2.とどめの、暴風雪(ブリザード)!
※2018/9/13 いろんな魔法を使いたい!から改題しました。
※2018/12/6 ルビや説明的台詞を減らす方向で修正してみました。また、呪文の台詞を追加しています。
※2018/12/27 更に微調整しました。次回予告を追加しました。
※2019/8/3 スマホフレンドリーに修正しました。
出かける準備を済ませたリチャードさんが書斎から鞄を担いで出てきた。
白いベレーに、ぱりっとした上下の上から、これも白いインバネス・コート。腰にはショートソードを佩いている。まあ、村の農家の人たちと比べると、都会っぽい格好だよね。
アレックスと二人で、出かけるリチャードさんを玄関でお見送り。アレックスは小さな包みを二つ持っている。 お弁当かな?
「夕方には帰ってこられると思う。アレックスくんは、きちんと学校に行くようにね」
「はい、私は大丈夫です。あと、お弁当を用意したので持って行ってください」
リチャードさんはアレックスから包みを受け取ってお礼を言う。
「ありがとう。さて、アニーくんは……今日は家で自習かな?」
「はい、そのつもりです」
「魔法の練習をするのも構わないが、ものを壊さない事と、人や動物をむやみに傷つけない事。あと、この間のように、村の人達を驚かせないように」
この間、うっかりドカンとやってしまって、流石に苦情が来てしまったのだ。
「はい、もちろんです!」
「うん、それじゃ、行ってくるよ」
「「いってらっしゃい、リチャードさん」」
玄関から出て行くリチャードさん。
厩に回って、馬で行くのだと思う。歩いて1時間半の道のりも、馬なら1時間足らずで行ける。もちろん、緊急時は走らせたらもっと早い。
ちなみに、馬の世話は飼い葉の補充なども含めて、村の人に手伝いに来て貰っている。なにしろ、もともと領主館として作られている建物なので、やたら設備は整っているのである。
「さて、姉様にもこれを。お昼ご飯のハムサンドです」
「あら、ありがとう、アレックス」
「それでは姉様、わたしは学校に行きますので、洗い物だけお願いします。洗濯物はいいですよ、帰ってからわたしがやりますから」
「はい、マム!」
アレックスも学校の準備のため、自室に引き揚げていった。ちなみに、初等学校はここから5分、村の集会場で同年代の子供達と一緒に行われている。
私は食堂から食器を引き上げ、調理場まで持って行った。まあ、大した量ではないので、バケツ一杯の水でさっと洗って完了だ。
洗濯という重労働に比べると、仕事なんて無いようなもので、アレックスの優しさが身に染みる。
◇ ◇ ◇
さあ、早くもあとは自由時間だ。
自室に戻って、三つ編みでお下げを二つ作ってから、紺の外套と、同じく紺の魔術師の帽子を身につける。
この格好が最近の私のお気に入り。
派手派手な魔法少女じゃないけど、これはこれで魔法使いの少女、って感じ?
