32.お待たせいたしました、お姉様!
※2019/1/17 微調整しました。
※2019/8/4 スマホフレンドリーに修正しました。
「へえ、あの人が件の君なんだ……って」
「「シャイラさんじゃん!」」「お姉様!?」
私たちの声が聞こえたのか、シャイラさんはこちらを向いて、苦笑いをしながら軽く手を振ってくれた。
「シャイラさん……お姉様の事ですわね?」
「うん。バイトしてるとは聞いてたんだけど、ここだったんだ」
「先ほどの普段着も見目麗しく感じておりましたが、やはり執事服は凜々しさを感じて別格ですわね!」
あ、あれ、またリズさんのテンションが一気に上がってきた気が……
リズさんはものすごい勢いで部屋に戻ると、呼び鈴をぶんぶん振り始めた。本来なら涼やかな音色のはずの呼び鈴が、振り回されてチリンチリン鳴っている。
「お呼びでございますか? エリザベス様」
「追加注文をしたいのですが、シャイラお姉様をこちらに呼んでいただけますか?」
現れた執事さんにリズさんがオーダーするも、執事さんは落ち着いた声でリズさんに断りを入れた。
「申し訳ございませんが、新人の彼女は広間担当でございまして、個室のお客様に対しては私、あるいは他のベテランが対応させていただいております」
あら残念でした。
「わたしが命じているのです!シャイラお姉様をこちらに!」
「あー、リズさん、それがダメなんだって!」
激高して命令を始めたリズさんを慌てて止めると、シャイラさんに言われたことを思い出したのかしゅんとなった。
「あ……そ、そうでしたわね。止めてくださって感謝しますわ。えーと……」
「えーと?」
「……」
リズさん、口をもごもごさせている。私は一つの可能性を思いついて自分の名前を言ってみた。
「アニー。アニー・フェイ」
「そうそう、アニーさん」
やっぱり、名前、覚えてなかったのね。ほんと、さっきの自己紹介は右から左だったみたいで。
そんなこんなのうちに丁度良い頃合いとなり、私たちはお店を出ることにした。もちろん支払いはリズさん。ごちそうさま!
思ったより長居してしまったし、お店を出たら、そのまま店の前で解散する。
「今日は本当に感謝いたしましたわ。お姉様に再会までご壮健であるようお伝えくださいませ。ごきげんよう」
「「ご、ごきげんよう」」
思ったよりリズさん、あっさり引き下がってくれたなぁ……さあて、明日はシャイラさんを問い詰めなきゃ!
◇ ◇ ◇
翌日。教室で待ち構えていた私たちは、シャイラさんにバイト先について聞いてみた。
「あ、来た来た。シャイラさん、どうしてまたあの喫茶店で働くようになったんです?」
「いきなりだね。先日言った通り、私もバイトを探さなくてはならないものだから、あの店に相談してみたんだ。ここで長く店をやっているなら、いいバイト先を知っているかと思ってね」
シャイラさんの言葉に、質問した私ではなくクリスが引き継いで答える。
「それで、あそこ自体を紹介されたんやね?」
「その通り。あの喫茶店で要求されているのは、洗練された立ち居振る舞いが必須で、紅茶の知識があればなおよしと言った所だったから、まさに渡りに船と言った感じかな」
「確かに、天職っぽく思えるなぁ……」
条件を聞いて、シャイラさんに最適なバイトである事を再認識する。
「いや、できれば天職は給仕ではなくて剣士と思いたいが……ごほん、それはさておき、もう少し落ち着いた客層だと思っていたのだが、最近とみに若い女の子が増えてきてね。それには少し困惑している」
「シャイラさん、もてもてだもんね。あ、それで思い出したけど。リズさん、だっけ? シャイラさんにまた会いましょうみたいな感じの事を言ってたよ」
私があの後の話をすると、さすがにシャイラさんも困った顔をした。
「う……そうか。しかし、どうやってまた会う気なんだろうね」
「学校の前で待ち構えてるとか」
「さすがに部外者では中には入れんわなぁ」
「でも、あの人ならなんとかして入ってきそうな気がします!」
「ちょ、マリア、怖い想像になるからやめてや」
怖い想像になってしまい、みんなで一斉にため息をつく。
「「はあ……」」
◇ ◇ ◇
その後、一週間は何事も無く過ぎた。
でも……一週間後、朝礼の時、先生が渋い顔をして教室に入ってきた。
「あー、今日から一人、聴講生が入る事になった。学科だけ参加して、実技は基本、参加しないそうだ。普通はそんなのあり得ないんだが……まあ、仲良くしてやってくれ」
一人増えると聞いて、どよめく教室。
私はクリスにささやき声で聞いてみた。
「ねえ、途中から増えるって、聞いたことある?」
「いや、そんなん聞いたことないなぁ」
