28.これはあかん奴だ。やるしかない!
感想・ブックマーク・レビューいただけると本当に嬉しいです。よろしくお願いします。この連休で急にPVが落ちていて微妙に動揺しています……週間ユニークが今日で回復する筈なので、それで復調すればいいのですが。
※2019/1/17 微調整しました。
※2019/8/4 スマホフレンドリーに修正しました。
冒険者学校での2週目が始まった。
ようやく、シャイラさんが希望していたジャマダハルの木剣が到着した。これは刃渡り30cmほどの幅広の刃を持つ短剣で、柄が刃に対して垂直についている特徴がある。しっかり握る事ができ、斬るより刺すのに向いているようだ。ちなみに、カタールと言う名前でも知られているけど、これは間違いだって。
「よーし、これでパーフェクトシャイラになったぞ!」
シャイラさんはこれを左手に持って、ドヤ顔でこう宣言した。
それではと、剣術の教練で私もかかってみたけど……正直、惨敗。
右手の曲刀をかいくぐっても、至近距離にはジャマダハルが待ち受けていて、しかもこちらの右手は素手だから、ジャマダハルの攻撃は左手でしか捌けない。まだ右手にも剣を持っていたら、捌けるのかもしれないけど。右手にも防御? そんなのしたら、攻撃手段が無くなっちゃう。蹴りという手、いや足?もあるけどさ。
そもそも、右手の攻撃中に、左手をフェイントでたまに混ぜられるだけでも、かなりつらい。
「参りました……」
と、パーフェクトシャイラさんの前に降参するしかなかった。これ、もっと早く来てたら、私の自信をつけるどころじゃなかったな。
やっぱり、剣士相手は魔法で吹っ飛ばすのが一番、と再認識してしまった。
次に掛かっていったクリス、今度は左手にバックラーを持っていたから、上手く右手の曲刀はいなす事ができている。
でも、やっぱりバックラーはそれほど使い慣れていないのか、曲刀の強打でバランスを崩した所を、ジャマダハルの一撃を右手に受けて短剣を取り落としてしまった。
「あいちちちちち……」
「すまない、大丈夫か?」
「骨はやってないわ。かすり傷と言えばかすり傷やね」
クリスが手を押さえて様子を見ている、木剣と言えども、ジャマダハルの突きを受けてしまったため、怪我をしてしまったようだ。
「はいはい、マリアさまにお任せ、なのです!」
マリアがクリスに駆け寄り、両手を合わせて魔法の詠唱を始める。
「"偉大なる至高神よ、汝が使徒の傷をその御手をもって癒やしたまえ"――軽傷治癒!」
一瞬のうちにクリスの手が綺麗になる。おお、便利だ。
それを見ていた周りの男の子は羨ましそうな表情をしているが……さすがに生傷が絶えない剣術の練習で、全員の怪我を治して回る余裕はマリアにも無いようだ。
骨折とかの重傷に関しては、学校の先生が出てくるみたいだけどね。軽傷だと、なめときゃ治ると言われるだけのようだ。
◇ ◇ ◇
放課後、学校を出た私は一人で街中を歩いていた。おや、少し向こうでなんだか騒ぎが起こっているようだ。
遠巻きに人だかりができているのを、隙間から様子をのぞいてみると……これはまずい。若い男が壁を背に、若い女性を後ろから左手で拘束して、右手に短剣を持って振り回している。
「俺の命を狙っているやつは誰だ! 出てこい! いつも俺を監視しているのは分かってるんだぞ!」
うーん、これはあかん奴だ。まともな目をしていない。興奮してるし、いつ女の人に危害を加えてもおかしくは無い。
警備の人は……まだ来ていないみたいだ。
これは……やるしかないな。
頭の中で流れをシミュレートして、成算がある事を確認。私は行動を開始した。
物陰に移動してからお着替え開始。まずは魔力吸収のバングルを鞄にしまい込む。制限から解放され、体中に流れ込むマナが気持ちいい。
マナが回復したところで、詠唱開始だ。
「"マナよ、我が姿を我が望みのままに見せる幻となれ"――変装」
魔法の力によって、そばかすは消え、瞳の色は蒼色となり、髪も栗色の癖っ毛からストレートの金髪になる。もっともこれは幻だから、本当に変わっているわけじゃないけどね。
次に、スカートのホックを外してから、鞄から取り出した魔法少女のふりふりエプロンドレスを頭から被る。スカートなどのベースの色はピンクでエプロン部分はもちろん白色だ。
そして、着ていたスカートを下ろして今度はこれを鞄にしまい込む。
最後に羽根飾りの付いたピンクのベレーも取り出して頭に被る。これで終了。さあ行くぞ!
