30.えーと、いきなり、高飛車?
自分で書いといてなンですが、なにげに治安悪いですね。この街。すみません、若干更新ペースが落ちています。当面、週2を目標とします。
※2019/1/17 微調整しました。
※2019/8/4 スマホフレンドリーに修正しました。
ある日の放課後、私たち4人は商業層付近を歩いていた。シャイラさんのバイト先を、みんな一緒でのぞきに行くのだ。――まだ場所は聞いてないけどね。
すると、いきなり目の前で女の子の叫び声が聞こえた。
「ひったくりよ!誰かその男を捕まえて!」
こちらに向かって、若い男が女物の鞄を抱えて走ってきている。
魔法少女に変身……いや、間に合わない!
一瞬躊躇した私を横目に、シャイラさんはすっと前進して男の進路を防ぐように立った。
「どけどけ!怪我するぞ!」
男はシャイラさんに向かって威嚇しながら走ってくる。シャイラさんはそれを聞くとわずかに横に引いた。まさか逃がすわけじゃないと思うけど。
男はシャイラさんが気圧されたと思ったのか、そのまま側を通り抜けようとして……シャイラさんはすれ違いざまに男の手を取ったかと思うと、そのまま見事に投げ飛ばした。
鞄が勢い余ってぽーんと飛ばされていくが――
「おーっと、はい。確保完了や」
クリスが素早く回り込んでナイスキャッチ。
「こっちはオッケーですよ!」
いつの間にか、マリアは投げられて気絶した男の側でごそごそしていて……後ろ手にした男の両親指を短い革紐で結んで拘束していた。
「じゅ、準備いいね、マリア」
「えへへ、ほら、至高神って正義の神様でもあるから、神官戦士は拘束術も習うんです」
う、今回、私なにもできなかったな。
とりあえず追加で一発蹴りでも入れておこうかと悩んでいると、被害者の人が追いついてきた。
「あなたたちがひったくりを捕まえてくださったのですね」
女の子で、年の頃は私たちとそう変わらない感じ。背は私と同じくらいで、余り高くないかな?顔つきは可愛らしいんだけど、ちょっと気がきつそう。豪奢な金髪が縦ロールを巻いている。着ている服も、なんだか高そうに見えるなあ。
「わたくしはエリザベス・デイビス。あなた方にはわたくしをリズと呼ぶことを許しますわ」
「は、はあ」
えーと、いきなり、高飛車?
女の子は左右をゆっくり見渡すと、野次馬の男性二人に声を掛けた。
「そこのあなた方」
「え、オレら?」
「そう。あなたは警備を呼んでいらっしゃい。あなたはここでこのひったくりを見張っている事。これがお駄賃よ」
と、いきなり懐から銀貨2枚を取り出して、彼らに向かって放り投げた。
「おっとっと」
男達は反射的に受け取る。
「受け取ったと言う事は引き受けたと言う事ですわね?それじゃよろしく」
「えー……まあ、いいけどさ。銀貨くれるんなら。暇だし」
男達は不承不承引き受けている。まあ、それだけで銀貨1枚ずつと言うのは結構なお駄賃だよね。
「そこの方、わたくしの鞄を返していただけるかしら?」
そして彼女はクリスに向かって声をかけ、彼女から鞄を受け取った。
「ありがとうございますわ。それでは、あなたがたはついていらっしゃい」
と、きびすを返していきなり歩き始めた。
「ちょ、ちょい待ちぃな。うちらも行くとこあるんやけど」
「わたくし、これからお茶に行く所でしたの。お礼代わりに貴方たちも招待いたしますわ」
クリスが呼び止めると、一瞬止まって振り向いただけで、また歩き始める。
「い、いや、せやから、うちらも用事が……」
「わたくしは市中に出る事は余りありませんの。次の機会はいつか分かりませんし、かといって借りを返さないのは我が家名に関わりますわ」
私たちは顔を見合わせて、余りの話の聞かなさに、これはダメだとあきらめて付いていくことにした。ま、シャイラさんのバイト先はまた今度でいいか……
◇ ◇ ◇
女の子について歩いていると、なんだか見たことがあるような界隈にたどりついた。
「こちらのお店、あなた方は入ったこともないでしょうけど、最先端のお菓子とおいしいお紅茶をいただけますのよ」
やっぱり以前使ったお菓子祭りの喫茶店、ウォルターズ・ティーラウンジだ。
