25.魔術師志望だって分かってます?
※2018/9/13 初めての剣術の授業をこなしたい!から改題しました。
※2019/1/16 微調整しました。
※2019/8/4 スマホフレンドリーに修正しました。
魔術の授業の後は、訓練場で剣術の授業となっていた。
男子達はそのまま教室で。私たちは更衣室に移動する。
更衣室の扉を開けると……思ったより整った部屋だった。女子しか入らないから、もっと魔窟かと思ったのに。
中には説明書きが張られていた。えーと、なになに、着替えはロッカーに入れておく事。鍵は自分で持っておくか、事務室に預ける事。鍵を無くしたら弁償する事、と。思ったよりしっかりしてるね。
すぐに授業が始まってしまうため、急いで着替えて演習場に行こう。まあ、シャツとスカートを脱いで、持ってきた運動着に着替えるだけだから、大した時間はかからない。
◇ ◇ ◇
演習場につくと、もう剣術の先生が準備をしていた。
共用の革鎧が入った箱と、様々な木剣や盾が入った箱が用意されている。
「おう、お前ら来たな。まず、全員、革鎧を着るように。武器は好きなのを取ってくれ」
まあ、さすがに木剣といえども運動着の上から殴ったら下手すれば骨折しかねないからね。共用の革鎧は超臭いけど仕方ない……
着替えた後、皆で整列する。私はとりあえず武器は持たなかった。そして、授業が始まった瞬間に先生にいきなり指されてしまった。
「それでは、これより剣術の教習を始める。が、その前に……アニー・フェイ!」
「わたしですか?」
「そうだ。試験の時に、套路を見せてもらう約束をしたと思うが……今、見せてくれるか」
「はあ、わかりました」
今から始まるのは剣術の教習であって、武術じゃないと思うけど。まあいいか。約束だし。
皆の前にとことこ歩いて行って、まずは皆に礼をする。
その間、先生はこの武術に関する説明を皆に始めていた。
「いいか、この武術は絹の国発祥と言われていて、至近距離では強力無比な破壊力を持っている。特徴としては肘や肩を使った打撃を多用し……」
先生、私より詳しくない?私も知らない細かい事柄まで説明しているような。
――おっと、始めなきゃ。
息を整えて両足を揃えて立ち、手も揃えて体の前に。いつもの型を開始する。
「はッ!」
震脚のだんっと言う気持ちいい音がすると、先生もそれに対応した説明に入る。
「いいか、今の音は震脚と言って、地面からの勢いをそらさないように……」
そんなこんなで、一通りの型を終えた。
「だいたい、これで一通りですね」
「ありがとう。いやあ、いいものを見せて貰った」
先生は何故か握手してから、言葉を続けた。
「ああ、これから剣術の教習に入るんだが、お前さんはどうする?これから少しでも剣を習うか?それとも武術でいくのか?」
うーん、どうしようかな。
でも正直、剣相手の練習はしておいた方がいいし。例の防御は、マナが制限された状態では多用が難しいから……
「このバックラーだけ使って、素手でやってみます」
比較的感覚が近いのはこの小さい丸盾、バックラーかな。ま、ダメならダメでまた考えてみよう。
「おう、そうか。分かった――ようし、誰かアニーの相手をしてみたい奴はいるか!?」
と、先生は返事してから、いきなり皆に向かって声を張り上げた。
私は驚いて、先生の耳元で小さく聞いてみる。
「先生、わたし、魔術師志望だって分かってます?」
「この武術のすごさを皆に分かって貰うには、実際に痛い目に遭って貰うのが一番だ」
い、いや、皆に分かって貰う必要は無いんだけど……
「先生、やらせてください!」
空気を読まずに手を挙げたのは一人の男子。
「おお、やってみるか。ルールは簡単。基本は一本入れるまで、だ。オレが止めるまでやってみろ」
そして、私の耳元で他の子たちには聞こえないように囁いてきた。
「いいか、遠慮は要らん、容赦なくぶちかませ」
「先生……ぶちかませと言われても、私、腕力は無いから威力弱いですよ?」
「それはまあ、見るからにそうだが、こいつらなら、丁度いいくらいの威力じゃねえか?」
仕方ない……やるしかないな。
