19.ついに長年の夢の一ページがめくられるのだ!
余談ですが、自由都市フライブルクはドゥブロヴニク旧市街をイメージしています。ドゥブロヴニクの方が大分狭いですが。
興味を持たれた方は是非検索して、アドリア海の真珠と呼ばれる町並みをご覧ください!
※2018/9/13 例の活動を本格的に準備したい!から改題しました。
※2018/12/30 次回予告を追加しました。
※2019/1/1 微調整しました。
※2019/8/4 スマホフレンドリーに修正しました。
「家主さんに挨拶したいからね、ちょっと馬を預けるのにつきあってくれるかな」
「はーい」
いつも馬を預けている宿屋に寄ってから、二人で歩いて下宿に向かう。
そして下宿の玄関でノックする。
「こんにちは!アニーです!」
「はいは~い!今、出ますね~!」
中でぱたぱたと走る音が聞こえたと思ったら、大家さんが顔をだしてきた。
「アニーちゃん、いよいよ入居ですね~。ようこそいらっしゃいました!」
「はい、これからお世話になります!」
「あの~、お荷物は?」
「この鞄だけです!」
と、鞄をぽんと叩く。
「あら、着替えとか、こちらで買うんですか~?」
「あ、この鞄、中にいろいろ入るんですよ。着替えも全部入っているので大丈夫です!」
マリーさんは、小首をかしげながら私の説明を聞いている。
「うーん、わたしにはよく分からないけど、分かりました~。あ、立ち話もなんですから、中へお入りくださいね~」
マリーさんに案内されて、私の下宿する屋根裏部屋へ。窓の鎧戸を開くと、一気に部屋が明るくなる。
「今朝掃除しましたから、埃とかは大丈夫だと思いますよ~」
リチャードさんが懐から小さな革袋を取り出して、マリーさんに渡した。
「ワトソン夫人、こちらが今月分の家賃と食費、銀貨12枚です。来月からはアニーくんから直接お渡しする事になるかと思います」
「はい、ありがとうございます~」
そして、マリーさんも懐をごそごそしてキーリングを取り出した。
「こちらが、玄関とここの扉の鍵です。無くさないでくださいね~。あと、寝るときは念のため、内側から掛け金もしておいた方がいいです~」
「はい、ありがとうございます!気をつけます」
「それでは、わたしは二階に居ますから、用があったらいつでも呼んでくださいね。ご飯は今日のお昼から出せますから~。あ、そうそう、シャイラちゃんも今は居たと思いますよ~」
「はい、後で挨拶に行きますね」
マリーさんはふわふわと階下に降りていった。
「さて、だいたい大丈夫そうかな?」
リチャードさんも立ち上がり、帰り支度を始めようとしている。
「はい、まずは荷ほどきしたいと思います」
「では、三日後の昼六つの鐘の頃に、ここに迎えに来ると言うことでいいかな?」
「大丈夫です、ありがとうございます」
戸口まで立ってから、リチャードさんの話は中々終わりを見せない。
「なにかあったら、冒険者ギルドに連絡するように。私の所に連絡が来る手はずになっているから。呼び出し以外でも、相談事でも何でも、気軽に連絡して構わないよ。あとは……」
「はい、分かりましたから!今から服の整理しますので!」
と、リチャードさんを部屋の外に押し出して扉を閉める。何気にリチャードさんも心配性というか、過保護っぽい気がするなぁ。
◇ ◇ ◇
さて、ベッドの上に鞄を置いて、まずは服を取り出していこう。
普段着、外出着、運動着と下着類に、例の魔法少女の服を取り出して、下宿にもともと置いてあったタンスにしまっていく。
細々した道具は机とかにしまう。隠し金の金貨一枚は……マリーさんに何かくっつけるもの、貰ってからにしよう。
ふむ、一通りしまったから、とりあえず、シャイラさんに挨拶に行こうかな。
下の階に降りて、シャイラさんの部屋の扉をこんこん。
「アニーです。引っ越してきました!」
「やあ、久しぶり。荷ほどきは済んだかな?」
「はい、まあ、服くらいしかありませんけど」
「そうか、例の練習の方は進んでいるかな?」
「まあ、少しずつです。学校が始まったらよろしくお願いしますね!」
シャイラさんの部屋にお邪魔すると、もう数日前から入っているから、綺麗に片付いている。
まあ、そもそも出奔して出てきたわけだから、そんなに荷物はなかったのだろうけど。
いろいろ雑談していると、階下からマリーさんの声が聞こえてきた。
「シャイラさーん、アニーさ~ん、お昼ですよ~」
その声を聞いたシャイラさん。思ったより時間が経っている事に気が付いたようだ。
「もうお昼の時間か。それでは下に向かおうか」
「はい、食堂は一階でしたっけ」
一階に降りると、こじんまりとした食堂でお昼ご飯が準備されていた。まあ、パンとチーズ、エールくらいではあるけど、標準的なお昼ご飯だと思う。チーズはとろけさせてパンの上に載せてくれてるし!