「だよねぇ……なんかイヤーな予感がするんだけど」
「奇遇やな。うちもや」
先生は教室の外に声を掛けた。
「おい、入ってきてくれ」
扉からしずしずと、金髪縦ロールの女の子が入ってきた。大変遺憾ながら、よく知ってしまっている顔だ。
「はじめまして。エリザベス・デイビスと申します。これまで家庭教師のみで勉強しておりましたが。大人数で勉強する事の大切さに気づいたので、皆さんと一緒に勉強させていただく事にしました。冒険者ギルドに所属するわけではないため、実技には参加しませんが、これからよろしくお願いしますね」
よそ行きの笑顔でにこやかに挨拶をするリズさん。名前を聞いて男子たちのどよめきがさらに大きくなり、ひそひそ話がいろいろなところで繰り広げられた。
「デイビスって、あのデイビス商会の?」
「なんでまた冒険者学校に来たんだろう」
「将来の伴侶を探すためとか!?」
「いや、それならこんな所に来るわけないよ。商会同士の舞踏会とかじゃないかな」
「だよなぁ。恋人とかは、世界が違いすぎるよなぁ」
「世界以前に、お前はまず鏡に相談しろよ」
「恋人は無理でも、顔見知りになっただけでも将来の就職にプラスになるかも」
そして彼女は教室中を見渡してシャイラさんを見つけると、晴れ渡った笑顔でこう言った。
「お待たせいたしました、お姉様!」
「「お、お姉様!?」」
更にひそひそ話のボリュームが上がる。――さすがに先生も止めに入ってきた。
「あー、授業を始めるからそろそろ静かにするように。エリザベスくんは後ろの方の空いている席に座ってくれ」
「はい、分かりましたわ」
担任の先生と入れ替わりに学科教育の先生が入ってきて、授業が始まった。
「――と言う訳で、この公式によって、この計算が成り立つと言う事になります。では、この問題、分かる人はいますか?」
……私は、数学は余り得意じゃない。いいもん、数学ができなくても魔術師には関係ないし。
「はい!」
先生は声の主を見て驚いた顔をした。
「おや、エリザベス君……だったか。今日から入った」
「その通りですわ」
「では、前で説明してください」
「はい、この問題は――」
おお、リズさん、難しい問題をすらすらと解いている。ずっと家庭教師をつけていたって言ってたっけ?それなら勉強が出来ても不思議じゃないかな。
授業が終わると、男子共はリズさんに話しかけに行こう……と動き出す前に、リズさんが素早くシャイラさんの所にやってきた。
「お姉様、お久しぶりでございます。これから学友として一緒に勉強させてくださいね!」
勢いに気圧されながら、なんとか受け答えするシャイラさん。
「あ、ああ。それにしてもどうやって入ったんだい?」
「簡単な話ですわ。この学校の運営母体はご存じですわね?」
「公立、つまりこのフライブルク自治組織、だね」
「わたくしの実家も、ご存じですわね?」
リズさんの質問に、シャイラさんは今度は少し考えてから答えた。
「フライブルクの自治を担っている五大商会の一つ、だったかな」
「その通りですわ。そしてわたくしのモットーは……これは、お姉様はご存じありませんわね。では、アニーさん」
え、私!?
いきなり矛先がこちらを向いてきた。
「金でもコネでも使える物は使う、だったっけ?」
そこまで言って、リズさんが言いたいことが分かった私は言葉を続けた。
「――つまり、有意義に使った、と」
私の答えを聞いて、リズさんはにっこり笑った。
「ええ、あなたのような勘のいい方は嫌いではありませんわ。――と言っても、それほど難しい話ではございませんわ。わたくしが行ったのは、おじいさまに集団学習の有意義さを説いて、冒険者学校に有為の人材がいる事をお教えしただけ。あとはおじいさまの判断ですわ」
そして、少し寂しそうな顔をしながら言葉を続けた。
「わたくしの猶予期間がどれくらい残されているか、分かりませんけどね。おじいさまが、わたくしをいつ王都なりの寄宿舎学校にでも入れる気になるか……」
うーん、お嬢様はお嬢様で、いろいろ気苦労がありそうなのね。
「ともあれ、それまではお姉様にいろいろお教え頂きたいと考えていますわ!」
と、リズさんはシャイラさんの手を両手で握って、ぶんぶん振り回す。
「あ、ああ、こちらこそ、よろしく」
シャイラさんは引きつった笑顔で返すしかなかったようだった。
次回予告。
リズさんも加わったお昼ご飯の後、私たちは午後の授業である魔法の実践練習に入っていった。そこで私は、魔術師教官の予想外の実力を目にし、そして意外なお願いをされるのだった。
次回「すみません、先生の事を正直見くびってました」お楽しみに!