私は男の子と相対して立った。男の子はロングソード型の木剣とラウンドシールドを持っている。
あ、ちょっとニヤニヤしているな。なんか腹が立ってきた。
男の子は割と雑に袈裟懸けに切り下ろしてきた……が、シャイラさんよりも遙かに遅い。
ひょいと躱して、軽く前に前進。箭疾歩は必要無く十分届く距離。
「がふッ!」
カウンターの突きが急所の喉に入り、悶絶する男の子。
「そこまで!ざまぁねぇな。ナメてかかるとこう言う目に逢うんだぞ?」
「ごめん、余りに隙だらけだったから、つい……」
素手だと柔らかい革鎧と言えどもまともなダメージ入らないから、ついつい無意識に覆われてない所を狙ってしまうのよね。
発勁だとそれでもダメージ入るけど、さすがにそれはもっと大人げない。
かわいそうに、男の子は這々の体で後ろに下がっていった。
「よし、他に行きたい奴はいるか?」
「先生……今日は武術じゃなくて剣術の教習ですよね?」
繰り返しの抗議で、やっと先生も気がついたようだ。
「おお、そうだな。すまんすまん。ようし、自信がない奴はそこの訓練用人形を使って武器を使う練習から入るように。自信がある奴は、適当に相手を選んで組み手をするように。オレは回りながら気になる事があったら指摘するからな。勿論、質問したい事があれば、遠慮無く聞いてくれ」
自由に組み手かぁ。そういえばいつもシャイラさんとばっかりで、他の人と練習した事なかったな。
「クリス、一回やってみる?」
「お、ええな。いつも見てばっかりやったからな」
クリスは短剣型の木剣を右手に構えている。私は左手にバックラーのみ。
「お願いします」
「ほな、お願いしますぅ」
クリスは先手必勝とばかりに、一気に突っかかってきた。武器が小さい分、シャイラさんの曲刀とは比較にならない速度で攻撃をしかけてくる。
「ほいほいほいっと。まだまだ行くで!」
クリスの攻撃を丸盾で受けるのを続けていたら、疲れて次第に左腕が上がらなくなってきた。バックラーは小さいといえども重さがあるし、私、腕力無いからなぁ。
「えいやっ!」
「お、強引に来たな。でも残ねーん。これで終いや」
持久戦では不利と、ちょっと強引に仕掛けた所をカウンターでのど元に短剣を押し当てられて、あえなく終了。
「うー、参りました……」
次はクリス対シャイラさん。私は疲れたから見学。
「それでは参ろうか」
「ほないくで!」
クリスの短剣攻撃は、シャイラさんのバックラーに簡単にあしらわれ、しかもシャイラさんの曲刀はリーチが有って、クリスが受けるのはなかなか難しい。結局、曲刀の一撃を短剣で受けたところはじき飛ばされ、勝負はシャイラさんの勝ちとなった。
「くぅ~、うちも盾使うんやったわぁ」
「そうだな、それがあればまた勝負は変わっていたかもしれない」
うーん、私はシャイラさんに勝ち、シャイラさんはクリスに勝ち、クリスは私に勝ち、と言う事は……三角関係?
ちなみに、マリアはなんて言うか別格で、振り回す両刃斧の絶対防衛圏に誰も入る事ができなかった。その代わり、マリアの攻撃が入る事も無かったんだけど……だってあれ、まともに受けたらホント、骨折れるよ。
「逃げるなんてずるいです!」
「いくら私でも両刃斧の攻撃は受けられない。無理を承知で受けるのは蛮勇でしかないぞ」
「せやせや。そんなん貰うたら場外まで飛んでいくがな」
「戦術的転進、戦術的転進!」
◇ ◇ ◇
授業の後は、みんなで少し駄弁った後、シャイラさんとクリスはバイトに行き、マリアさんは教会に帰り、私は下宿に帰りと、それぞれの家路に就くのだった。
夜の活動――こう言うと若干語弊があるような気がするけど――は、それなりに活動範囲を広げつつはあるけど、まだまだ道に慣れる段階でしかないかな。悪者が居たとして、刃物を持ち出されたらまだどうなるか分からないし。
こうして、本格的な授業初日を無事に過ごす事ができた。明日、腕が筋肉痛になりそう……
次回予告。
トラウマ克服に自信がついてきたわたしは、ついにクレメンス先生に挑戦状を叩きつける。カウンターを狙ったわたしの攻撃は、先生の思わぬ反撃に大惨事を招きかねない事態になってしまうのだった。
次回「先生、再試験をお願いします!」お楽しみに!