の練習は終えて、今度は先生との試合を始めようとしていた。
試験の時は見られなかったパーフェクトシャイラさんと先生との試合、これは見逃せないな。
先生の装備は片手半剣を両手使い。もちろん木剣。
シャイラさんの装備は、右手は曲刀、左手は短剣。
「シャイラ・シャンカー、参る!」
「よし、来い!」
シャイラさんは曲刀を目の前に立てて軽く挨拶した後、先生に向かっていく。
先生は片手半剣なので、リーチがシャイラさんより長い。なのでシャイラさんは、まずそれをかいくぐる必要がある。
シャイラさんの構えはほぼ正面向き。先生の軽い牽制は左手の短剣で簡単にはじいているが、なかなか飛び込む隙を見つけられない。
今度は先生の体重の乗った横斬りを左手の短剣で防ぐが、勢いに押されて少し体勢を崩してしまう。もっとも先生の方も、この隙は突けなかったようだ。
シャイラさん、今度は構えをやや左半身に切り替えた。左手が前、右手が後ろに来る形だ。普通に考えると、主武装である右手の曲刀が使いづらい形になるけど、シャイラさんには何か考えがあるんだろう。
先生の方は、また軽い牽制から入る。シャイラさんは左手の短剣を使ってまたも見事に捌いている。でも、もう少し近づかないと短剣は先生に届かない。
……また勢いの付いた横斬りが来た!今度はシャイラさん、右手の曲刀を勢いよく先生の横切りにぶつけて、お互いの剣をはじいて先生の体を開かせる!
直後に、右手の反動も使って、フェンシングの突きの要領でそのまま後ろに引いている右足を力強く蹴って、左手の短剣を大きく前に突きだした。
シャイラさんの短剣は、先生の喉の前でぴたりと止まっていた。まだリーチに余裕はあるので、その気になれば突き通せている。
「――お見事!」
先生は両手を挙げて降参の意志を示す。
「ホント、今年の学生共はやべぇなぁ。」
「ありがとうございました!」
またしてもリズさんの拍手が響き渡る。
「お見事ですわ、お姉様!今のは紅茶の国風の剣術ですわね」
「そうだね。幼い頃から叩き込まれた剣術だ。今の私にはこれしかないからな」
軽く頷きながら答える。
「そんな事ありませんわ!お姉様の人の上に立つ心構えに感服したからこそ、このわたくしがお姉様と呼ばせて頂いております」
「そう言って貰えるのはありがたいが、私は人の上に立ちたいわけではないからね」
と否定してから、シャイラさんは表現を少し変えて言い直した。
「うん、私のいい方が悪かった。今の私には剣術が一番だから、これでいいんだ」
「剣術の達人は世の中に数多おりますわ!しかし、人の上に立つ才能を持った方は数えるほどしか!」
「すまないね。今はその気にはなれない」
お家騒動に巻き込まれて出奔してきたと言う事情を知っているからこそ、人の上に立ちたくないシャイラさんの気持ちは分かる。
そして、それを知らないからこそ、上に立って欲しいと言うリズさんの気持ちも分からなくはないんだけど、私が説明するわけにも、ねぇ。
「あー、お前さん達、今は授業中って事を忘れちゃあいないかな?」
とりあえず、先生の割り込みも入ったので、この話はここで終える事ができた。
でも、リズさん、絶対この話を続けそう。
◇ ◇ ◇
その後、実習も終わり、私たちは更衣室に戻って運動着から普段着に着替え始めた。早々に着替え終えた私が一番に更衣室から出ると、廊下にリズさんが待っていた。
「アニーさん、一つお願いがあるのですが」
「お願い?」
「ええ、少し時間も遅いですし、皆様でわたくしを家まで送っていただきたくて」
リズさんの申し出に、私は首をかしげた。
「遅いと言っても……まだ昼六つの鐘、鳴ってないよね?」
「ごめんなさい、一人で帰ると家族が心配しますの。明日からは迎えをよこすようにしますので、」
ま、別に用事があるわけでもないし。私は頭をかきながら答える。
「うーん、わたしは別に構わないけど……」
そこにシャイラさんとクリスが出てきた。
「おや、どうしたんだい?」
「リズさん、まだ帰ってなかったんや」
私はリズさんが送って欲しいと言っていることを皆に伝えた。
「今日はバイトも無いし、私は問題ないよ」
「うちも別に暇やし」
「わたしも大丈夫です!」
あれ? マリア、いつの間に。
「で、何の話なんですか!?」
やっぱり、聞いて無くて同意したのか……
マリアにリズさんを送る話をすると、彼女はもちろん改めて同意したのだった。
◇ ◇ ◇
――と言うわけで、商業層に向かって皆で歩き始める。そして、しばらく歩いた後、大きな屋敷の前に到着した。これがリズさんの家らしい。上がり込むのも悪いし、ここで解散しようかと私はリズさんに話しかけた。
「この辺りで大丈夫かな?」
「あの、せっかくなので皆様上がっていらして?」
