29.魔法少女(物理)になってしまってる……
次の30話が予想以上に長引いて分割してしまったため、次回予告を改稿しました。
※2019/1/17 微調整しました。
※2019/8/4 スマホフレンドリーに修正しました。
警備隊の指揮官らしき男性が、私と被害者の女性に向かって話しかけてきた。
「――さて、お話を聞かせていただけますか?」
とりあえず、私が応対しようか。
「何のお話をすればいいでしょう?」
「私たちは、男が女性を拘束して短剣を振りかざしていると言う通報を受けて出動しました」
へー、私みたいな子供っぽい格好をした人間相手でも、子供相手の応対ではなく、大人としての応対をする人なんだな。見た目通り紳士っぽい?
「ところがこの通り、男はひっくり返っている訳で」
「ええ、わたしが倒しました」
すると、指揮官さんは驚いた顔をした。まあ、そうだよね。
「お嬢さんが?」
「そうですよ?」
「あ、失礼。見た目通りのお歳ではないのかも知れませんが……」
うーん、見た目だけ子供って思われてる?まあ、この見た目で短剣を持った男を倒すのは考えづらいとは思うけどさ。
「見た目通りの歳だよ。たぶん」
「これは失礼。で、お名前は?」
「普通、先に自分から名乗るべきだよね?」
小首をかしげて言ってみる。少し挑発的かも知れないけど。
「確かにそうですね。わたしはアーサーと申します。冒険者ギルドの警備部の人間で、この界隈の治安を預かっています」
「わたしの名前は、ハニーマスタードとでも」
アーサーさんは私の返答を聞いて、当惑した顔になった。
「本名、ではありませんよね?」
「ええ、もちろん。この顔も仮初めのもの。正体不明でごめんね」
アーサーさんは肩をすくめて答えた。
「ええ、まあ、識別できればいいですよ」
「そう言って貰えると助かるわ」
「で、話を戻しましょう。そもそも、まず何があったんでしょうか?」
ふーむ、私もそもそもは良く知らないのよね。
「残念ながら、わたしも途中参加なので発端はしらないかな、まずはこちらに聞いた方がいいと思うよ」
と、被害者の女性を指し示す。
アーサーさんはそちらにむいて話し始めた。
「なるほど。お嬢さん、御手数ですが、事情をお聞かせ頂けますか?」
女性はそれに答えて話し始めた。
単純に、歩いていただけなのに、きょろきょろ挙動不審な状態で歩き回っていた男と目があったとたん、いきなり因縁をつけられるような感じで短剣を突きつけられたそうな。
「なるほど、そしてこちらのお嬢さんが現れた、と」
アーサーさんは私の方を指し示しながら女性に応えた。
「わたしは丁度、男が短剣を突きつけている時に通りがかった感じかな。興奮していていつ危害を加えるか分からなかったし、警備を待っている暇はなさそうだったからね」
「なるほど。それでも男が女性を傷つける可能性があったのでは?」
「一応、勝算はあったから。余りネタばらしはしたくないけど、見せた方が早いかな?左手を出してみて」
私はアーサーさんの左手に防御をかけた。
「今、短剣を持っていると思って、誰か刺せるかどうか、試してみて?」
「特に変わりはないようだが……」
アーサーさんは右手で左手を触ろうとして、見えない壁ができている事に気づく。
「おお、なんだこれは」
「魔法の力よ。短剣を投げる事はできても、至近距離にいた女性に対して危害は加えられないかな。これがわたしの勝算」
「なるほど、理解しました」
私は防御を解除して言葉を続けた。
「で、男の気をそらせてその隙に、鳩尾と顎に一発ずつ入れた、と」
「見た目に寄らず、武術の達人ですね」
アーサーさんの言葉に、私は肩をすくめて答える。
「ん~、わたしはまだまだ修行中だよ。それに私は武道家じゃない」
「しかし、なぜ助けに入ろうとしたのですか?」
「正義の味方だからね」
「正義の味方……ですか」
また当惑したような表情をした。まあ、正義の味方と堂々と名乗られても困るよね。
「私の目の前で困っている人がいて、それを助けられる力があるならば、助ける。これが私の正義かな。警備隊さんと完全に一致した方向ではないけど、少なくとも反してはいないはず」
「なるほど。わかりました。今回に関してはご協力に感謝します」
と、軽く頭を下げる。
「はい、今後もこの関係が続くといいんだけど」
「そうですね。ところで、この活動は始められたばかり?」