わたし、形から入るタイプなので。
さて、まずは図書室で、今日試したい魔法の確認をしよう。
この図書室、錬金術師というリチャードさんの職業柄か、術式魔法や錬金術に関する本が取りそろえられている。
特に術式魔法に関しては「オークでもわかる、術式魔法の使い方」のような初歩の本から、魔術師ギルドの論文集のような本まで取りそろえられており、私がほぼ独学で術式魔法が勉強できているのも、この図書室のお陰。
図書室に入って、お目当ての本を探してメモを用意しつつ机に広げる。読み始めたあたりで、アレックスが扉から顔を覗かせた。
「姉様、それでは行ってきますね」
「はいはい、行ってらっしゃい。気をつけてね」
目は本から外さずに、手だけぷらぷら振ってお見送り。アレックスはどうも、肩をすくめてから出かけたようだ。
勉強再開。必要な術式をメモに移し、どうアレンジを加えるか考え始める。
術式魔法は、術者が呪文を詠唱し、自らのマナを消費して魔法陣を形成、それを踏み台にして効果が発揮される魔法。
簡単な魔法であれば、意味を理解せずとも、決まった文言を発音さえすれば発動する。マナの多寡はあれども、だれでもそれなりには。
しかしそれが、上位の魔法になればなるほど、扱いはピーキーとなり、自らの体の中に持つマナの流れと術式との整合性を考える必要がある。
つまり、本に載っているままの術式では成立せず、自分なりのアレンジが必要になる、という事。
これは、その術式の真の意味を理解していなければできない作業なのだ。
――まあ、うまくいかなくても、不発で済むので、少々理解があやふやでも、カットアンドトライでなんとかなったりはする。
というか、私はそうしてる。普通の人にはお勧めしないけどね。
これが呪術系とかだと、うっかり間違えるとバックファイアでえらい事になるらしい……怖い怖い。
◇ ◇ ◇
さて、用意は終わったので、またまた中庭に。
この中庭、普通の家が一軒まるごと入るくらい広くて、更に周りは二階建ての建物で囲まれているから、比較的、外部に音は漏れにくい。
隣の家まで歩いて5分くらいあって、しかも途中は林だし……
ただ、こないだは流石に音が大きすぎて、村まで爆音が届いてしまったらしい。うーん、自重自重。
まずは準備運動。
両手を伸ばしてストレッチをしたり、軽くジャンプしたりして、体をほぐす。
次は魔法の準備運動だ。
大きめの樽を中庭中央に置いて、そこに短く切った薪を5本立てる。
ちょっと離れて……簡単な魔法から。
「"マナよ、矢となって我が敵を討ち倒せ"」
まず、口の中でささやくように詠唱する。これは自分の体内のマナとの対話であるため、叫ぶ必要はない。
すると、目の前に手の平くらいの大きさで赤く光る魔法陣が形成される。
最後に、呪文の名前を正しく発声する。
「――魔法の矢!」
魔法陣が収束し、そこから一本のエネルギー体が打ち出され、薪をはじき飛ばす。
これが基本の詠唱法。ちなみに、呪文を口の中ですら言わずに脳内イメージで流して、高速発動させる方法もあるけれど、その方法はやはり標準より負荷が高い。
で、最近私が研究しているのは、多重詠唱。
もう一度、魔法の矢の詠唱を開始するが、脳内のイメージを調整して、並列に4本走らせる。頭の中に棚を作る感じ? こうすると、魔法陣が4つ生成され、4本同時に射出できるのだ。
「"マナよ、矢となって我が敵を討ち倒せ"――魔法の矢!」
同時に4本打ち出され、それぞれの薪に向かっていく――3本命中!でも、1本制御に失敗して、樽に当たってしまった。やはり、同時制御は難しい。
もう一度、4本同時で……今度は時間差射出!
「"マナよ、矢となって我が敵を討ち倒せ"――魔法の矢!」
一回の詠唱で行う以上、発動は同時ながら、うまく射出に遅延をかけて、射線を制御する。残った1本の薪を空中にはじき飛ばし、更に連続ヒットで打ち上げる事ができた。まさに狙い通り!
「うん、絶好調!」
と、ついつい顔がにやけてしまう。まさしくドヤ顔だ。これ、街で見せたらお金取れないかな。でも、もし、この練習を見ている人が居たとすると、不思議に思われると思う。
「――これだけ連打して、マナは尽きないのか」と。
そう、実はわたし、マナの最大容量が普通の人より著しく多いらしい。それも、ちょっとやそっとではなくて、向学心あふれる魔術師だと、実験材料にしたくなるレベルで。
なので、少々の無茶は出来てしまうし、カットアンドトライといったマナ効率を無視した練習法も取れてしまうのだ。
「次は軽業、と」
絶対吹き飛ぶウィザードハットは、とりあえず樽の上に置こう。
「"マナよ、万物の軛、重力から解き放つ力となれ"――重力軽減!」
重力をカットして、自分の体重を10分の1程度に。
壁に向かってジャンプ! 普通なら50cmも上がらない私のジャンプも、二階の真ん中くらいまでは飛び上がれる。それでも一度では屋根まで行けないので、壁を使って三角飛び、今度こそ屋根の上へ。
上がった時点で重力軽減を切り、自前の身軽さで屋根の上を飛ぶように走る。カラコロ言うスレートの音が気持ちいい。ぐるっと回って走りながら、口の中で改めて詠唱開始。成立直後に、また中庭に向けてジャンプ!