屋根の上まで上がって、こっそり男の様子をうかがいながら、防御をかけた。ターゲットは男に対して。発動したのを確認してから、鞄からリュートを取り出し、私のテーマの演奏を始める。
「なんだ、この音楽は!」
周りの野次馬もどよめいている。
私は屋根の上にすっくと立って、男に向かって話し始めた。
「この美しい街の治安を乱す愚か者よ、天の裁きを受けるが良い……とうっ!」
屋根の上からジャンプして膝を抱えてくるくる回転、そして綺麗に両足を揃えて着地。人差し指で男を指さしながら決め台詞を一発。
「魔法少女ハニーマスタード、ここに参上! 今日のわたしはぴりりと辛いわよ!」
「な……」
男は呆然としている。
「なんだお前は!お前が俺を狙っていたのか?」
「あんたなんか知らないよ……でも、その悪事を見逃すわけには……行かない!」
またびしっと指さしながら、芝居がかった言い方で言い放つ。
「悪事だと! これは正当防衛だ! そうだ、この女が俺をじっと見ていたんだ。俺を監視している奴らの手先に違いない!」
「ち、違います! あなたの事は知りません!」
うーん、当たり前だけど、話し合いで決着つくわけないよね。
警備の人間がやってきたら、またややこしくなるから、早く決着をつけたいな。
「ここで言い合っても仕方ないよね。悪いけど、あなたの短剣、もう使えないわよ」
「な……何を言っている?」
「左手で右手触ってみたら? 触れないから」
男は思わず、左手で右手に触ろうとする……が、触る事ができない。
そう、男の右手は、私の防御が覆っていたのだ。そのままだと手の短剣で誰かを傷つける事はできない。短剣を投げる事はできるけど、至近距離の女性相手にはそれはできない。
「なッ……どうなってる!?」
「しゃがんでッ!」
左手が女性から離れた隙に、私は女性に指示を出す。
「はい!」
女性はすぐさましゃがんで射線を開ける。
「やーッ!」
私は全力の箭疾歩で飛び込み、男の鳩尾に拳をめり込ませる。
更に続けざまに、揚炮を男の顎にたたき込み、男の意識を刈り取る。
「がッ……」
倒れ込んだ男は、ぴくりともしない。
でもまあ、打撃だけだから、命に別状はないはず。
私は地面に倒れ込んだ女性に手を貸して立ち上がらせ、体に付いた土埃を払ってあげる。
「お怪我はありませんか?」
「あ……はい。大丈夫です。本当にありがとうございました」
周りの野次馬も拍手喝采。
「おー、嬢ちゃんすげえぞー!」
「最初出てきたとき、どうなるかと思ったけど、強ぇえなあ」
私は周囲の拍手に対して、両手で軽くスカートを持ち上げて礼をする。
「――警備隊だ、道を空けろ!」
向こうからガシャガシャ言う音が聞こえてきた。押っ取り刀で警備がやってきたようだ。
やってきたのは三人。若い二人はスケイルメイルを着て長剣を佩いた戦士っぽい格好。独りは30代くらいの普通の紳士っぽい格好だ。ちなみに、警備隊の制服というのは特にないけど、バッジがついた浅葱色のベレー帽だけは被らなければならないらしい。
紳士っぽい人は指揮官らしく、戦士二人に対して野次馬の整理と、男の拘束を指示していた。
そして彼は、私と女性に話しかけてきた。
「さて、お話を聞かせていただけますか?」
次回予告。
魔法少女として、警備隊とのファーストコンタクトを果たしたわたし。この邂逅は、少なくとも現時点では、両者にとって不幸なものではなかった。
そして街に流れる噂から、わたしは重大な問題に気づくのだった。
次回「魔法少女(物理)になってしまってる!」お楽しみに!