27.ただいま、アレックス!
※2019/1/16 微調整しました。
※2019/8/4 スマホフレンドリーに修正しました。
剣術教官の先生との剣術再試験を終えた私たちは、先生に挨拶して別れ、学校を出ようとしていた。
玄関から出ると、もうリチャードさんが到着していて、私が出るのを待っていたようだった。あー、先生との試合の分、余計に時間がかかっちゃったから、待たせてしまっていたかもしれない。
「すみません、リチャードさん、お待たせしてしまってました?」
「やあ、アニーくん。おや、皆さんお揃いだね。お久しぶり」
「「お久しぶりです!」」
「実は、剣術の先生と――」
かくがくしかじかと先ほどの話を説明すると、リチャードさんは小さく拍手をしてくれた。
「ほう、早くもリベンジに成功したのか。それは本当に良かった」
「リチャードさんのアドバイスのおかげです!」
「あとは、お友達とも練習していたのかな?」
「はい、放課後とかにもつきあって貰っていました」
「そうか、皆さんに随分お世話になったようだね。私からもお礼を言わなければならないようだ」
そして、皆の方に向かってリチャードさんは頭を下げる。
「みなさん、アニーくんを助けて頂いて、本当にありがとう」
「頭を上げてください!友人を助けるのは当たり前の事です」
「せやせや。連れが難儀しとったら、解決に協力するんは当たり前やがな」
「困った人を助けるのは神官のつとめです!」
みんな両手を振って慌てて当然である事を主張してくれた。
「そうか、残念ながら今日は時間が無いが……また近いうちにぜひ、お礼をさせていただきたい」
「お心遣いはありがたいですが、本当に、パーティメンバーとして当然の事をしたまでですから」
シャイラさんの言葉に、リチャードさんは柔らかい表情で私たち四人を見回した。
「パーティメンバーか……そういえば、君たち4人で組んだのだったね」
「はい、今後、訓練などもこの単位で行われる事になります」
「パーティメンバーというものはいい物だね。私も昔はパーティを組んでいた事もあったが、皆ばらばらになって久しいよ」
と、少し遠い目をするリチャードさん。パーティ組んでた時期もあったんだ。全然知らなかった。私がお世話になってこの方、独りで行動している所しか見ていない気がする。
「ともあれ、私は君たちに借りが出来たと思っている。何か困った事があれば、遠慮無く相談してください」
「「はい、ありがとうございます」」
◇ ◇ ◇
皆と挨拶して別れ、私とリチャードさんはリチャードさんの愛馬に乗ってかっぽかっぽと家路につく。
「そうだ、次の武術練習の時に、リー先生にもぜひ伝えてあげた方がいいね」
途中でリチャードさんが思い出したように私に言ってきた。
「そうですね。剣術練習の時でも、武術って結構役に立っている気がします」
「それを聞くと先生も喜ぶと思うよ。ぜひ言ってあげるといい」
「はい!」
あとは、この一週間での学校の様子などを適当に話している間に、一週間ぶりの我が家が見えてきた。
「お帰りなさい、姉様、リチャードさん」
家に帰ると、いい匂いと共にアレックスが出迎えてくれた。
「ただいま、アレックス!」
食堂に入ると、既に夕食の用意ができていた。メニューはコショウが利いたミルクシチューにガーリックパン、サラダまで付いている。これまた全部私の好みのメニューばかり。
「姉様、食後で結構ですので、汚れ物を出しておいてください。今晩洗って干しておけば、明日出る頃まで乾くでしょう」
「ありがとう、アレックス!」
せっかくの料理、熱々で食べなければもったいないので、外出着を脱ぐのも早々に、皆で食卓に着く。
「「いただきます!」」
一部繰り返しになる部分もあるけど、アレックスは聞いていない事だし、食事中の話題はこの一週間の学校での話が中心となる。
「そういえば、いろいろな語学がカリキュラムに入っているんだって?」
「はい、紅茶の国語、エルフ語、ドワーフ語の三言語は習うそうです。もっとも、期間的に、さわりだけでしょうね」
「確かに、三年間で三言語はきついと思うが、ただ、やはり覚えると効果は大きいかな。特にエルフ、ドワーフは、通常はかなり排外的であるけれども、彼らの言葉がしゃべれるだけでかなりハードルは下がると思う」
ドワーフはアレックスの細工のお師匠さんで逢ったことがあるし、フライブルクからほど近い鉱山都市「シャッツベルク」にそれなりに住んでいるから、比較的なじみ深い。
でも、純粋なエルフは一度も見たことないなぁ。基本、どこかの森の中に住んでいるらしいし、人間の里に出てきたり、誰かとつるんだりするのは余り好まないらしい。
あ、クラスメイトにハーフエルフの男の子は居るけど、人里育ちだからメンタリティは基本人間と同じかな。
「リチャードさんは、エルフに逢ったことがあるんですか?」
「ああ、昔にね」
ああ、この感じは、これ以上話さないぞのポーズだ……
「そ、そういえば、アレックスの方はこの一週間どうだった?」