「――重力軽減!」
二階の高さからのジャンプも、重力を軽減すると、椅子の上から飛び降りるのと同程度の危険度になる。つまり、楽勝。
足を抱えてくるくる回ってから、最後は両手を広げ、両足揃えて華麗に着地。
「完璧! なんか調子出てきたな。よーし、次は緊急脱出の練習、行ってみよう!」
敵に四方八方から襲いかかられた事を想定した練習。
「"マナよ、万物の軛、重力から解き放つ力となれ"――重力軽減! よいしょっと!」
再び重力軽減を使い、今度は垂直ジャンプ。飛び上がっても、何もしないとそのまま真下に落ちてしまう。
「からの、"マナよ、我が求めに応じ空をたゆたう力となれ"――浮遊!」
なので落ちる前に次の魔法。これは、横の移動はできないものの、空中に浮かぶことができる魔法。最初から浮遊を使わないのは、これだと垂直移動が遅過ぎるから。
重力軽減を切って、次は真下に攻撃呪文だ! 前回は爆裂弾を使ったら、爆発音が大きすぎて叱られてしまった……なので、今度はたぶん穏当な呪文を。
「とどめの、"マナよ、氷雪吹き荒ぶ嵐となりて我が前の万物を凍てつかせよ"――暴風雪!」
私の目の前に大きめの魔法陣が形成され、そこから石畳に向かって轟々と白い吹雪と吹き出していく。吹雪の余波で、小さい氷の結晶がキラキラと周辺を舞って、結構綺麗だ。
十数秒後に吹雪が終わると、下の石畳は真っ白な霜に覆われていた。
浮遊の効果を調整しつつ、ゆっくりと床に降り立つ。が、極度に冷やされた石畳に、見事に革靴が張り付いてしまった! 足を引っかけたような感じになり、そのまま前に倒れ込んでしまう。
「やばいやばいやばいやばい!」
このまま手なり胸なりが地面についてしまうと、それこそ皮が剥がれてしまうような惨事になる。なんとか浮遊を再制御して、地面ギリギリで体勢を維持する事ができた。
「さて、どうやって脱出しようか」
このまま居ても、凍り付いた靴ははがれそうにない。それどころか、靴底を通して、足の裏が冷たくなってきた。浮遊で空中に逃げても、横に移動できないし、さすがにずっと空中にいる訳にもいかない。
「これしかないか……"マナよ、万物の軛、重力から解き放つ力となれ"――重力軽減!」
立ち上がってから再び軽量化し、その場で靴を脱いで靴の上から立ち幅跳び。なんとか、凍り付いた地面を飛び越えて脱出する事ができた。ふう、やれやれ。
夏といえども、凍り付いた地面が溶けるにはまだ少し時間がかかりそうだ。靴の回収も、その後でないとできそうにない。
「まさか、緊急脱出の練習で緊急脱出する羽目になるとは……」
とりあえず、代わりのサンダルを取りに、自室に戻ろうか。
そして、一人反省会だ。
最初、重量軽減で書いてました。……途中で万有引力の法則に気がついて、重力軽減に変更。ガリレオ先生、ありがとう。
次回予告。
ベッドの上で一人反省会を行う私。
その後、気を取り直して新しい魔法、業火の息吹の試射を行ったものの、思ったよりえらい事になってしまうのだった。
次回「業火の息吹、行ってみよう!」お楽しみに!