「「いただきます!」」
これから基本、この3人で食べる事になるのかと思うと、なんだかそれはそれで不思議な気持ち。誰一人血もつながってない、少し前までは別々に暮らしていた人達なのに、これからは一日2回は一緒にご飯を共にするようになるんだから。
ご飯の最中、私はマリーさんに何かくっつける物があるかどうか、聞いてみた。
「そうだ、マリーさん、なにかくっつけるようなものを、少しだけ頂けませんか?」
「あら、どこか壊れていたところがありました~?」
「いえ、ちょっと貼り付けたい小物があるだけです」
マリーさんは少し考えてから台所に行き、タールを少しだけ木のカケラにつけて渡してくれた。
「こんな感じでいいでしょうか?」
「はい、大丈夫だと思います!」
お昼ご飯の後、自分の部屋に戻り、べとべとのタールを金貨に塗って、机の引き出しの裏に金貨を貼り付けみた。
うん、これで大丈夫かな?
その日の午後は、下宿周辺を散策、晩ご飯を食べてからすぐ寝る事とした。
――というわけには行かない。ついに長年の夢の一ページがめくられるのだ!
日が落ちてから、自分の部屋に鍵をかける。
魔法少女の服に着替えて、バングルは外して机の上に置く。
あー、顔……変装がつきものだけど、ま、今日はいいか。明日考えよう。
窓の鎧戸をそっと開ける。私が屋根裏部屋にこだわったのはこれ。ここなら屋根の上に直接出られるから。
うっかり滑り落ちたら即座に魔法を掛けないと怪我してしまうから、注意しながら屋根の上に出る。
日は落ちてしまっているため、外は暗いけど、街灯の明かりがぽつんぽつんと街路を照らしている。
でも、思ったより暗いな。街灯の明かりは屋根には全く届いていないから、三日月の今日はうすらぼんやりとしか見えない。
「一応、使っておくか……"マナよ、闇を見通す視力を我にもたらせ"――夜目」
普段は夜に行動しないから、滅多に使わない魔法。でもこれで、十分足場は確認できる。
夜の屋根の上の光景は、昼間の地上とは全く違う景色だ。まずは少しずつ巡回して道?を覚えないと、活動する事は難しいぞ。
おっと、その前に、自分の下宿の窓を間違えないように、屋根に軽く印をつけておこう。うっかり間違えてよその家に入ってしまうと、完全に泥棒さんだ。
屋根の上を走ってみるが、下には人が住んでいる。足音を立てないようにしないと、やっぱりこれもこちらが泥棒扱いされてしまうからね。忍び足で、かつ素早く走らないと。
今日は小手調べという事で、近所の屋根の上を少し散策しただけで、早々に帰って寝る事にした。まだ顔も変えてないから、バレるとまずいしね。慌てても仕方ない、少しずつ、少しずつ。
◇ ◇ ◇
フライブルクでの夜が明けた。村と比べると、街の朝は少し遅い気がする。
まずは外に出て、いつもの套路……は、どこでやればいいんだろう?
確か、近所に小さな広場があったはず。運動着に着替えて、ついでに帰りに水を汲めるように水桶も持って、そちらに出かけてみた。
うん、ここなら大丈夫かな。早起きの年寄りがぼーっとベンチに座っているくらいで、広さもそこそこある。
いつもの套路を進めるが、ここだとバングルありでやらなければならないため、それだけはちょっと不満。まあ、うっかり全力で震脚をどかーんとやってしまうと、近所迷惑だからね。
一通り済ませた後、近所の共同の泉でわき出ている水を汲んで、自室に戻る。
運動着を脱いで、体を拭いて、いつもの服に着替えたあたりで、扉がノックされた。
「おはようございます~。朝ご飯、できてますよ~」
「おはようございます!」
大家のマリーさんだ。私は挨拶をしてからマリーさんについて食堂に向かう。
朝食の後、外を散策する……つもりだったけど、早朝から怪しかった天気が崩れて、雨が降り出してきてしまった。
わざわざ無理して外に行く必要はないかな。
と言う訳で懸案だった、魔法少女に扮している時の変装について考えることにした。
変身なんて魔法はないんだけど、実は変装と言う魔法は存在する。
幻影魔法の一つで、一定時間、術者が指定した別の顔に見えるようになる。
顔の形も変えられるけど、それはあくまで幻影だから、触るとバレてしまう。それにもともと、顔は変えるつもりはないかな。
顔が安定しないとおかしいし、本当より綺麗に変身するのはなんか負けを認めるようでイヤだし、本当より悪く変身するのはもっとあり得ない!
なので、そばかすを取るのと、瞳と髪の色、髪型を変えるくらいで済ませるつもり。鏡の前で、いろいろな色に切り替えて、あーでもない、こーでもないと検討を繰り返す。
結局、金髪碧眼。髪型は普段の癖毛のお下げではなくて、さらさらストレートヘアに変更する事で、私のキーイメージである「そばかす」「栗色のお下げ」とはかけ離れた顔になった、はず!
うん、これで「悪事を嗅ぎつけるとどこからともなくやってきて、変身して正義を遂行する魔法少女」の完成だ!
次回予告。
町の平和を守るべく、魔法少女に扮して巡回を始めた私。ついに、念願のシチュエーションに遭遇し、私は介入を開始したのだった。
――ただ一つ、名前を決めて決めていなかった事を忘れたまま。
次回「魔法少女ハニーマスタード、見参!」お楽しみに!