「私は余り変わりありませんね。初等学校はそのままですし、誰か新しい人が入ったりもしていません。強いて言えば、細工の練習が入ったくらいでしょうか」
村に住んでる人たちはみんな知り合いだし、増減はほとんどないからね。まあ、当たり前か。
そしてまた話題は学校の話に戻っていく。
「学校の実習はどんな感じかな?」
「今のところ、剣術に寄っているのは少し気になりますね」
「と言うと?」
リチャードさんの質問に対して、私は、魔術の授業については、未経験者に術式魔法を使ってもらう体験をして貰う事がメインとなっていて、経験者に対しては自習一辺倒で配慮がされていない事を説明した。
「剣術の方は逆に超実践的で、武術で対抗できる私はともかく、魔術師志望で体を動かすつもりがない人達は、とりあえず練習用のダミー人形を叩いている状態ですね」
私の返答を聞いて、リチャードさんは腕を組んで考え始めた。
「ふーむ、確かに、魔法の実習はアニーくんには物足りないだろうね。マナを制限しているから、自分で好きな魔法の練習をする、という訳にもいかないだろうし。魔術師ギルドから本を借りる事ができるよう、手配しておいた方がいいかな?」
「そうですね、お願いした方がいいかも知れません」
「分かった。準備ができたら連絡するよ」
「ありがとうございます!」
◇ ◇ ◇
夕食の後、アレックスは私が持って帰った汚れ物の洗濯に入っていった。
普通ならわざわざ夜に洗濯なんてしないけど、明日帰るまでに乾かさなくちゃならない事を考えると、確かに今のうちに洗った方が時間が稼げる。
「"マナよ、光となりて我が前を照らせ"――照明っと」
「あら、姉様、明かりありがとうございます」
「洗濯して貰うんだから、これくらいはしないとね」
私も隣で、夕食の食器を洗い始めた。
しばらくは無言で、お互いの作業の音だけが響いていた。
「そうそう、例の服だけど」
「――はい、もう着てみました?」
私が話しかけると一瞬だけ、洗濯の足踏みの音が止まったけれど、アレックスはすぐに作業を再開した。
「そうね、おかげさまで。まだ評判にはなってないけどね」
「そうですか。何をしてもわたしは構いませんけど、ここに住めなくなるような事だけは、本当にやめてくださいね」
「大丈夫だよ。正義は吾にあり!」
「それが一番心配なんですけどね……」
作業の後は、もうあとは寝るだけ。
いつもの寝室に入り、それぞれのベッドで横になった。明かりを消して、暗闇の中、しばらく時間が過ぎていく。
「――アレックス、起きてる?」
私は、ふと話したい事を思い出して、アレックスに声を掛けてみた。
「はい、起きていますよ」
やっぱり起きていたか。夕食の時にはできなかった質問を、アレックスに投げかけてみる。
「リチャードさんと二人の、今の暮らしは、どう?」
「そうですね……静かではあります。いささか、静か過ぎる気もしますね」
「寂しい?」
「世話を焼く相手が居ないのは、つまらなくはありますね」
「そっか、寂しいんだ」
そう言うと、アレックスは少しあきれたような声で返事してきた。
「――この答えで、何故そうなります?」
「伊達に長い間あなたの姉をやってないわよ。シンプルな質問にストレートに答えない時は、あなたの答えがイエスのとき」
アレックスはしばらく絶句してた。自分でも気がついていなかったのかも知れない。
「そう……ですか。そうなのかも知れませんね」
「――ごめんね、自分の趣味だけで街に出て」
「姉様は姉様らしく生きて頂ければ、わたしはそれで結構ですよ。それに、一番上の姉様――私は全然覚えていませんが――を探すためですよね?」
「うん、最終的にはそれが目的。でもそれは、アレックスに寂しい思いをさせてまでする事がじゃないと思ってる」
「その気持ちだけで十分ですよ」
アレックスの返答を聞いて、私は少し考えた後、思ったことを提案してみた。
「よし、今度、こちらに泊まりに来てみない?」
「わたしはそもそも、人混みは好きではありませんから、お構いなく」
「ま、そんな事言わずに、どんな暮らしをしているか見せたいだけだから」
押しつけがましいかも知れないけど、この子にはこれくらいやらないとね。
逆に、みんなをこっちに連れてきてお泊まり会でもしてみてもいいかもね。
◇ ◇ ◇
夜が明けた。
さて、今日は何もする事ないんだよね。夕方には街に戻らなければならないけど。
朝食の後、アレックスは昨晩のことは何もなかったかのように、工作室に籠もって作業をしていた。
どこが寂しいんだか。ま、家に誰か居る気配があれば、それでいいのかもね。
私は普段街でではできない、制限なしでの魔法や武術の練習をする事ができた。
週に一回しかできないけど、今まで通りの生活もできると言うのは贅沢な事だと思う。
夕方になり、私はリチャードさんに送ってもらって街に帰るのだった。
さあ、また一週間頑張らなくちゃ!
次回予告。
トラウマという足かせを克服した私は、正義の味方、魔法少女ハニーマスタードとしての活動を本格化させる。
華麗に舞うその姿は、少しずつ人々の目に焼き付けられていくのであった。
次回「これはあかん奴だ。やるしかない!」お楽しみに!