「そうね。こちらに来たのは割と最近だから」
「なるほど、分かりました」
一通りの話は終わったようなので、私は引き揚げようとした。こんな所でずっと立ち話もなんだしね。
「それでは、わたしは失礼させてもらって構わない?」
「はい、事情はうかがえましたから。あ、最後に一つだけ」
アーサーさんは、顔の横に人差し指を1本だけ立てて、尋ねてきた。
「なんでしょう?」
「今後も、この正義の味方としての活動はされるのでしょうか?」
「そうね。目の前で困っている人がいる限りは」
「なるほど、わかりました。我々としては、できれば警備に任せて頂きたい所ですが、ね」
「あなた方が先に来ていれば、手は出さないわよ。それじゃ、ね」
私は被害者の女性に、先に引き揚げる事を告げた。
「それでは、失礼しますね」
「はい、本当にありがとうございました!なにかお礼をさせていただきたいのですが……」
「その気持ちだけで十分よ。じゃ!」
小声で重力軽減を唱え、三角飛びの要領で壁を駆け上がっていく。
私は最後に優雅に礼をしてからきびすを返し、屋根の上を走り去って行った。
そして、目立たない所で降りて、いつもの服に戻してから今度こそのんびりと歩き始めたのだった。
いや、普通に立ち去っても良かったんだけど、やっぱり屋上に上がって、一回完全に視線を切りたかったから……
◇ ◇ ◇
翌日、この話を一番に持ち出してきたのはやっぱりクリスだった。
「なあなあ、昨日の騒ぎの話って聞いてはる?」
「え、騒ぎって?」
「下町の方で、なんか刃物を持った男が女性を人質に取ってたらしいんだわ」
やっぱり、昨日のアレだね。
「ほうほう、それでそれで」
「そらもう緊迫したシーンや。警備もまだ誰も来てへん。そんな中、いきなりどこかから音楽が流れてきた!皆どこから聞こえるのか探し回る!あ、屋上や!そう、屋上に一人の可憐な美少女が立ってたんや!」
「可憐な美少女!」
ノリノリで場面の説明をするクリス。そして、可憐な美少女に思わず思わず復唱してしまった。
「せやで。なんかピンクのひらひら着とったらしいけどな。でまあ、屋上から見事に飛び降りて、決め台詞がこう」
『魔法少女ハニーマスタード参上! 今日のわたしはぴりりと辛いわよ』
……なんだか、自分の台詞だけど、ひとから聞いたら恥ずかしいな。
「そして男の隙を見て凄い勢いで殴り倒して、女の人を救ったらしいんやて」
「なるほど。それは警備の人間では無かったわけだね?」
「せやな。警備の人間やったらそんなスタンドプレイはせんやろ」
「まるで正義の味方ですね!」
とりあえず、みんな好印象は持ってくれているみたいだ。少し安心したかな。
「ただ一つだけ謎が残っとってなぁ」
「え、謎って?」
「魔法少女言うて出てきたんやけど、魔法使った気配が無かったらしくってなぁ。結局殴り倒しただけで、どこに魔法成分があったんか、分からんままでな」
ぴきっと固まる私。
確かにこれでは、魔法少女(物理)になってしまってる。
魔法の矢だと、手傷は負わせられても拘束はできないし、意識を断ち切る事はできない。
かといって、爆裂弾だと殺してしまうし周辺への被害も出てしまう。
火焔や風雪のブレス系はもっとマズイ。
電撃系ならなんとかなるかな。電流を下げて、電圧をなるべく上げれば……今度試してみよう。
「あれ、どしたんや、アニさん?おーい」
「あ、いや、何でも無いよ。少し考え事してただけ。うーん、魔術師風少女としては、対抗意識が出てくるかも!」
私の返答を聞いて、クリスは少し驚いた顔をした。
「せやな、そういえば方向性は似てるかもなぁ……でも」
と言って、にやりと笑う。
「でも?」
「あっちは可憐な美少女なんやってなぁ」
「あう……」
――なぜ私は、噂の上の自分自身に負けて落ち込まなければならないんだろう。これって風評被害?
「直接対決すれば大丈夫ですよ! アニーさんなら実力で勝てます!」
マリア、それはフォローになっているんだろうか……?いずれにせよ、自分自身との対決はできない相談な訳で。
微妙に遠い目をした私を尻目に、皆は魔法少女の話題で盛り上がるのだった。
次回予告。
放課後、皆で外出していた私たちは、ひょんな事から新しい知り合いができる。
彼女が私たちを連れて行った先は、私たちが知っている場所だった。
次回「えーと、いきなり、高飛車?」お楽しみに!