「いきなり皆で押しかけても迷惑じゃない?」
「いきなりではありませんから、大丈夫ですわ」
え、いきなりじゃないって、どういうことだろう? 不思議に思いつつも、私たちはリズさんに従って屋敷の中へ上がっていく。
食堂らしき大きな部屋に入ると、奥には矍鑠とした感じのお爺さんが座っており、私たちを見ると立ち上がって話しかけてきた。
「わざわざ足を運んで貰って悪かったね。ワシの名はギャリーと言う。エリザベスの祖父じゃ」
私たちはそれぞれに軽く自己紹介を行った。
「初めまして、アニーと申します」
「シャイラ・シャンカーと申します」
「クリスティンや」
「マリアです! あなたにも至高神のお導きがあらんことを」
挨拶を聞いたギャリーさんは、にこやかに笑いながら話し始めた。
「このエリザベスから君たちの事を聞いて、ぜひご挨拶をしたくなってな。直接お招きするとどうしても身構えてしまうじゃろうから、別件の名目でご足労いただいたわけじゃ。だましたような感じですまんかったの。ささ、座ってくれ」
いきなりではない、と言う事はつまり、用意された席、と言う事か。
私はそう思いながら、お誘いに応じて着席する。
「おじいさま、いきなり嘘を言わなければならないわたくしの身になって欲しいですわ」
「すまんのう、ベス。ただ、商売人は嘘がつけてナンボ、じゃぞ」
ギャリーさんは私たちの方を向いて話し始めた。
「さて、本題に行こうかの。ワシ自身の目で君たちを見てみたかったのもあるが、ワシから一つお願いをしたくて来ていただいたのじゃ。つまり――エリザベスの友人になってくれんかの?」
いきなりのお願いに驚く私たち。
「エリザベスはこれまで、残念ながら対等の友人を作るチャンスに恵まれなくての。もう少しすれば寄宿学校なりに入れる事も出来るのじゃが、あそこはあそこで利権がらみのつきあいになりそうでなあ」
「そらまあ……うちは構んけど、いきなりうちらを信用してええんかいな?」
クリスの疑問に対して、ギャリーさんは柔らかな笑顔のまま答えた。
「ええ、それはもう信用しておりますわい。ただ、申し訳ないが、それなりの根拠は確認させていただいた上での結論じゃよ」
「そらまあ、そやろな」
「正直言って、一部、判断に迷った所もあったがね、クリスティン・ゴートくん」
一瞬、ギャリーさんから凄みが漏れ出た気がする。
「……そらまあ、そやろな」
それに対してクリスも先ほどと同じ答えを、少し異なる口調で答えていた。
「ワシ自身も君を見て、その結論に問題ないと確信したよ」
「うーん、この場合はおおきに、と言えばええんかいな?」
このやりとりの間、私は考えをまとめていた。そして、丁度話が途切れた時に、ゆっくりとゲイリーさんに向かって話し始めた。
「あの、友達というのは頼まれてなるものではありません。なので、このお話はお受けできません」
ギャリーさんや他の皆も、私が拒否すると思っていなかったのだろう。驚いた顔をして私を見詰めてきた。
私は言葉を続ける。
「もう友人ですから、と言えればいいのですが、まだ知り合ったばかりですから、さすがにそこまでは言えません。でも、頼まれなくてもすぐに友人になれると思っています」
その言葉を聞いたリズさんは、一瞬嬉しそうな顔をしたあと、照れ隠しに素知らぬ顔に戻っていた。耳が赤くなってるけどね。
「でも、シャイラさんに執着しすぎて、彼女の意に反する何かを仕掛けようとしたら別ですよ? あとは、わたしたち4人全員を平等に扱う事。これが条件ですね」
「う……わ、分かりましたわ。でもお姉様と呼ぶのはよろしくって?」
その質問に対しては、シャイラさんが答える。
「まあ、それくらいならいいんじゃないかな」
「お姉様、ありがとうございます!」
その時、扉がノックされてメイドさん達がお茶とお菓子を載せたカートを押してきた。
「丁度いいタイミングじゃの。話が丸く収まったところで、遠慮無くお茶とお菓子を食べていってくだされ。ワシは申し訳ないが中座させていただきますわい。ちょっと用事がありましてな」
ギャリーさんはそう言い残して、足早に食堂を出て行った。商会の当主でもあって、自治組織にも関係してたとしたら、ものすごいスケジュールで動いているんだろうなあ。
その後は、お茶とお菓子をごちそうになって解散となった。
ちなみに、いつもの喫茶店に勝るとも劣らない美味しいお茶とお菓子だった。やっぱり普段からいいもの食べてるんだなぁ。
次回予告。
正義の味方をやっている以上、いつかは遭遇しなければならない相手と、ついに遭遇してしまう。それは盗賊ギルド。私はこの街の盗賊ギルドに関して、調査を開始したのだった。
次回「この街の盗賊ギルドって知ってる?」お楽しみに!