「わざわざ、このわたくしがこちらの店に足を運んだのは、最近この店に件の君と呼ばれる、凜々しくも美しいお方が出仕されるようになったと聞いたからですわ。しかも紅茶の知識もすばらしいとか」
店内に入ると、以前と同じ執事さんが出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。おや、エリザベス様と……皆様、お友達でしたか」
「今日、初めて逢ったところですわ。あら、あなた方もこの店に来たことがありましたの?」
「一回だけだけどね」
「なるほど、庶民でも一生の記念になら来られなくはないと言うことですわね」
うーん、リズさん、やっぱり微妙に高飛車な言い回しをする人だなぁ。それにここ、そこまででたらめに高い店じゃないと思うけど……
「今日は広間の方をお願いできますか?」
「申し訳ございません、ただいま広間は満席となっておりまして、個室でのご用意でよろしいでしょうか?」
執事の言葉に、リズさんは少し考えてから頷いた。
「仕方ありませんわね。ところで、噂の新人は今日はいらっしゃるの?」
「本日仕事に入る予定ではございますが、まだその時間ではございません」
私たちは執事さんに先導されて個室の方へ。
なるほど、店員さん目当てだったとしても、個室は呼ばない限り誰も入ってこないからね。って、もしかして、それで広間の方満席なの!?
注文はリズさんが執事さんにオーダーしてくれた。さすがに前回のようなお菓子祭りではなく、紅茶一杯とお菓子一つのセットらしいけど、それでもたぶん5人で銀貨3枚は行くんだろうな。まあ、おごりに文句言っちゃいけないよね。
「ともあれ、先ほどは助かりましたわ。危うく不逞の輩に、わたくしの鞄を奪われてしまう所でした」
執事さんが一礼してから部屋から出て、他に誰もいなくなると、リズさんは私たちに頭を下げてお礼を言った。
人差し指を口に当て、少し考えていた素振りをしていたクリスが、思いついた事があったのか、リズさんに質問する。
「リズさん……デイビス言うてたけど、もしかして、デイビス商会の?」
「ええ、その通りですわ」
「え、クリス知ってるの?」
私は驚いてクリスの顔を見る。
「なんや、アニさん知らんのかいな。デイビス商会言うたら、この街を治めている五大商会の一つやで。確かに、歳の頃が同じくらいの娘さんがおる言うのは聞いた事あったわ」
「あら、お詳しいのね」
「まあ、この街に住んどったら知らん事ないやろ。ま、この二人は街出身やないからな。知らんのは仕方ないわ」
まだ自己紹介をしていなかったのを思い出した私たちは、ここでようやく自己紹介を始めた。
「――せや、自己紹介してなかったな。うちの名前はクリスティン。うちら全員、冒険者学校の学生や」
「わたしはアニー・フェイ。最近下宿し始めたから、余り商会の事とか知らなくて……」
「私はシャイラ・シャンカーという。紅茶の国出身だ」
「わたしはマリアといいます! 至高神の神官見習いです!」
私たちの自己紹介を聞いたリズさんは、特にそれに対して深掘りする事も無く、あっさりとした返事を返してきた。
「皆さん、わざわざ自己紹介ありがとうございますね」
うん、この返事は、借りを返すまで覚えていればいい、長く付き合うつもりは無い、と言った感じかな。
――ま、いいけどさ。違う世界の人のようだし、もう会うことはないと思うし。
一つ二つ、冒険者学校について話をしたあたりで扉がノックされ、執事さんとメイドさんが紅茶とお菓子を積んだカートを押して入ってきた。
皆の前に、紅茶と、ヨーグルトクリームが添えられた洋梨のアップサイドダウンケーキが用意される。
「それでは皆さん、どうぞ召し上がれ。ダージリンのファーストフラッシュとパウンドケーキですわ」
「「いただきます」」
うーん、やっぱりここの店のお茶は、いい仕事しているなぁ。うーん、でも、なんていうか、ちょっと風味がお菓子に殺されている気がする。
「すまない、一ついいだろうか」
やはり気になったのか、シャイラさんが口を出してきた。
次回予告。
リズさんとシャイラさんの間で誇りを賭けた勝負が勃発する。
シャイラさんはバイトのため中座してしまうが、その後、私たちは意外なものを目にするのだった。
次回「へえ、あの人が件の君なんだ」お楽しみに!